第16話
ボクと弥月が首を突っ込んで遭遇した事件は何とも言い難い結末を迎えるのであった。
ボクは加野が自らの首を引き裂いた光景が目に焼きついて離れなかった。そして、あの不気味な笑い声も、何度も頭の中で反芻される。必死に耳を塞いでも、必死に目を瞑っても、音が手からすり抜け、あの光景が目蓋の裏に映りこむ。
加野は自殺した。
でも、未遂だった。
加野はアレから一応命は取り留めたものの、意識不明の重体だ。もしかすると、ずっとそのままなのかもしれない。
「……」
ボクは加野の言葉がまだ胸に残っていた。
彼女はボクが突き止めようが突き止められまいが私の望みは叶っていた、と言っていた。それはつまりどういう事なのだろうか。いや、多分わかっている。だけどそれを認めたくないのだ。
ストラップを取り出す。それに久井の姿や声を連想させた。無念は果たせただろう。だけど煮え切らない。ストラップをギュッと握り締める。ストラップはボクの掌の中でうずくまっている。それを額にくっつける。その格好をずっととっていた。
「そう落ち込むなよな」
薄暗い病院のロビーの椅子に腰掛けてうずくまるボクに、江藤さんが声をかけてきた。だけれどもナイーブなボクはそれに耳を貸したくなかった。
「ケガは、大丈夫か?」
「ええ」
ボクは殴られたときにどうやら頭を切ってしまっていたようだ。全く気が付いていなかった。傷は浅いので、かさぶたができる程度だろう。
「そうか。でもまあ、アレだ……その……」
江藤さんはボクになにか気の利いた言葉を送ろうとしていた。でも、無意味だ。土の言葉をかけられてもボクの心には響かない。ボクは「大丈夫です」と無理やりに愛想をふるったのだった。
「弥月は?」
「まあ、なんてことはないからすぐに終わるだろう」
タバコを取り出し、口にくわえる。病院内だったことに気が付いて、ライターをすぐにしまう。でも、タバコはまだ口でくわえていた。口元でそれを遊ばせながら背もたれに寄りかかる。
「しっかし、驚いたよ。突然電話してきたと思ったら、「弥月が誘拐された」だったから」
江藤さんたちが来たのは加野が息絶えた後だった。
「犯人はまあ、アレだったが、よくやった方だよ。表彰ものだ」
落ち込んでいるボクを励まそうとしているのは解る。だけど効果は希薄だというのに向こうは気付かない。
「江藤さん……」
ボクは顔を上げた。そして天井を仰ぎ見る。
「ん? 何だ?」
「ボクって――人殺しなのかな?」
生きているのに、動けずにいる。それは、死んでいるのと同じではないのか?
ボクは糸が切れた人形のように、全身をダランとさせながら言う。脱力したボクの目は恐らく生気は宿っていなかっただろう。
江藤さんは言葉を詰まらせていた。
「あの人は、ボクが謎を解いて来たから、あんなことをしたんだ」
加野は、最後に自分を犠牲にして、『K』という文字を作り上げようとした。最後の点になるのは加野か……弥月かのどっちかで、加野は自分を選んだ。
加野はボクに自分と弥月の運命を委ねたのだ。ボクが来なければ弥月。ボクが来れば加野自身。
何故……? どうして? ボクには理解できない。
「ボクが来なければあんな事にならずに済んだんだよね。だからさそれって……」
「皆まで言うんじゃない」ボクの中で確言した言葉を喋る前に、江藤さんがそれを制した。「馬鹿な事は考えたらだめだ。いいか、君が来なければあんなことにならずにすんだって言ったけど、もしも君が来なければ、死んでいたのは弥月ちゃんの方なんだぞ。君にとっちゃどっちが大事だ?」
下唇を強く噛み締めながら手を組んだ。
「それでも、また見殺した事には変わらないよ。これって、罪なのかな?」
「違う。向こうが勝手にやったことだ。今回の件はどうあがいても自殺だ。自分で起こしたその不祥事は他人に火の粉がかからないようになっている。今回の場合は。卑屈になるのはよしときな」
ボクは無言のままその言葉を噛み締めていた。
目を瞑ると、やはりあの光景が鮮明に浮かび上がってきた。
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