第5話 初恋の人の娘が、僕のことを好きなんだってさ

『私、ずっとユウ兄ちゃんのことが好きだったから』


 反芻する言葉に思わず顔がニヤける。好きだった? 嘘だろう?

 いや、確かに8歳のシウはずっと好きだと言ってチョロチョロとユウの回りを動いていたが、あれから10年も経っているんだ。

 彼女の環境だって変わったし、何よりもアイドル並に可愛いシウがこんな三十路前のオッサンを好きになるなんてありえない。


 だが確かに残っている唇の余韻。シウの柔らかい感触を思い出しては騒つく胸をギューっと掴んで気持ちを落ち着かせた。


「ヤバい、これが恋か———⁉︎」


 イコさんの時とも違う、浮つく気持ちと不安と愛しいと色んな感情が入り乱れて落ち着かない。

 このまま心不全で死んでしまうんじゃないかと思うほど心臓がバクバクして、上手く息もできない。


 世間の人間はいつもこんな思いをしながら生きているのか? いくつ心臓があっても足りないじゃないか。


 とはいえ、いつまでも外に出ていると寒い。シウにダウンを渡してしまった為、薄着のままだったユウは身震いをしながら家の中へと入った。

 ガラガラと引き戸の扉を開けると、暖かい空気と皆の笑い声が聞こえてきた。


 もうすぐで年が明ける。新しい年の始まりだ。

 居間を覗いて見ると既に夢の世界へと旅立った両親達と手を叩きながら笑っているイコさんとミチさんがいた。シウの姿は見当たらないが、お手洗いにでも行ったのだろうか?


 冷えた指先を擦らせながら、奥の自室へと歩き出した。明日は近くの神社にお参りをしてさっさと帰ろうと思っていたけれど、シウ達はいつまで帰省しているのだろうか?


『いや、今はそれよりも興奮してそそり立ったモノを落ち着かせないと……』


 まさか実家に帰ってまで昔の愛蔵コレクションにお世話になるとは思っていなかった。確か机の奥に隠していたDVDがあったはずだ。


 襖を開けるとそこにはベッドに横たわったシウの姿が飛び込んできた。


 ———何でいる⁉︎


「あ、ユウ兄ちゃん。ベッド借りてるよ。眠くて眠くて、つい」

「いや、別に借りるのはいいけど、何で?」


 身体を起こして腰掛けた体勢に直したが、乱れたスカートから生足が覗かせて、反射的に生唾を飲み込んだ。


「もうすぐ年が明けるでしょ? お兄ちゃんと一緒に神社に行きたいと思って待ってたの。一緒に行かない?」


 形の綺麗な唇がニッと笑みを浮かべて、甘く誘う。10年前の自分はどう対処していたのだろう? いや、前の彼女とはあまりにも違いすぎていて参考にならない。


「それとも少し話をしていく? お父さんやお母さんが一緒じゃ、できない話もあるでしょ?」


 親の前ではできない話? ダメだ、頭の中がエロゲー展開だ。現れない選択肢に焦りを感じる。なんて答えるのが正解だ?


「まずは……ねぇ、ユウ兄ちゃんの彼女ってどんな人? 色々教えて」

「え、彼女……?」

「そう、お兄ちゃんの彼女。参考にしたいから」


 参考ってなんだ? 今後彼氏を作る際の参考だろうか? 所詮は偽りの恋人だから全く当てにならないのに。

 だが腕を掴まれ、強引にベッドに座らされたユウは誤魔化すことを許されない状況に追い込まれた。ジッと見つめる瞳に後ろめたさを覚える。


「その人とはもう、その……大人の関係になったりしたの? キスとか、ハグとか……」

「いや、まだ付き合ったばかりだから、そういうのは」

「ん、そうなの? そっか……それじゃ、今までどんな人と付き合ってきたの? ねぇ?」


 グイグイと迫ってくるシウに、若干引きながらユウも最適な答えを求めて脳内を巡らせていた。

 全く経験がないなんて言ったらやっぱり引かれるだろうか? そうだろうな、だってシウとは違って28歳のいい大人なんだ。


「二人くらい———だったかな? 時間が合わなかったり、価値観の違いからすぐ別れたけど」


 嘘ではない。お試しに付き合ってくれと頼まれ、結局キスもせずに別れたが、彼女だったことには変わりない。


 シウは「ふぅん……」と少し拗ねたような声を出しながら、ユウの膝に頭を乗せて顔を埋めてきた。彼女の前頭部分が当たって、これは色々とマズい———!


「私の知らないユウ兄ちゃん、なんかイヤ。前は私のこと可愛いって言ってくれてたのに他の女の人とイチャイチャしてたんだ」


 今度はゴロンと反転して、仰向けの状態で両手を上げて「ん……」とねだるような仕草をしてきた。


「昔みたいに頭を撫でて? そしてシウのことを可愛いって言ってよ」

「そんなことをしてたっけ、昔の僕らって」

「覚えてないの? その後ギューっと抱き締めて『大好きだよ、シウ』って言ってくれてたんだよ」


 いや、流石にそれはない! 取り乱すように焦った様子を見てシウも楽しそうにケラケラと笑って。あの頃の、寂しがり屋のシウはいないんだって思い知らされた。


 15歳で妊娠、16歳で出産したイコさん。その時は守岡さんの存在は知らず、彼女は一人で子供を産んで育てていた。

 もちろん両親の援助も受けていたけれど、学校に行きながらバイトを掛け持ちして、ひたすらシウの為に身を粉にして働いていた。


 だがその反面、母親に構ってもらえなかったシウは一人で遊ぶことが多かった。そんなシウを不憫に思ったユウは何かと気に掛けて遊んでいたのだが———……。


「ねぇ、お兄ちゃん。私は今でも小さいおませな女の子? それとも少しは異性として意識してもらえるようになったかな?」


 結局、この質問に答えることはできずにユウは顔を逸らした。だが真っ赤になった顔を間近に見られ、きっと全て見透かされていたと思う。その証拠にシウは満足そうに笑みを浮かべて、背中を包み込むように抱き締めてきた。


 ・・・・・・・・・・★


「二人の心臓の音が重なる……。同じ時間を刻む」



次回から更新の時間を12時05分に変更します💦もう一つと一緒に更新するとゴチャゴチャになる為です💦

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