第14話
「もしもし。江藤さんですか? 吉野春です。あの、弥月と一緒にいた」
『えっと……ああ! 思いだした。どうした? 電話なんかして。もしかして、弥月ちゃんが、何かやらかした?』
「あそこ」へ走りながらボクは江藤さんに電話をかけた。弥月が攫われたという事を話すと、江藤さんは大きな声で驚いていた。
「場所は分かります。当たっているかどうかは分かりませんが」
ボクは「あそこ」を説明した。江藤さんはすぐに向かう。と言った。応援も呼ぶようだ。ボクは電話を切る。そして、「生きていてくれ」と強く願いながら走る。
あの、廃工場へ!
ボクは疾走していた。道に迷いそうになるが、微かな記憶を辿りに、ボクは孤立して佇む古びた工場へと辿り着くのだった。その廃れぶりが一つの幻想的なオブジェのようだった。
ボクは廃工場の一階に人影を見た。蝋燭の灯が点々としていた。蝋燭の灯は、二人の影を囲んでいるようだった。
一つの影は凶器の刃物を持ちウロウロ歩き回る。もう一つの影は椅子か何かに座らされて身動きをとれず、脱力している。
「弥月!」
ボクは入り口から彼女の名前を叫んだ。この声は工場の中に鋭く反響して生き残った。
二つの影はそれに驚愕するように振り向く。ボクは影の正体を正確に捉えた。ボクは激しく肩で息をしながら、一つの真実に息を呑んだ。
「あらら。とうとうバレちゃったわ」
犯人には動揺は見られず、普段の調子であろう口調で淡々と言うのだった。
「女性……?」
茶色の短髪で二十代半ばの女性。黒色のダウンコートを羽織って、紺青色のGパンを身につけていた。
「どこかで……?」
ボクは目を細める。犯人の顔に見覚えがあった。
「ああ。君は、たしか神谷弥月ちゃんとお店に来てくれた子か」
ボクは彼女のその言葉で思いだした。ケーキ屋でボクたちを接客した店員だった。名前は確か加野……。
「ウフフ……そんな固くならないでよ」
ボクが身構えていると犯人は静かに笑い、余裕の調子で話す。
「あなたは、名前はなんていうの?」
ボクは緊張して固まっていた体を自由にさせる。ボクは薄く笑った。背筋を伸ばし、堂々と胸を張る。自分なりに大きく見せようとした。そうして、発言する。
「名前ね。別に言ってもいいけど、そっちから先に言ってよ。よく言うでしょ。人の名前を聞くときはまず自分から名乗るって」
「そうね……」
犯人は凶器を持たない方の手を顎に乗せて考える。それから口を開く。
「私は、
などと余計な所まで自己紹介する。
ボクは相槌を打ってから「ボクは吉野春だ」とフルネームで名乗る。それから続けて「そこであなたに束縛されている神谷弥月の友人です」と、犯人の加野と同じように余計な言葉を付け足す。
「友人だったの? てっきり彼氏かと思っていたわ。でも、よかった。弥月ちゃんに、彼氏がいたらどうしようかと思っていたわ。弥月ちゃんは嘘を言ってなかったわ。庇っているモノと思っていたから」
加野というやつは、よくわからないことを喋りながらホッと胸をなでおろしていた。
「弥月。命に別状はない?」
ボクは拘束されている弥月と目線を合わす。弥月はいつもの調子で「だったら喋れないわ」と言った。
弥月は椅子に固定されている。椅子の前足が弥月の足を片方ずつ縛っていた。両手は後ろに組まされ、そこを両手首に縛られている。弥月が動かす事ができるのは頭と口ぐらいのものであった。
「気にするようなことではないわ」弥月は身動きが取れる口をゆっくりと動かした。「今さっき起きたばかりなのよ。だから、まだ本番は始まってない。されたのは脅しだけ」目線を動かした。加野を見る。加野も弥月を見る。
「彼女の言うとおり、まだ何もしてないわ。運がいいわよ、この子。もうすぐ冷たくなくなっていたかもしれないし」
ウフフとシャレにもならないセリフを喋ってから朗笑をする。
「ところで吉野君」
「はい?」
「どうやってここへ辿り着いたか説明、お願いできるかしら?」
「そんなことを聞いて何になるんですか?」
「いえ。何もないわ。ただ、自分で作ったゲームがどのように解かれたのか気になるじゃない? 聞かずにゲームオーバーなんてつまらなさすぎるわ」
少しムッとした。ゲーム? 自分の身勝手な娯楽の為に五人の女性と久井を殺したって言うのか? そんなもののために……久井は……。
ボクはたまらず憤怒の感情を溜める。その感情を堪えきれずに外へぶちまけようとした時、横やりが入った。
「ふざけないで!」
ビルの中に反響して残る。滅多に出さない彼女の怒りの大声は、外にまで届いていくのだった。加野は呆気に取られたようにポカンとしていた。ボクも同じだった。弥月の大声を聞いたのは初めてだった。いや、違う。感情をここまでむき出しにしたのが初めてだった。
弥月は深呼吸する。目をゆっくりと閉じ、開く。そして、いつもの調子で淡々と喋る。
「あなたには罪という意識はないの? 殺してしまったという自覚が無く、殺してきた人たちに対する謝罪もないの?」
加野はクスリと微笑すると、「あるわよ」と短く返してきた。
「どこにあるというの? さっきの言葉からはそんな風には到底思えないわ」
「殺した人たちに花を弔っているわ」嘲るようにふっと鼻で笑った。加野はダウンコートの横のポケットから白い菊の花を一輪取り出し、それをボクたちに見せびらかす。
「それがどうしたっていうのよ。まさかそれで贖ったつもり? たったそれだけで? そんなものは死者に対する礼儀でしかない。花を手向ける事が贖罪になんてならないわ。もっと別の形で償うのよ」
弥月自身の概念を相手にまるで嘲るかのようにぶつける。
「別の形? バカバカしいわね。いい? 弥月ちゃん。君は勘違いしているわ。贖罪の仕方なんて人それぞれなのよ。自分が犯した罪は、何を代償にして償えるか、天秤にしてつりあうように考えれば良いのよ。天秤の触れ方は人様々。何でつりあうかを思考して、自分に見合った贖い方が理想なのよ」
「うるさいわね」
加野はフッと吐息をはく。そしてボク達に背中を見せて靴を鳴らす。靴の音は無音な部屋に不気味と響き渡る。加野は弥月の背後へとまわる。
「まあいいわ」肩をすくめ、はあと嘆息する。「さて。吉野君。こちらの話は終わったわ」
「まだ終わってないわよ」と弥月は顔を上に向け、加野に目線を送る。
弥月の声は加野の耳を何事も無く通り過ぎていくだけ。弥月を無視する加野は、タオルを取り出して弥月に噛ませる。弥月は物を言えずにうねるだけだった。
「弥月ちゃんは少し黙っていてちょうだい」愛想笑いを浮かべたと思うと、すぐにその仮面を剥がす。そしてボクに「どうやってここまで至ったか、話していいわよ」という。
「……」
顎をさすりながら思考を働かせた。間を持たせる。ボクは迷うフリをしてから「うん」と頷く。ボクが喋っている間は、弥月は無事だろう。
「まず、どこから話せばいいのかな」
「私が聞いた限りだと、吉野君たちは『K』が図示されているところまで推理したんだっけ。そこからでいいわ」
ふーん、と相槌を打ってから、「じゃあ」と言って、ボクは話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます