第11話 次の目的地

テンに聞きたいことは山ほどあったが、今夜はとりあえず眠りにつくことにした。移動も研究も体力が一番大事で、体力の回復には睡眠が不可欠だ。

 残念ながら俺の荷物には寝袋がひとつしかなかったため、寝袋を全開にして敷布団代わりにして二人で横になることにした。

「なんかこういうの、前もあった気がする」

 明かりを消して寝る直前、テンがそう呟いた。今日は疲れたのだろう。声がふわふわしていて舌っ足らずだ。

「テンも昔、旅をしたのか?」

「旅……になるのかな。楽しかったな……テーブと、スピカと……」

 テンはそこまで言うと黙ってしまい、やがて寝息が聞こえてきた。本当にすごい一日だったな。

 明日はテンの旅の話も聞かせてもらおう。そう決意して、俺も眠りについたのだった。


 翌朝、いつもの時間に目を覚まし朝のルーティンをこなしていると、テンがテントから這い出てきた。昨日も思ったが、誰かが一緒にいるというのは不思議なものだ。旅はひとりでするものだと思っていたから。

「おはよう、テン。よく眠れたか?」

 俺の言葉は届いている筈だが、テンはなぜか自分の首飾りを握ったまま遠くを見ていた。様子がおかしい。

「テン? 大丈夫か?」

「行かなきゃ」

「え、おい、行くって?」

「スピカが待ってる」

 今にも走り出しそうなテンを慌てて止める。寝ぼけているにしてはあまりにも力が強くて、止めるのも一苦労だった。


「じゃあそのスピカって人に会いに行けばいいんだな?」

「うん」

 落ち着いたテンから事情を聞くと、どうやら夢でスピカという人間に会いに行くよう言われたらしい。夢は夢でしかないと言いたいところだが、テンは神の御使いだ。御使いが見た夢というからには意味があるのだろう。

 スピカという人は果ての大陸の南西にある街にいるらしい。早く行こうと張り切るテンに言われるまま準備し、慌ただしく勇者の塔から離れることになってしまった。


 勇者の塔に別れを告げ、来る時は一人で通った神殿の通路をテンと二人で歩く。どこもかしこも興味深い装飾品や絵画で溢れている神殿の中を、テンに合わせて早足で通り過ぎた。テンは長い間寝ていたとは思えない足取りでぐんぐん前へ進んでいく。ランプはテンに持たせたため、はぐれないよう必死に足を動かした。

「調査はお預けか……」

 ついボヤきが漏れる。こんな事なら来る時にたくさん観察しておくのだった。勇者の塔を見たい一心で焦っていたから、ろくに観察ができていないじゃないか。

「サーブ? どうしたの?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 俺が足を止めたのに気付いたテンが戻ってきて、ランプの光で照らしてくれる。その際に照らされた壁に不思議な絵が描かれていることに気付いた。

「ん? この絵、なんだ?」

 怪我をして横たわっている人に、もう一人の人が手を添えている絵だった。添えられた手は光を放ち、周囲は明るく希望に満ちているように見える。こんな怪我をしたらまず助からないというのに、なんだか変な絵だと思った。

「サーブはこの絵が気になるの?」

「ん? ああ、何をしてる絵なのかと思って」

「これはね、治療をしている絵だよ」

「治療……じゃあこれは禁じられた絵なんだな」

 だから神殿の奥のこんなに見にくい場所にあるのだろう。来る時は気付かなかったぐらいだ。もしかしたらこの神殿にはそういう禁じられた絵画や本が集められているのかもしれない。

「サーブは治療に興味があるの?」

「ああ、いや。俺は研究者だから、絵の内容というより絵の存在や意図に興味はあるかな」

「研究者?」

 あ、まずい。俺が神の御使い、つまりテンのことを研究しているというのはよろしくなかったかもしれない。神の教えに神の研究を禁じる項目はなかった筈だが、神の行われた行為、神が遣わせた御使いの研究をするのは、あまり褒められた行為ではない。

「あ、えっと……古いものを、研究してるんだ。神のされたことに関係なく……」

「すごい! じゃあサーブも学者さんなの?」

 俺が言い訳を言い終わる前に、テンはキラキラとした目ですごいと言い出した。

「サーブも、すっごく勉強して偉い人になったんだよ! あ、サーブって僕の知り合いだった方の」

「そう、なのか……」

 俺の緊張を他所にテンはのんびりと「サーブはいっぱい勉強したんだね。あ、今のサーブはあなたのことね」と穏やかに笑っていた。なんとなくだが、テンは俺の行いを罰しないような気がした。テンは教会の人間と少し違う。信徒たちの誤ちを罰するような人間ではないと思えた。

「サーブはスピカに話を聞くといいよ。きっとその研究にスピカの話は役立つと思うから」

 テンは不思議な人だ。子供のようにはしゃいでいたかと思うと、今みたいに大人びた顔をする。心の奥まで見透かされそうな柔らかな微笑みに、ドキリとした。

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