第3話 10年ぶりの再会

 その年は10年ぶりに永谷家と大邑家、そしてイコさん家族の守岡家で集まることになった。

 普段は父母達の四人しか集まらない団欒に四人も加わったのだ。今年の両親達のはしゃぎようは一味違った。


「いやー、ユウくんも大人になったわねー! 何年ぶりかしら?」


 子供の頃はお世話になったイコさんの母親の晴恵はるえさんが嬉しそうにお酌をしてくれた。父達は年末恒例の歌番組を見ながら晩酌をしているし、イコさんは母、真紀まきと共に蕎麦や雑煮の準備に忙しそうにしていた。

 我が家だというのに肩身の狭い思いをしていたユウに気付いたのはイコの旦那の守岡もりおか ミチさんで、ユウよりも20歳年上で今年で49歳になると事前に聞いていた。


「ユウくんはまだビールでいいかい?」

「あ、すみません……ありがとうございます。守岡さんは焼酎にしますか?」

「あぁ、お湯でもらってもいいかな?」


 初めて会ったイコさんの旦那は、建設会社の取締役社長だと聞いたが、威厳のある雰囲気に圧倒されてしまう。年は離れているけれど色気もあってとても敵わない。流石イコさんが選んだ男性だと惚れ惚れとした。


「いやー、イコからユウくんの話をたくさん聞かされていて、どんな人なんだろうと気になっていたんだよ。話の通りイケメンで女泣かせな色男だな」


 それはアンタだろう、ミチさん……。

 生憎、まともに女性と付き合ったことのない野ウサギみたいなユウからしてみれば、百獣の王のような風格を漂わせていて同じ男として到底勝てる気がしなかった。


「えぇー、私ってそんなにユウくんの話をしてる? どっちかというとシウでしょ? ねぇ、ユウくん覚えてる? 私の娘のシウ」


 イコさんに言われて、何となく記憶が蘇ってきた。

 まるでお人形のように愛らしい顔をした、少しませた女の子。イコさんが再婚するまで、毎日のように遊んでお守りをしていた日が懐かしい。


「シウったら、ずっとユウ兄ちゃんと結婚するって聞かなかったもんねー。懐かしいわー」

「そうだっけ……忘れてたよ」

「あはは、シウ可哀想ー。憧れのお兄ちゃんには彼女が出来たって知ったら、ショックで家に帰っちゃうんじゃない?」


 冗談半分で盛り上がっていると、ガラガラっと玄関のドアが開いて冷たい空気と共に来客が入ってきた。ギシギシと軋む廊下。そして聞こえたのは少女ではなく、大人の女性の声だった。少しハスキーで落ち着いた声がユウの耳に届いた。


「もうお母さんの声、大き過ぎ。外まで聞こえてるよ」


 シウが居間に顔を覗かせた瞬間、ユウの中で大きな動揺が起きた。


 嘘だろう、あの子供だったシウが———?


 顔を覆うように巻かれてた大きめのマフラーを外すと、まるで若かった頃のイコさんそっくりの女性がそこにいた。いや、イコさん以上に美人で目を逸らすこともできなかった。

 大きい目力のある瞳、白い肌にスッと通った鼻筋。ほんのり彩った唇も全部、僅かな面影は残っているがそれ以上に———綺麗になっていた。


「……え、ユウ兄ちゃん? うそ、戻ってきてたの? 久しぶり! シウだよ? 覚えてる?」


 嬉しそうに駆け寄ってくる仕草は昔と変わらなかったが、まな板だった胸元も豊やかになり目のやり場に困る。だが褒められたい飼い犬のようにずっと待っているシウの頭を撫でて、ゆっくり微笑んだ。


「……シウ、久しぶり。元気にしてた?」

「うん、元気だよ。ユウ兄ちゃんも変わらないね」


 笑い方や純粋な瞳は変わらないまま。だが10年の歳月を改めて実感した。8歳だった彼女がもう18歳だなんて……。

 そんな彼女の隣にいたミチさんは豪快に笑っていた。


「ウチの子、美人になっただろう? 学校にファンクラブが出来るほどモテてるからなァ。この前も芸能事務所からスカウトされていただろう?」

「もう、お父さん。ユウお兄ちゃんの前でそんなこと言わないでよ。気にしないでね、お父さんは少し大袈裟に言ってるだけだから」


 だが実際、こんな綺麗な子がいたら周りの男子が放っておかないだろう。きっとお似合いの彼氏がいるんだろうなと思いながら二人の会話に相槌を打っていた。


「ほらほら、やっと蕎麦が茹で上がったんだら、皆で食べましょう? シウ、アンタ手は洗ったの?」

「まだ洗ってない。洗ってきまーす」


 そう言って席を立ったシウの姿を見送りながら少し寂しい気分に襲われた。それと同時に下腹部の辺りに懐かしい感触が蘇った。

 これはマズイ———……、こんな状況が他の人にバレたら大変なことになる。そんなソワソワと焦ったユウの異変に気付いたミチは、まわりを見渡して無造作に置かれていたブランケットを渡してくれた。


「ほら、都会に比べて田舎は寒いだろう? 膝に掛けていたほうがいい」


 ———バレたか? 

 よりによってシウの父親である彼にバレるとは、申し訳ないと思いつつ有り難く受け取った。


「無理もないよ、シウは別格だ。俺もユウくんの立場なら———」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて彼はイコさんのところへと歩き出した。いい男過ぎるだろう、ミチさんと尊敬の眼差しで彼の背中を見届けた。


 そんなミチさんと入れ違いで戻ってきたシウは、迷うことなくユウの隣に座ってピタリと寄り添ってきた。まるで子供の時みたいに無邪気な行動に戸惑いを隠せなかった。


「やっぱ寒いね。私にもブランケット貸して」


 小さなブランケットを奪い合うように身体を縋らせるシウに、イコもミチもニヤニヤと眺めていた。


 ・・・・・・・・・★


「お兄ちゃん、久しぶり♡」


次回は6時45分に公開します。

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