第15話

 ボクと弥月が行きついた先は、図に『K』を浮かび上がらせたところだ。

 犯人の意図は、『K』という文字を地図上に完成させることだ。犯人はこの殺人を遊んでいた。だから『K』という文字に執着しなくてはならなかった。もしも、次の犯行が行われるのなら、その場所はもう一つ点を足しても『K』という文字になる場所だ。

 六人目の被害者は弥月。まず、ボクたちが襲われた時、菊の花が落ちた。それと、弥月はY・Kのイニシャルである。弥月に『K』という文字がついている。今までの事例に当てはまる。

 次に。ボクが考える事は、犯行場所だ。これは考えればすぐに分かること。

 まず重要だったのは、犯人は、五点で十分『K』を描けていたのにもかかわらず、六点目を使用しようとした。そこから考えられる事は二つある。あの『K』以外で描ける図形があるまたは六点目を使用する事で同じ『K』を作れる。前者はこの犯人の心理状況を考えると却下。よって後者が正しいと考えられる。

 今までの五点を使用した図は、地図を北向きにさせた状態で、そして今までの殺害順にA~Eと置いて、まず点Aを中心に置き、その北に点D、南に点B。あとは点Bから西に点C、点Dから同じく西に点Eを置く。それらをうまく線で結ぶと、Kの図が完成する。それが五点で作成した図だ。

 そこから六点目、点Fと置こう。点Fをどこに書き加えれば別で新しい『K』が成り立つのか。

 一つだけある。というか一つしかない。それは点Aから点Cから引いた線上に点Fを書き加えることによってようやく成り立つ。そうして逆さまにすれば、犯人が描きたかった『K』が完成する。

 これは、久井に貰ったストラップで思いついた。このストラップの『K』は六点で構成出来る『K』だった。

 点Aと点Cの間にはちょうどいい具合に橋里町があった。今までの犯行現場は山奥や廃れた場所。そこで犯行が行われている。ちょうど、ここのように使われていない工場がこの町にはあった。

 それだけで大体決めつけてもいいのだが、もう一点。この考えをアシストする考えが浮かんだ。イニシャルだ。被害者の『K』を除いた名前の頭文字。OIURK。それを結んでいった順に並べると、IRUOK。そこに弥月のYを加えて並び替える。そうするとIRUOYKとなる。それを逆さにしてみると、KYOURIだ。キョウリ。つまり、橋里町。この町だ。



「まあ、そうね。その通りよ」

 加野はパチパチと拍手をした。

「あーあ。簡単だったかな。こうやって場所も突き止められて、犯人だとバレちゃったし」

「悪いけど、もしあなたが弥月を襲わなければ、ボクの力では場所もあなたも突き止めることは無理だった」

「なにそれ。つまり、自爆したってこと?」

「平たく言えばそうだね」

 ボクは嘲笑した。なるべく犯人を刺激しないように少しは緩めたが、どうしても犯人を嘲りたかった。

「加野……いえ、加野さん。自首してください」

 ボクはこの期に及んで犯人にどんな期待をしているのだろうか。警察から逃げて、被害者を増やし続けてきたこの犯人になんて淡い期待を篭めているのだろうか。

「すると思っているの」フッと鼻で笑った。

 ボクの全身の毛が逆立った。憎悪ともいえるくらいに強い感情が湧き出た。激昂のあまり顔が強張り、歯がギシギシ鳴る。

「いい顔ね。君みたいなのにでも、そんな風に睨まれるのは案外悪くないのね」うふふとさらに不敵に笑った。

 加野は弥月の肩に双方の掌を添えた。弥月の右側に暗いのにもかかわらず銀色に光り存在感を主張しているナイフが彼女の横で執拗にチラついていた。

「正直、ボクは貴方をここで殺してやりたい。でも、ボクにはできない。いや、してはいけない気がする。だから……自首してください」

 懇願するようにもう一度言った。「は?」加野は呆れた声で張った。眉をひそめ、ボクの言葉に何を思っているのか判断しかねるが、一旦ボクから目線を外して、はあとため息をついた。

「あんたねぇ。私はさんざん人を殺してきて、さらには逃げ続けてきたのよ。そんなやつが「自首して」と他人に言われて「自首します」なんていう? そんなご都合どおりにいく別けがないでしょ。いい加減現実に戻ってくれば?」

「現実なんて、誰も見ていない。いや、見えない。夢に逃げているだけにしか過ぎない」

 ボクはわからなかった。久井の敵を取るために、この事件の犯人を捜していた。でも、その先が分からなかった。捕まえて、ボクはどうしたかったんだ? ただ自首させて掴まえさせることが敵討ちになるのか? 他に、ボクが加野を殴ったり殺したりする。それが復讐になるのか? 

 ボクは加野にどうしてほしいんだ? 罪人に対して、何の罰を求めているんだ?

 弥月は、殺人犯は死ねばいいと言った。でも、死んでそのまま終わりでいいのか? だって、こいつは……罪を罪と思っていない。そんなやつを殺しても……意味はあるのか?

