初恋の彼女。妊娠して生まれた娘が僕のことを好きだと言うのだが?

中村 青

第1話 初恋の彼女

 季節は師走。朝晩には霜が降り、寒い日々が続いていた。それと同時に街が華やかで眩しいイルミネーションで彩られ、独り身には身も心も寂しく侘しい季節だと永谷ながや ユウは真摯に感じていた。


「永谷先輩ー、今日も残業っすか? 毎日精が出ますねー。俺は愛する彼女待っているのでお先に失礼しまーす」


 後輩の水城みずき れんは合コンに明け暮れる陽キャラのチャラ男で、最近友達の紹介で彼女が出来たとか語っていた。延々と同じような惚気を聞かされて続けたので、さっさと帰って仕事に集中させて欲しいと思っていた矢先のことだった。


「くっ、水城! お前も用が済んだならさっさと帰れ! 邪魔だ、邪魔!」


 幸せいっぱいの水城に癇癪を起こしているのは、上司の神崎かんざきさん、36歳独身。婚活に勤しんでいるのだが、なかなか彼女のメガネに敵う男性が現れなくて苦労の日々を送っているらしい。性格は男勝りなところもあるが、プライベートではサンリオのツインスターグッズを集めている可愛らしい一面を持つ乙女な上司なのだ。


「そーんなことを言って、神崎さん永谷先輩と二人きりになろうとしているんじゃないですかー?」

「ち、違う! そうではない! 私はただ本当のことを言っただけで!」


 気まずい話題を切り出されてユウも苦笑を浮かべた。実は先月、飲み会の帰りに神崎さんから告白をされたばかりだった。いい人だと思っている。仕事もできるし、真面目だし、ジムに通っているだけあってスタイルもいい。

 だがユウは付き合うことができなかった。

 職場恋愛が面倒とかそういうわけではなく、ユウ自身に問題があったからだ。


「ったく、水城の奴は自分が幸せだからって余計なことばかり言って……」

「はは、惚気たい盛りなんですよ。いいじゃないですか」


 彼のように普通に恋愛して、結婚して、子供を産んで———伴侶、子供、孫に囲まれて生涯を終えることができる人間が羨ましい。それに文句を垂れている神崎さんも、高望みさえやめれば結婚は出来るはずだ。そう、自分のような欠陥品とは違って———……。



 残業を終えてクタクタになりながら真っ暗で寒い部屋へと帰り着いた。自分一人の為に自炊をしている暇などなく、今日もコンビニ弁当を買って食べる始末だ。


「寒ィー……あー、キツいな」


 ネクタイを倒れ込むように外してソファーに腰掛けた。ユウも今年でもうすぐ29歳になる。大学を卒業して今のハウジングメーカーに就職して、それなりに遊んで適当に過ごしてきたが、だんだん回りの友人や職場の人も結婚し始めて環境が変わってきた。

 大学の友人と飲んでも話題は結婚や彼女の話が中心だ。


『ユウも早く結婚して子供を作れよ。いいもんだぜ、親になるっていうのも』

『永谷が一番に結婚すると思ってたのにな? ほら、お前って子供好きだったじゃん。近所の女の子にも懐かれてて』

『今は彼女とかいねぇーの? 何なら俺の友達紹介してやろうか?』


「余計なお世話だっつーの……。僕だって普通に恋愛できたら苦労しねぇーよ」


 ちなみに全くモテないわけじゃない。それなりに女性からも声を掛けられ、付き合おうと努力してみた時期もあった。だが無理だった……。

 どうしても女性とキスとか、スキンシップを取ることができなかったのだ。


 過去に何か問題があったわけでも、トラウマがあるわけでもない。ただどうしても感情が湧かなかったのだ。

 一時期は同性愛者なのかと疑った時期もあったが、自らを慰める時は女性が対象だし、同性に対して特別な感情を抱くわけでもなかった。


 別に特段困ったことがあるわけではないが、一人息子故に親からの重圧だけは半端なく頭痛のタネだった。お盆や正月の度に「まだ結婚しないのか? 子供を作るなら早いほうがいい」と小言を言われるのがツラかった。おそらく今年の帰省でも色々言われるに違いない。


「結婚だけが全てじゃないんだけどな……」


 どこで道を間違えたのだろう? 小さい頃はそれなりに好きな人とかいた気がするし、憧れていた人もいたはずなのに。

 ただ、そう考えた時に一人思い当たる節があった。


 大邑おおむら イコ。ユウより5歳年上の幼馴染のお姉さんだ。田舎に住んでいたユウは、もっぱら幼馴染のイコと一緒に遊んで過ごしていた。だがモデル並みに綺麗でモテていた彼女は、中学に入学した頃から年下のユウを邪険にし、距離を取るようになっていた。寂しさはあったものの仕方ないことだった。

 だがそんな彼女を悲劇が襲った。15歳という若さでイコは妊娠し、周囲の反対を押し切って出産したのだ。


「———イコさん、今はどうしてんのかな」


 ユウが大学生の頃までは娘のシウの面倒を見たりと何かと交流していたのだが、それまで音沙汰がなかったイコさんの交際相手が現れ、そのまま結婚して引っ越して行ったのだ。

 そしてユウも就職をして実家を出て、そのまま疎遠になったのだが……。


 本当に綺麗で、理想的な見た目だったイコさん。そう、ユウは初恋の呪いに掛かったままだったのだ。


「今頃幸せな家庭を築いているんだろうな……」


 懐かしい初恋の人を思い出しながら、ユウは一人缶ビールを飲みながら晩酌をしていた。せっかく温めてもらった弁当も冷めてしまって、味気ない晩飯だった。


 ・・・・・・・・・・★


「結婚だけが全てじゃない。うん、僕は十分幸せだ———って、言い聞かせている時点でダメだな……」


1話お読み頂きありがとうございます!

実は本作は「NTRされた彼女。孕まされて捨てられたので、一緒に育てることにしました」のif世界の話になります。

なのでそちらを読んでから読むと、また一層違う印象を受けるし、本作から読んでも楽しめるように執筆していますので、よろしくお願い致します^ ^


NTRされた彼女。孕まされて捨てられたので、一緒に育てることにしました/中村 青 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16817330665032269464/episodes/16817330665042329766


次回は15時に公開します。

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