第2話 ちょっと提案なのだが?

「永谷、少しだけ時間をくれないか?」


 出社して早々、そう声を掛けてきたのは余所余所しい態度の神崎さんだった。何か仕事のトラブルだろうか? 年末が近くなってきたのでシフトで相談だろうか?

 だがそんな予想を裏切ることを持ち掛けられて、ユウは顔を渋めた。


「永谷、頼む! 帰省の間だけでいいので私の恋人役になってくれないか⁉︎」


 恋人役……? いやだ、どう考えても面倒な匂いしかしない。


「すみませんが、他を当たってくれませんか?」

「待って、待て待て待て! これはきっとお前にもいい話だと思うぞ? 永谷、お前も帰省の度に親に小言言われて嫌な気分になっていないか?」


 思い当たる節のある言葉に、ユウはピクリと耳を動かした。確かに実家に帰る度に「彼女はできた?」「いつ結婚するの?」と面倒だ。

 だが、仮にも神崎は好意を断った女性だ。そんな人の恋人役なんかになったら面倒なことになるに違いない。

 まさか外堀を埋めて断れない状況を作るつもりでは……?


「流石に私もそこまで卑怯にはなれない! いや、本当は付き合いたいのは山々なのだが、それ以上にウチの親が面倒で……! 頼む、私が帰省している間、永谷を紹介したいのだがダメか?」

「ダメに決まってるじゃないですか。それって一緒に帰省して挨拶するパターンじゃないですか? そのままズルズル結婚まで引き摺り込まれそう」

「うわぁぁぁぁ! 違う違う! 写真を見せるだけだ! もしそれで納得しなければ、電話、もしくはテレビ電話で彼氏のフリをして欲しいんだ! 後から別れたって話すから! 頼む、今回だけでいいから助けてくれ!」


 何て面倒で卑怯な取引なんだ!

 だが、その恋人がいる設定は場合によっては使えるかもしれない。付き合ってみたけれど自分には他人と暮らすのが向いていなかったと実績を作ることができる。


 ———考え方によっては名案かもしれない。


「分かりました、それじゃ僕の親へのアリバイ作りにも一役買ってくださいよ? 互いに面倒ごとを片付けましょう」

「永谷……! 恩にきるよ!」


 こうしてシングル同盟を結んだユウ達は、心強い切り札を手に帰省に臨んだ。帰る度にチクチクと責められていたユウだが今年は違う。互いに迷惑を掛けずに穏便に済ませたいが、こればかりはどうなるか予測がつかない問題だった。


「しかし……いつ帰ってきても田舎だなー」


 市内から数時間掛けて帰ってきた実家は、相変わらず不便な山奥にあった。人家も数えるほどしかないザ・田舎だ。父も母も便利な場所に引っ越してきたらいいのに、いつまでも持ち家に拘り続けていた。


 車を停めて家に入ると、さっそく台所から顔を出した母親が話しかけてきた。


「あらあらユウー、帰ってきたの? 元気にしてたねー?」

「うん、元気だよ。母さんも元気にしてる?」

「元気元気よー。今、年越しそばを仕込んでるから楽しみにしててねー。そういえばまた一人ね? アンタ、彼女とかいないの?」


 ほら、早速きた。だが今回は切り札がある。早速カードを切ったユウは神崎偽彼女の存在をアピールした。


「実は先月から職場の先輩と付き合いだしたんだ」

「えぇー、とうとう彼女が出来たのね! どんな人ねー?」

「いや、後でゆっくり話すから。それよりそばは大丈夫なのかよ……」


 ずっと廊下に顔を出す母親を心配して台所を覗き込むと、もう一つの人影が入ってきた。

 肩までの長さの茶色いボブ、スラットした体格なのにメリハリのある色気漂うスタイル。そしてキリッとした顔立ちに、勝気な表情———……。

 そこに10年ぶりに再会した初恋の彼女、イコさんが立っていた。


「ユウくん? え、本当にユウくん⁉︎」


 振り返った瞬間、花が咲いたように明るい表情で近付いて、まるで子供のようにはしゃいで飛び跳ねた。


「わー、久しぶりだね! 元気にしてた? ユウくんは変わらずイケメンだねー。あ、でも少しお腹にお肉がついた?」

「え、イコさん……? なんで僕の家に?」


 思わぬサプライズにユウの脳内は混乱していた。34歳になったイコさんだが、相変わらず綺麗で、とても一児の母親には見えない。心臓がバクバクして一向に落ち着いてくれない。


「今日、一緒に年越したいなーって思って手伝っていたの。今日は旦那も娘も一緒に来るわよ。えー、ユウくんはまだ結婚してないの? でも彼女が出来たって言ってたね。良かったわね」


 無邪気に微笑むイコさんに、彼女ができたって嘘を吐いたことを少し後悔した。いや、人妻相手に何を考えているんだとかぶりを振った。


「ユウくんって飲める人だったっけ? ウチの旦那、相当飲むから相手してあげてねー」


 そう言って台所に戻っていくイコさんを見届け、乱れた胸中を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。


『って、聞いてないんだけど母さん! イコさんが戻っているなら一言教えて欲しかった!』


 恋愛は無理だと思っていたユウの心臓が騒がしく動き出した。だが、この時のユウは気付いていなかった。


 本当の出逢いは———これからだということに。


 ・・・・・・・・・・★


「ほらほら、ユウ! アンタ、彼女の写真を母さんに見せんねー?」


次回は17時に公開します。

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