第13話 ビョウイン

 聖地ラムダを出発し、俺とテンは山に向かって歩いていた。テンによるとあの山はエテネ山という名前で呼ばれていたらしい。

「山の麓からの道は僕が覚えてるから任せて」

「ああ、頼んだぞ」

「うん、頼まれた!」

 足取り軽く進んでいくテンを見て、俺は少しだけ気が重くなった。テンの言う通り進んだ先に、スピカどころか人っ子一人いなかったら、俺はどうしたらいいのだろう。

 テンの夢は神の啓示だと考えるべきだから、きっと目的地に意味はある。地図にない名前も知らない勇者に縁のある街に行けることは、研究者としてはこの上なく素晴らしいことだ。だけどそんな成果よりもただ、テンが悲しむ顔を見たくないと思っていた。


 山の麓にたどり着き、テンの言う通り道無き道を進みながら三回夜を明かした頃、ようやく遠くの空に煙らしきものを発見した。

 さらに二日かけて森の中を進んでいくと、ついに街らしきものが目の前に現れた。

「本当に、あった……」

 俺たちが探して進んで来たのだから「現れた」という表現は正しくないのかもしれない。しかし、この街は森の中に溶け込んでいて、街だと認識した時には「現れた」と思うぐらい突然、目の前にあったのだ。

 街の外壁は蔦や苔がびっしりとはりついていて、人工物だと認識するのに時間がかかる。入口も狭く、とても人が住む場所には思えないような所だった。

 俺が衝撃を受けているうちにテンはスタスタと入口らしき場所から入って行ってしまう。

「待ってくれ、俺も行く!」

 慌ててテンを追いかけ、中腰で門らしきものを潜ると、そこには森の中とは思えない風景が広がっていた。

 建物の構造は聖地ラムダのものによく似ていた。白い石材で作られた建物がいくつも見える。ラムダの家はほとんどが平屋だったが、この街は二階以上ある建物が多いように思えた。それに何より、ここには人が暮らしていた。

 店と思われる建物の前には買い物客が買ったものを抱えて店主と談笑しているし、子供もいるのか笑い声が聞こえてくる。

「本当に、あった……」

 何度目かわからない感想を述べた時、俺が見ている人達が全員テンの方を見ていることに気付いた。敵意はないように思うが、誰も彼もが全員テンを見ている光景は不気味に思えた。

 俺たちはただの余所者でしかない。こんなふうに隠れた土地に住んでいるのだから、旅人に出会うのも稀だろう。なのに街の人間全員が警戒するでもなく、遠巻きに見るでもなく、まるで嬉しいサプライズがあった時のような顔でテンを見ている。

 異様な空気に戸惑っていると、一人の女の子がテンに近付いてきた。女の子はまだ6、7歳ぐらいに見えた。腕に白い布を巻いて、首に通した布で吊っていた。

「テンさまですか?」

 女の子は舌っ足らずな声でテンにそう尋ねた。テンはしゃがんで目線を合わせると、女の子に頷いてみせた。

「うん、僕がテンだよ。スピカはいる?」

「テンさま!」

 テンが名乗った途端に周囲が色めき立つ。女の子も興奮した様子でその場でぴょんぴょん跳ねると、嬉しそうにこう言った。

「スピカさまはビョウインにいるよ!」

「ああ、わかったよありがとう」

 テンは頷いて女の子に手を振っていたが、俺はビョウインというものがなんなのかわからずにいた。

「サーブ、行こうか」

「あ、ああ……」

 テンが歩き出すと周囲の街人たちが祈り、頭を下げる。勇者に対しての敬意だと思った。ここは厳格な教徒たちの住む街なのかもしれない。

 しばらく歩き、街で一番大きな建物の前に着いた。ガラス窓から見える内部には人々が座って待つ大きな空間がある。中にいる人達もテンに気付くと皆一様に祈りを捧げていた。

「なあテン、この建物は何をするところなんだ?」

「ここが病院だよ。怪我や病気の治療をするところだよ」

「え? で、でも、治療は神に禁じられているはずじゃ……」

 驚いて大きな声を出してしまったせいか、建物の扉が開き中から女性が現れた。白い服を身にまとい、白に近いプラチナブロンドの髪をひとつに結い上げた彼女は、俺とテンに頭を下げた。

「どうして禁じられた治療が行われる場所があるのか。その疑問には私がお答えいたしましょう」

「スピカ!」

「テン、久しぶりね」

 状況においていかれたままの俺を他所に、テンと彼女が再会の喜びを表すようハグをする。なんだかもうわけが分からなくて、俺はただ呆然と二人を見ていた。

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