第6話 勇者の棺
気が遠くなるほど長い階段の先には小部屋があった。人一人が横になれるぐらいの四角い部屋にはまた勇者の紋章の扉がある。この扉は神殿で見たものと同じ材質でできているようだった。
深呼吸をして上がりきった息を整える。酷使した足は震え、今にも倒れそうだったが、気力だけで扉に手をかけた。
「え?」
そこには人工の巨大なビオトープが広がっていた。草が生い茂り湧水が溢れ流れる生命力に溢れた場所だ。そんなものが塔の中にあるとは思わず、俺は呆気にとられていた。
俺が立っている場所の両脇には透き通るような池があり、小さな滝から絶えず新しい水が注ぎ込んでいる。池には魚が泳いでおり、頭上で小鳥が鳴いている。天井はガラスでできたドーム状になっており、ガラスからは夕日が差し込んでいた。
入口からまっすぐ伸びる道を進む。池の奥には植物が生い茂り、柔らかく日差しを遮っている。木漏れ日の中、小道の先にそれはあった。
「棺……?」
大きな木の根元に作られた祭壇の上に、一基の棺が安置されていた。金細工でできた長方形の棺の上にはドーム型のガラスの蓋がついている。
長らく人が寄付いていないはずの場所なのに、まるでなにかに守られているかのようにその祭壇は一切の劣化を認めなかった。ラムダの街の様子と比べると雲泥の差だ。祭壇の石床には繋ぎ目がなく、ひび割れどころか劣化も見当たらなかった。棺の装飾も見事もので、繊細で優美な飾りは色褪せもせず輝きを放っている。
俺はしばらくこの光景に見とれていた。自然の中で木の枝葉の間から差す夕日を反射する棺。滝の音と小鳥の囀りを聞きながら、眠る勇者。それはあまりにも厳かで美しい光景だった。
祭壇の上にあがるとそれを待っていたかのように棺のガラス蓋がゆっくり開いた。自動で開いたその技術に驚きつつ、膝を折って棺を覗き込む。
「これが、神の御使い……勇者、なのか……?」
そこにいたのは確かに人間だった。祈りを捧げるような形で両手を重ねられたその人は、青い色の不思議な衣を纏っていた。首飾りをしていて、青い宝石の中に勇者の紋章が見える。
肩で切りそろえられた亜麻色の髪、閉じられたままの瞳に、すっと通った鼻筋、薄い唇。どのパーツもひどく整っており、まるで彫刻や絵画のようだった。
想像よりずっとあどけない顔をしていた。遥か昔に生きていた人とは思えないほどに、腐敗も劣化もない。人形と言われたら信じてしまいそうなぐらい、本当にただ眠っているだけのように見えた。この人に触れたら冷たいのだろうか。
好奇心に負けた俺は彼の頬に手を伸ばしていた。頬に手が触れる瞬間、彼の首飾りが光った気がした。
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