第7話 ユウくんに言いたいことがあるんだけど?

 波乱に満ちた年越しを過ごしたユウはすっかり寝過ごしてしまい、初日の出を見逃して起きてきた。流石にイコさん家族も家に戻ったらしく、ユウの両親がお正月番組を見ながらコタツでゆったりと座っていた。


「あら、ユウ。やっと起きたの?」

「ん、うん。父さん、母さん。あけましておめでとう」

「おめでとうねー。あ、アンタお餅何個食べるね? 2個、3個?」

「んー……2個でいいよ」


 底冷えする実家の寒さをすっかり舐めていたユウは、そそくさとコタツの中に入った。普段から口数の少ない父親は、黙ったままテレビを見続けていた。久々に息子が帰ってきてもあまり会話を交わすことはなかったが、これが通常運転なので二人とも気にせずにテレビに注目していた。


 ———だが、そんな父が珍しくユウを気にして、声を掛けてきたのだ。驚いたユウも思わず唾を飲み込んだ。


「ユウ、お前……結婚するって本当か?」

「え、いや、しないけど?」

「し、しないのか? ……そうか」


 ユウの予想していなかった否定の返答に、思わず口籠もる。そして気の利いた言葉も言えないまま会話は終了してしまった。


「ちょっとお父さん! なんでそこで黙るの? ちゃんとユウと話をしてくださいよ? ユウもね、いい年なんだからきちんと将来のことを考えないとダメでしょう?」


 そんなことを言われても結婚というものは相手がいて初めてできるものだ。ユウ一人が頑張ったところでどうしようもない。


「そういえばイコちゃんがね、ユウに話があるって言ってたわよ? ユウも挨拶も兼ねてイコちゃん家に行ってらっしゃい」


 イコさんが? なんの話だろうと考えたが、思い当たるのはシウのことしかない。昨日のことがバレたのだろうか?

 ユウは深いため息をつきながら母さんが持ってきてくれた雑煮を受け取って餅を頬張った。


 そして食事を済ませて一息ついたユウは気乗りしないままイコの実家を訪れた。かなり怖い。憂鬱で仕方ない。

 チャイムを押してしばらくすると、ドタドタと走ってくる音が聞こえ、次第に大きくなってきた。

 勢いよく開けられたドア、そこにいたのはモコモコのルームウェアを纏ったシウだった。ラフな格好なのに化粧はバッチリ済ませて抜け目がない。眩しすぎる完成度に思わず身構えてしまう。


「ユウ兄ちゃん、あけましておめでとう」

「お、おめでとう。今年もよろしくお願いします」

「うん、よろしくお願いします」


 ニマーっと意味深な笑みを浮かべて、シウは腕にしがみついてきた。こんな状況をイコさんやミチさんに見られでもしたら、なんて言い訳をすればいいのか分からない。

 誰もいないかキョロキョロと見渡しながらシウの腕を剥ぎ取ろうと奮闘していた。


「むぅ、お兄ちゃんのイケズ。そんなあからさまに邪険にしなくてもいいのに」

「邪険にとか、そう言うのじゃなくて……」


 シウのスキンシップは過剰なんだ。女子高生のノリで抱きつかれても心臓がもたない。だがユウが避ければ避けるほど、シウの追撃が激しくなる気がした。

 戯れる子犬から逃げるかのように必死になったが、一向に諦めてくれない。


 そんな二人の様子に気付いたのか、奥の部屋からミチさんが顔を出して声を掛けてきた。


「お、ユウくんか? 昨日はよく飲んでたけど二日酔いとかなかったか?」


 寝巻きに厚手の上着を羽織ったミチは、昨日に比べればくたびれて見えたが、休みの日のお父さんって雰囲気がして逆に好感が持てた。


「えっと、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「ん、おめっとさん。もしかしてわざわざ挨拶に来てくれたのか? 律儀だなー。今、お義父さんもお義母さんもテレビを見てるけど、呼んでこようか?」


 自分なんかの為にそこまでしてもらう必要はない。ユウはブンブンと手を振り、ミチの好意を断った。


「ただイコさんに用事があるって母から聞いて。すみませんがイコさんを呼んでもらってもいいですか?」

「ん、イコか。いいよ、待っててくれ」


 柔らかく笑うミチを見て、やっぱり大人の雰囲気が良いと憧れを抱いた。自分もあんな男になりたい。

 そんな尊敬の眼差しを向けていると、やきもちを妬いたシウが腹部に肘を当ててきた。見事に脇腹にクリーンヒットし、思わず「うっ、」と呻き声を上げてしまった。


「もう、てっきり私に会いにきてくれたと思ったのに、お母さんに用事だなんて」


 ぷくぅー……っと頬を膨らませたシウだが、こればかりは仕方ない。それよりもどんな要件か分からない為、内心焦っているのだが。


 そんなユウを玄関に置いてけぼりにして、シウは部屋の中へと入っていった。

 ベェーっと、子供みたいな表情を残して。

 だがそんなシウの行動にユウは安心を覚えていた。


「大人っぽくなったと思ったけど、やっぱまだ子供だな……」


 そしてしばらく待っていると二階から急いで降りてくる足音が聞こえ、厚手のセーターにデニムとラフな格好のイコさんが姿を見せた。


「ゴメンネ、ユウくん! お待たせしちゃって」

「イコさん。いいよ、そんなに待ってないし」


 それより何の用だろう? ユウも腰を上げて立ち上がると、イコさんもコートを羽織ってブーツを履き始めた。


「ごめんね、少しだけ外で話せる? ここじゃちょっと……だから」


 人には聞かれたくない話ということだろうか? ますます昨日のシウとのことが脳裏を過ぎる。だがユウに拒否権はない。固まった表情のまま従い、二人は暖かな陽が差し溶け始めた不香の花の道を歩き始めた。


 ・・・・・・・・・・★


「———何のようだ? やっぱり説教か? いい年して年下の子供に手を出してと怒られるのか?(ドキドキドキドキ」


 次の更新は12時05分です。このドキドキは珍しいパターンw

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