「だんまりか」加野はため息をついた。「弥月ちゃん」

 加野は話す相手をボクから弥月へとうつした。

 加野は優しく弥月の頬をなでる。慈愛に満ちたそれはただの他人に見せるものではなかった。加野は静かに弥月にかませていたタオルを外す。弥月は苦しそうに咽る。加野は薄く笑った後、柔らかい声で囁くように弥月に告げた。

「私はね。あなたが好きだったの。初めてあなたを見た日から。ずっと……。あなたには人を引き付ける魔力があるの。そう。とくに私のような部類の人間を」

 加野は静かに自分のことを語りだした。

「私は幼いころから女性しか愛せなかった。好きになる子はいつも女の子。だけど、こんな私を誰も認めてくれなくて、そのたびに傷ついてきた。周りの子は私を気持ち悪がって離れていく。同じ人間とは思ってくれず、腫物のように扱われた」

「……」

「私は、それでも、性懲りもなく愛を探していた。ある日ね。私は気が付いたの。どうすれば私の傍から離れていかないか。それは……殺してしまえばいい、ということ。そうすれば好きな子は私を傷つけない。美しい思い出のままで、好きになった彼女たちは私の中でずっと生きていける。その事に気が付いたの」

「馬鹿じゃないの? そんなの自分の勝手にすぎないじゃないの」

「そうかもね。でも、誰も私を理解してくれないのよ」

「自分の都合に他人を巻き込まないことね」

 ボクは弥月の言葉に同意した。色々と。確かに、加野は自己中の極み。そのために殺されたあの四人。そして久井……。ボクは自然と拳に力が入る。

「殺した人たちはね。私の好みだった。碧海とは友達で、私の良き友だった。そしてよく愛していた。だけど、あの子にとっての私はあくまでも友達で、愛してくれてなどいなかった。他の人もそうだった」

「……」ボクはただ黙ってそれを聞いていることしかできなかった。

「結局、私の傍にいてくれる人などいなかった。そんな風に悲しみに暮れていた頃に、貴方を見た。お店来た貴方を見て今までにないほどの衝撃を受けたの。電流が体を駆け巡るような衝撃がきたの。そして、私は貴方に何か近いものを感じた。『君と私は似ている。だから、本当の理解者になれるかもしれない』と。だから、本命である貴方に会うために、私は全てを捨てた。弥月ちゃん……貴方が全てを捨てようとしているように」

 加野は弥月を抱きしめた。弥月は暴れだすがそれでも加野は弥月を離さなかった。

 弥月の耳元で囁くように言葉をつづける。

「私が殺した大切な人たちは、貴女と会うための準備でしかなかった。私が画策したあの『K』の文字。それを作り出す道具でしかなかった。可哀想に」加野は泣く素振りをみせる。

「道具? 人をそんな風に言える貴方に人を好きになる、人を愛す資格なんかないわよ」

「私が悪いわけではないの。私の普通を受け入れないこの世界がいけないのよ。ただ普通に生まれてきて生きてきたというのに。世間一般ではその普通は普通ではなかった。だから……こんな生きづらい世に居ても無意味……なのよ」

「……」

 はたして。加野は今、いったいどんな表情をしているのだろうか。その背中で語る加野に哀愁が漂っていた。

「弥月ちゃん」

 加野は不気味な刃先を弥月の綺麗な首筋に押し当てる。弥月は無言だった。加野を見据えている。

「吉野君」ボクを呼ぶ。「私ね、最初から一つだけ決意していた事があるのよ。というか決め事? 最後の六人目をどうするか」

 唐突に何を言い出すのだろうか。訝しく感じた。加野からはどこか不穏な空気が吹き出されていた。

「ウフフ」弥月から身を離す。彼女はボクに話しかける「君がここを突き止められようが突き止められまいが、私の望みは叶っていたのよ! 楽しかったわ!」

 加野は目線をボクから弥月へと移すと高笑いした。

「ごめんなさいね! 残念ながら、罪を償う気なんてないわ! だって、私にとってこれは〝ゲーム〟なんだから!」

 加野は優しい微笑を見せる。何かを決意した表情だった。

「だけど、これが貴方にとっての贖罪なんでしょうね」

「何をする気だ?」

 ボクは身構えた。

「本当は、ここであなたを殺したかったけど、ダメね。弥月ちゃんの為にも。私の為にも。でも、私は満足。私は幻想のあなたと……」

 加野は右手で深く握り締められたナイフを自分の首筋に押し当てた。床を点々と灯している蝋燭の灯がゆらゆらと風に踊らされる。まるで輪舞のようだった。

「私もY・Kよ」

 ボクはその直後にある五文字の言葉を加野の口に聴いた。

 その言葉は次の轟音によって掻き消される事になる。

 赤黒く綺麗な鮮血が夜のここを色飾る。加野の高笑いと共に流れる血しぶき。耳を突くように執拗に奏だれるそれは、哀しき鎮魂歌のようだった。

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