第14話 異端者
スピカさんに夕方まで待っていて欲しいと言われ、約束の時間まで俺とテンは紹介されたホテルで待機することとなった。久しぶりの屋内の寝床に喜べたら良かったが、どうにも落ち着かなくて気が進まなかった。
テンはこういうホテルが初めてなのかしばらくはしゃいでいたが、少しすると疲れたと言って部屋に着くなり眠ってしまった。俺も自分のために用意された部屋に入ったが、荷解きもできずにあれこれ考えていた。
この国では怪我や病は神からの試練であり、己の能力のみで乗り越えるべきであるという教えがある。人の肉体は神から借り受けたものであり、そこに手を加えるのは禁忌という考えが一般的だ。神に近しいものほど神から愛され怪我や病とは無縁の生活ができると信じられており、教会の上層部ほど長寿で安らかな最期を迎えられるものだった。
昔は食中毒や不衛生な環境や災害で為す術なくたくさんの人が亡くなったそうだ。それに対抗するために毒になるものの知識やそれを判別する道具が庶民にも分け与えられ、災害を防ぐ技術も進歩し、今は随分人口が増えている。これら全てが教会からの慈悲であり、そうした慈悲が俺たちの寿命を伸ばしている。
俺のような信仰心が低い人間はどうしても死にかける機会が増えるのは仕方がないもので、どうしようもないものだ。俺の家族が熱病に倒れたのも、家族の信仰心が足りなかっただけのこと。だけど俺は考えてしまった。死ぬことなく眠り続ける勇者の謎が解明できれば、病によって変わってしまう肉体を変えずに抑えられるかもしれないと。病に負けない肉体をもてたら、神の試練も乗り越えられる人が増えるだろう。神だって肉体を貸し与えた使徒たちが病で変貌していくのは本望ではないはずだ。そう信じてここまで来た。
「治療か……」
俺だって家族が死ぬのを黙って見ていたわけではない。病を抑える方法を探り、肉体の維持を助ける術を学び、家族をどうにか助けられないか躍起になった。それでも家族は助からず、俺は無力感に打ちひしがれてきた。
大昔、治療という術を使ったせいで神の怒りに触れてから、世界では悪いことが立て続けに起こったという。神の作られた肉体に手を加えるなどあってはならないことだ。たとえその治療という行為で命が長らえたとしても。
約束の時間になりテンを起こしに行ったが、熟睡しているようだったので俺だけでスピカさんの元に向かうことにした。
ホテルのロビーにはラウンジがあり、そこでアルコールなどのドリンクを飲めるようになっている。俺がラウンジに向かうと既にスピカさんが席で待っていた。着替えてきたのだろう。昼間とは違い黒いワンピース姿で髪も下ろしている。二十代前半ぐらいにしか見えないが、テンと知り合いのようだった。その点も含め不思議な人だ。
俺に気付いたスピカさんは手を挙げて俺に向かいの席に座るよう促した。俺は黙ってそれに従う。
しばらくするとウエイターが飲み物を二人分運んできた。スピカさんが予め注文しておいたのだろう。琥珀色の液体が細めのグラスの中で揺れている。
「アルコールが大丈夫かわからなかったので、ティーソーダを注文しておきました」
「あ、ありがとうございます」
「どうぞ一息ついてください。色々驚かれたでしょうから。もちろん、毒など入っておりません。心配でしたらグラスを交換しましょうか?」
「いえ、その……久しぶりに人用に作られたものを飲む気がします」
「ここは果ての大陸ですものね」
スピカさんは静かにグラスを持ち上げると、ゆっくり口をつけた。俺もそれに倣う。疲れ果てた身体に程よい甘さのフルーティーな風味と炭酸がよく沁みた。
「そうだ、すみません。テンなのですが……」
「寝てしまわれましたか?」
「え? はい、その通りです」
「ここは太陽の光が届かない造りですからね」
スピカさんの言わんとしていることがわからず困惑する俺に、スピカさんは真剣な顔でこう尋ねた。
「貴方に、この世界の異端者となる覚悟はございますか?」
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