第2話 聖地ラムダ
険しい山を越えてから三日、俺はひたすら川沿いを歩き続けていた。朝日が昇るとテントを出て歩き、沈むとテントを張って体を休める。途中で食べ物を確保している時間を考慮しても、こんなに歩いているのに勇者の塔はちっとも近付いていない。つまり勇者の塔は、信じられないぐらい遠くにあるということだ。
山道を抜け平原に出てからはどこにいても勇者の塔が見えていた。だから方角を見失うことはなかったが、距離感はわからないままだ。遠くに見える勇者の塔は若干大きくなってきたものの、まだまだ足元には辿り着きそうにない。
地図のない土地を歩くのに、川沿いであることは重要だ。上流から下流に向かって歩けば、崖を下ることはあっても登ることはない。浄水装置を使えば飲み水が常に確保できる。
聖地ラムダはかつて神の御使いを守るために繁栄した大きな街でもある。街であるためには水が必要だ。つまり川を辿ればラムダに近付くことになる。たぶん、おそらく。
研究者に必要なものは思考力とチャレンジ精神だと思っていたが、考えを改めようと思う。研究者、特に考古学者に必要なものは体力だ。あとは挫けない心と強靭な足腰である。どんなに優れた知識を持とうとも、目的地までの膨大な距離の前では無力なのだ。
歩き続けてさらに二日、やっと聖地ラムダの街が肉眼で確認できるようになってきた。街の周りを白い壁が囲っている。勇者の塔の真下には大きな建造物があり、その建物奥のドーム型の屋根の中から塔が伸びているように見えた。
川沿いを歩いてきたのは間違いではなかったようだ。
「人工物だ……!」
人里離れた大陸の果てには街どころか村もなく、ただひたすらに恵み豊かな自然と広すぎる空だけがある。もうひと月以上は自然の中で過ごしている俺にとって、たとえ滅んでいようとも人工物に出会えたのは喜びである。その人工物が聖地ラムダのものなら感動はひとしおだ。
はやる気持ちを抑えて歩き出したつもりだったが、実際は小走りに近かったと思う。疲れはもちろん溜まっていたが、そんなこと聖地ラムダを前にしたら瑣末なことである。
徐々に大きくなる白い人工物に俺の足取りは軽くなる。旅の荷物であるバックパックはひたすらに重く嵩張ってはいたが、その重さすら忘れるほどに俺は舞い上がっていた。
周りの反対を押し切り、旅に出て五年。28歳の肉体には少々つらい旅だったが、その辛さが報われた気分だった。
ついに見つけたのだ。念願の勇者の眠る地、「聖地ラムダ」を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます