第11話

S山にて




 ボクたちの今日の目的は連続殺人事件の現場へ出向き、被害者へ花を手向けること。ボクと弥月は学校をずる休みをして、それを行う。


 花束はボクが持たされた。それを持ったままバスに乗る。ボクたちが始めに向かったのは最初の被害者、上山碧海さんの殺害現場であるS山の廃屋だ。


 バスに乗車している時、ボクたちは周りの人からお葬式に行くのではないかと見られていたかもしれない。なぜなら、制服を着ていて花束を携えている。そう思うのが普通かもわからん。


 バスから降りたボク達は登山するハメになった。登山経験は小学校の時だけだし、中学校では帰宅部に所属しているため運動不足が目立つ。それは弥月にもいえることである。入退院を繰り返す弥月はボクよりも体力の値が少ない。だから、今日は大変になる。


 息を切らして、汗を大量に流す。時々休憩をはさむ。持参してきた水筒で水分補給。それから再び登る。それを何度か繰り返し、何とか迷わずに目的地へ着いた。


 まずボク達がしたのは合掌だ。花束を無人の廃屋へ手向ける。しゃがんで目を瞑り、十数秒ジッと黙祷。こういう場合って何というべきか……お悔やみ申し上げます、でいいのかな?


「行こうか」立ち上がったのも、声を発したのも何もかもボクが先だった。弥月はずっと、拝んでいた。ボクは彼女が動くまで待つ。彼女の表情を覗き見るような無粋の真似はしない。


 風がなびき草木が鳴く。


「行きましょう」彼女はようやく動いたかと思うと早足でその場を去ろうとする。急いでその後ろを追いかける。


「小屋の中は見ないの?」と訊くと、「見る気はない」と振り返らずに言う。ボクは振り向き廃屋を見つめた。被害者の断末魔が鼓膜へ訴えかけてきた気がした。






U山にて




 バスの中でボクは「この事に何を思っているんだ?」と尋ねてみた。聞こえていなかったのか、聞こえていたがそのフリをしているのか、弥月は無言だった。


バスの停留所でボクたちは佇み、場所を地図で確認する。分からない所は通りすがりの人に尋ねながらU山へ到着する。そうして登り始める。U山はS山に比べれば険しくはない。


 登山道が作られていない自然なままの道を、事前に調べた情報と勘を頼りに進んでいく。足をひたすらに動かし続けた。朝から二度目の登山の為疲労が際たつ。明日は筋肉痛だなと嘆息する。空腹も目立っていき力が抜けていくのも確かだ。


 弱音をつい吐きそうになるボクだが、弥月は弱音を吐いていない。息は激しく乱れていたが、自分を変えることなど一切していない。ボクはその姿に感服した。やがて、二番目の目的地へつく。


 U山は四番目の被害者である片山涼子さんの殺害現場だ。そこのまた無人の廃れた小さな小屋へ花を手向けて合掌する。弥月は今回も長く黙祷する。ボクも弥月に合わせて長く黙祷を捧げる。


 今回もそうだろうなと感づいていたが、弥月は黙祷だけ捧げてその場を早急に立ち去る。顔は伏せてあり自分の足元を眺めながらスタスタと歩く。狭い一本道だったのでボクは弥月の後ろをピッタリとついていく。


 ――「贖いよ」唐突に彼女がポツリと呟いた。ボクは思わず聞き返すが、それからは何もなかった。お互い無言のまま下山していった。






I町にて




 ボクたちはこの町で昼食を取った。しかし昼食を食べたのは久井の殺害現場へ行った後だった。久井はこの町の林の奥で殺害された。ボクは久井に弔いたかった。


 今までの二件は小屋で行なわれており、実際にその小屋へ入っていないため、惨状は把握していなかった。だが今回だけは違った。


 悲惨にも、辺りに久井のものと思われるおびただしい数の血の痕が散乱していた。拭き取られたりはしたようだが、木々に事件を嫌々思い浮かばせる大量の血痕が残っている。


 この時ようやくボクはここで殺されたんだと実感がわいた。不謹慎かもしれない。前の二人にも失礼かもしれない。しかしボクは安堵したんだ。殺害現場という存在を誤認していた事に気付いたから。


 ボクは想像してしまう。彼女がここでどのようにして殺害されたか。無念の断末魔と悲鳴が耳へリアルに届く。


 ボクは彼女から誕生日プレゼントとして貰ったあのビーズのストラップを取り出した。彼女との思い出がたくさんの塊となって甦る。ボクはストラップを自然に強く握りしめる。犯人に対する怒りが込み上げてきたのた。


 弥月が買った花束を手向けた。ボクはこの黙祷で初めて被害者に誓った。久井と四人に向けて、ボクの決意を表した。そして約束した。必ず捕まえると。そうして、この場を立ち去る。


 あれを見てしまった後では気が気ではなかったが人間の生理的欲求には敵わず、近くの喫茶店で遅れた昼食を取る。ボクはカルボナーラを、弥月はミートソーススパゲッティを注文した。


 ボクは弥月のミートソーススパゲッティを見ながら、お互いスパゲッティが好きなんだなと冗談を言う。弥月の反応はいまいち、そのようであった。このような事でも、言わなければ気持ちが晴れなかった。


 ボク達は不味い食事をしてから次の目的地へ出発する。






T町にて




 この町に存在する人影のない廃屋で三番目の被害者である小中海さんが殺害された。弥月のポケットマネーで購入した花束を手向けて合掌する。そして黙祷をささげる。一連の行動にズレはなかった。四回目の今回は最初と比べるといささか手際が良い気がした。


 さすがに日はもう傾き始め、夕暮れ時に近づいてきている。それが、ボク達を余計に焦燥させた。


 日が落ちる前には全てを回りたいので、急がなければなとバスに乗り込む。次で最後だ。ボクはふうと大きく息を吐いた。眠そうな目を擦る。欠伸も自然と漏れる。


 やってから気付く。弥月の横だと。弥月は背筋をピンと伸ばしちゃんとした姿勢を保っていた。ここで男の意地というものが出てしまった。弥月も辛さは同じなのだから我慢しなければと。ボクは姿勢を正した。


 ざわざわと小うるさい車内でボクらは静かだった。喜怒哀楽の感情がない中学生の男女が座る席は、周りからどんな風に見えるのだろうか。


 ボクは何かを話さなければと思い至り、ボクは楽しくはならないであろう話題を彼女に振った。それは、犯人を捕まえてどうしたいか。


 彼女はふっと息を吐き、目線を泳がせてしばらくの沈黙の後に口を開く。


「私は……」しかしここで言いよどむ。口を噤む。唇を一の字にして黙り込んだ。ボクらの間に距離が空いた気がした。






N町にて




 最後にボク達が言ったのは二番目の被害者の菊野泉美さん。未だに取り壊されていない外科専門の病院の跡地であった。ボク達は一連の動きをして菊野泉美さんを弔った。当然だが、病院内には入っていない。玄関先で花束を手向けただけだった。


 どうして中に入りたくないの? 最初のS山で訊いた事をもう一度ここで繰り返した。するとあの時とは違う答が返ってきた。


「死者は眠らせてあげなきゃ。踏み荒らすのは死者の尊厳を踏み躙る冒涜と同じよ」


 弥月は無表情で言った。しかしその表情からはどこか哀しさが篭められている様な気がした。


 お互いに会話が失ってから数分が経つ。その沈黙を打ち破ったのはその空気を作った弥月だった。「さっき犯人を捕まえてどうしたいか訊いたわよね」と彼女は言った。


 ボクは「うん」と。いや、正しくはそうではないかもしれない。言葉は不明だが返事をしたのは記憶に残っている。


 弥月は続けた。「人殺しは贖罪しなければならないのよ。人殺しが罪を償わずのうのうと暮らそうとするのが私には許せない。何らかの形で罰さなければいけないの。そう――何でもいいから、どんな形でもいいから、罰さなければ……。それが罪を犯した者の定め」


 弥月は腕を組んで腕をギュッと強く握り締める。下唇を僅かに噛み、震えていた。ボクは弥月が抱える心の闇を黙って見ていることしか出来なかった。


 ボクは弱った彼女にごめんねと一言だけ謝り、帰ろうか。と弥月の肩を優しく叩いてから先に歩き出した。嗚咽が弥月から漏れたような気がした。ボクは何も無かったようにひとり先にバス停へ歩いた。

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