第9話 サーブ

 階段の手前にある小部屋の中央には細い金属のポールが立っている。テン様はそのポールを掴むと、俺にも同じようにするよう促した。正直なんのためにそんなことをするのかさっぱりわからなかったが、勇者様の言うことだ。従う他ない。

「サーブ、ちゃんと掴まった? 大丈夫?」

「はい。あの、これはなんのために?」

「動くからね。『降りろ』」

 テン様の言葉で床が円形に光り出す。青い光が収まると同時に床が急に下がり初め、俺は慌ててポールに掴まった。そのまま床ごとゆっくり降りていく。

「こ、これって、エレベーター!?」

「うん、確かそんな名前だったと思う」

 テン様は相変わらずのんびりと「思ったより高いね」なんて言いながら周りを見ている。この塔が作られた時代にエレベーターがあることや、エレベーターという単語は知ってて勇者様という名称を知らないテン様のことなど、疑問は尽きないがとりあえず俺は成り行きに身を任せることにした。今日は驚きすぎて、ちょっともうお腹いっぱいだ。

「すげぇ階段……」

 螺旋階段の中心を下っていくエレベーターからは階段しか見えない。情報過多でキャパオーバーを起こしている俺には単調な景色がとても優しく見えた。


 階段を下るよりも圧倒的に短い時間で、テン様と俺を乗せたエレベーターは地面に到着していた。古代の遺物のエレベーターに乗ってきたというのに、古さや危険性は微塵も感じなかった。あんなに古いものに乗って何事も無く塔を降りられたとは、本当に信じられない技術だ。

「そういえばテン様。俺の名前を申し上げていませんでした。俺はキールと申します」

「サーブじゃないの……?」

 塔を出る前に告げなければと思い伝えると、テン様はとても悲しそうな顔をして立ち止まってしまった。予想はしていたが、やはりショックだったらしい。

「俺とそのサーブ様はそんなに似ているのですか?」

「ううん、わからない。あなたの雰囲気に一番似てる人がサーブだったから、そう思ってた」

「雰囲気が?」

「うん。僕、眠りにつく前の記憶はあまり残っていなくて、ぼんやりとしか思い出せないんだ」

 テン様はそう言って、昔を懐かしむように目を細めた。その表情は寂しさも滲ませているように見える。

 勇者が眠りについてから、どのくらいの時間が経っているのかはわからない。少なくとも三百年以上前、おとぎ話になるほどの年月が経過していることはわかる。大切な人が死に絶えた世界で目を覚ます。それはテン様にとって、どのくらい悲しいことなのだろう。神の御使い様に対して不敬な考えだと思ったが、俺は目の前の少年を少なからず哀れに思っていた。

「サーブと呼んで頂いても大丈夫ですよ」

「え? でも、あなたは……」

「俺はテン様のお知り合いのサーブ様ではありませんが、サーブでもキールでもお好きな方で呼んでください。俺はテン様に呼んでいただけるだけで光栄の極みですので」

 冗談めかしてそう言えば、テン様の表情が和らぐ。迷うように瞳を揺らして、伺うような表情で俺を見る。そうしていると本当にただの少年のようにしか見えなかった。

「本当にいいの?」

「はい、もちろん」

「……サーブ?」

「はい、テン様」

 テン様の顔に笑顔の花が咲く。きっとサーブ様はテン様にとって大切な人だったのだろう。そうじゃなきゃ俺を見て涙を流したりしないだろう。嬉しそうに笑うテン様を見てそう思った。

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