第3話 神の街
俺は今、石で作られた階段の前に立っている。階段を登ると白いアーチ状の門があり、門の横から街全体を囲うように高い壁が張り巡らされている。門と言ったが扉などがついていた形跡はなく、ぽっかりと口を開けて俺が足を踏み入れるのを待っているようだった。
「失礼します」
階段を登り、頭を下げてから門を潜る。これから俺はこの街に古代の歴史を教えていただくのだ。敬意を表しながら、静かに足を進めた。
日は傾き、少しずつ気温が下がり始めていたが、聖地ラムダの街は不思議とあたたかく感じた。街の周りを囲う高い石壁が冷たい風を防いでいるからだろう。
この街はほとんどの建物が白い石、おそらく鉱物でできているようだった。俺が越えてきた山は火山だったのかもしれない。風化が激しい外の壁とは違い、街の建物は比較的綺麗な状態で残っていた。どの建物も窓がない構造のため建物内部はわからないが、噴水や整備された道は今でも十分役目を果たせそうな状態だ。街の中に走る水路は俺が辿った川から水を引いているのか、新鮮な水が流れ続けている。
隅々まで調査したい気持ちを抑え、日が沈み切る前にテントを張った。ランプの光が白い壁に反射して幻想的な空間を作り出す。この街はこんなところまで計算して作られたような気がした。聖地ラムダはそう思わせる何かがある。
明日から始める調査を思い描き、期待を胸に眠りについた。聖地ラムダで夜を明かすのも乙なものだ。
翌朝、夜明けとともに目覚めてテントの外に出た。太陽の光が勇者の塔を射している幻想的な光景を見て、感嘆のため息を吐いた。この街で生活をしていた人達は毎朝この光景を見たのだろうか。
水路から水を拝借し、危険でないことを判断してから朝の支度をした。不思議なことに外を流れていた川よりもラムダの水の方が綺麗だった。やはり神の加護のようなものがあるのかもしれない。
昨日採取しておいた木の実などを調理して食べてから、本格的な調査を開始することにした。勇者の塔の前に周囲に点在する民家や店などの建物から調査することにする。
この街の家は全て石で作られており、窓がなく外壁の所々に通気孔があるタイプの造りをしている。壁を二重構造にして内部に空気の層を設けることで、冬は暖炉で起こした火の熱が留まるようになっている。逆に夏は窓がない構造が強い日差しを遮り、通気孔が熱気が滞留するのを防ぐ。内部から冷やす方法があれば快適に過ごせたであろう設計だ。厳しい気候によく対応している。
地面は石畳で覆われていてほとんど見えず、植物は石畳のない場所に集められているような印象を受ける。おそらく石を敷くことで植物の生える場所をコントロールして景観を保っていたのだろう。
街の至る所にある民家はどれも、外観は美しいままでも内部はあまり良い状態とは言えなかった。もちろん石でできた壁の部分は残っているのだが、なぜか当時の生活がわかるような品がなにも残っていないのだ。そればかりか燃えたような痕跡が残っている家も多く、がらんどうの煤けた部屋は少し不気味ですらあった。
次に商業施設、つまり店や宿屋などの建物を調査することにした。石の外壁に絵や文字が彫られている建物は、おそらくなんらかの商業施設だろう。色褪せてはいるものの、しっかり彫られているおかげか絵の判別はできる状態だった。
最初に足を踏み入れた建物は商店だ。卵や果物、野菜なんかのイラストが彫られていたから、今で言う八百屋のような役割をしていた店だと思われる。残念ながらこの店も中は空っぽで、店の外壁と同じ素材でできた商品棚が残っている以外はなにも見つけられなかった。
次に向かったのは宿屋だ。外壁にはベッドのイラストが彫られている。ここには少しだけ家具が残っていた。最低限、という感じではあるが、他の建物では見られなかった椅子やテーブル、ベッドに浴槽、さらには花瓶らしきものまで残っている。残ってはいたが、家具は全て木材が使われていたようで、風化してボロボロだった。
「ん? あれ、なんだろう」
宿屋だったら受付がある場所のカウンター下に、何か置いてあるのを発見した。屈んでランプを近付け確認すると、それは宿の台帳のようなものだった。なにか文字が書かれている。とても貴重な歴史的価値があるものだろう。手袋をはめて慎重にページを開こうとしたが、触れた瞬間にボロボロと崩れていってしまった。
「なんだこれ……」
経年劣化しているとはいえ、少し変な崩れ方だった。まるで俺が読むのを聖地が拒絶しているようだ。神の意思だとでも言うのだろうか。
他のものには触れず映像記録に残そうとしたが、どうしてか記録装置がうまく作動しなかった。こんなこと初めてだ。
『神のなされたことを研究するなど、神への冒涜である』その考えは信者の神を恐れる気持ちから芽生えたものだと思っていた。しかし、もし神自身が研究を拒絶しているとしたら。
「俺は、大罪人になるのかもな」
勇者の塔は夕日に照らされて茜色に輝いていた。美しい景色を前に、俺は空恐ろしいなにかを感じていた。
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