第12話 どうかこれ以上
神殿の通路を抜けると、少しづつ崩壊した部分が見えてくる。割れた窓ガラスを見つけるたびに、テンの口数は減っていった。
昼前にはラムダの街まで戻って来ることができた。人気のない街を見て、テンは何を思ったのだろう。
「ここが、ラムダの……」
テンはポツリとそう言った。
ここは勇者ゆかりの地だ。もしかしたらテンの知人や友人、両親なんかもここに住んでいたのかもしれない。俺にとってこの街は歴史的価値の溢れた素晴らしい場所でも、テンにとっては変わり果てた思い出の場所かもしれないのだ。
見た目はほとんど変わらなくても、街の持つ活気や温度は随分違っているだろう。さぞ悲しい顔をするかと思いきや、テンは今まで通り前を向いて街の中を進んでいった。
「道はずっと変わらないんだね」
なんと声をかけていいか迷う俺に、テンがそう言って笑う。その気を使った笑顔が苦しくて、俺は話題を逸らした。
「今日はこの街で一晩明かしてから、明日そのスピカさんのいる場所に行こうと思う」
「わかったよ」
あっさり頷かれてホッとしたような複雑なような気持ちで、これからの計画を練る。旅をするなら可能な限り情報を把握した方がいい。この果ての大陸は情報で命を左右されるような危険な場所だ。位置情報端末も使えないため古い地図を手がかりに移動するしかない。
しばらく街の中を歩き、水路の近くに今日のテントを構えることにした。まだ日が沈む前で視界がいいうちに地図を広げてスピカさんのいる街を確認する。
「この山沿いに道があって、森を抜けた先にスピカのいる街があるよ」
「じゃあこの山を越えなくていいんだな?」
「うん。あの山は火山だから登るのは危ないよ」
俺が越えてきた山はやっぱり火山だったらしい。ちょっとだけ顔を引き攣らせた俺をテンは不思議そうな目で見ていた。
毎日缶詰パーティをするわけにはいかず、今夜のメニューはブロック状の携帯食料とフリーズドライのスープになってしまった。そんな質素な食事もテンは嬉しそうに口をつけ、食感が面白いとはしゃいでいた。
翌日に備えて早めに寝ようと声をかけ、昨日と同じようにテンと二人で横になった。テンは見た目の儚さに反してよく食べよく眠る。日が沈んで少しするともう眠そうにしているから、夜が苦手なのかもしれなかった。
テンの寝息を聞きながら、俺はこれから会いに行くスピカという人物について考えていた。
御使いの夢ということで一度は考えるのをやめたことがある。それは「スピカという人間は今も生きているのか」ということだ。
テンの話に繰り返し登場するスピカという人物は、おそらくテンが塔の上で眠りにつく前に親しかった人間だろう。サーブと一緒に話に出てくるぐらいだ。テンのように特別なことがない限り、はるか昔の人間が生きていることは考えられない。勇者の塔の研究をずっと続けてきた俺ですら、他にも同じような塔があるなんて話は聞いたことがなかった。
スピカがとうの昔に死亡しているとして、最悪なのは街ごと滅びているかもしれないことだろうか。普通に考えてこんな果ての大陸に人が住む場所が残っているとは考えにくい。この果ての地は特に魔族との戦いが激しかった地域だからだ。
俺の横から規則正しい寝息が聞こえてくる。テンのことを考えるとどうしてもスピカには生きていて欲しいと思ってしまう。あまりにも無邪気で優しいテンの表情がこれ以上曇るところを見たくないと、俺は心から思っていた。
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