第9話
そういえば弥月の家の住所を知らなかった。その事に気がついたのは朝食を食べていて、妹たちとどうでもいいようなくだらない話をしているときに気がついた。ボクは急いでメールをする。すぐに弥月から返信がきて教えて貰う。意外と近くに家があるようだ。
今日ボクは学校をサボる予定だ。だが、妹たちにその事を悟られる訳にはいかないので、制服を着ていた。この格好のまま弥月の家に行く予定。ボクと妹たちはよく一緒に登校するので、仕方のない選択である。
ボクたちは通学路を歩いていた。
「「ねえ、春お兄ちゃん、最近変わったよね?」」
妹たちが話しかけてきた。
「ボクはいつでも変わらないお前たちのお兄さんだ」
「「くっさ。きっも」」
妹たちは暴言をはく。ボクは「おい」と頭を小突く。そうすると腹部に拳を入れられた。ボクは涙目になりながら妹たちの横を歩く。ものすごく痛い。
「「女が出来たような雰囲気。怪しいよ。今朝だって、誰にメールしていたのかな? 同級生?」」
「ボクにできると思っているのか?」
「「それもそうだね」」
なんだよ、こいつらは。
「「まあ、冗談だよ。気を落とさないでね。だけどさ、実際のところどうなの? 春お兄ちゃんに彼女が出来たでしょ?」」
「どうしてそう思うんだよ」
「「さっきから否定はしないね。やっぱり? でもあのね、証拠はあるんだよ。春お兄ちゃんが美人な同級生とデートしてたって」
「誰からだよ。でもそれはきっと嘘だよ。ボクは男友達と遊んでたんだから」
「「なんだー。彼氏だったか。色んな意味でがっかり。でも、そんな気はしてた」」
「もっと違うよ?」
「「でもねー。わざわざ、男友達と強調するところが怪しいな。本当はどうなの?」」
「しつこいぞ。もう、何も答えない」
「「あはっ! 逃げた。ということは、やっぱり彼女とだったんだ。いいよ。隠さなくて。そっかー。モテないとばかりずっと思っていたけど、春お兄ちゃんも春が来たんだ。ようやく名前負けしなくてすむんだね」」
「なんとでもいえ」
というどうでもいい話をしていたら小学校に来てしまった。このままボクは小学校の前で妹たちを見送り、Uターンをし、メールで住所を確認しながら弥月の家に行く。
「「じゃあ、春お兄ちゃん。サボらないようにね」」
非常に耳が痛い言葉だ。
そんな時だった。
甲高いクラクションの音とともに激しいブレーキ音が街中に轟いた。ボクはぎょっとして硬直したように身動きが取れないでいた。経験したことのない恐怖にボクは棒のように立ち尽くす。
青い軽自動車がボクたちのほうへ突っ込んでくる。ボクの脳の機能は停止していた。
車は狙いすましたかのようにボクたちへ突撃してくる。ボクは反射的に体が動いた。妹たちの手をつかみ、危険の中から遠ざけようとする。そして、ボク自身が盾になるように妹たちに覆いかぶさる。
車は左に曲がっていき、ボクたちのすれすれのところをよけていき、塀に突っ込んでいった。
ドン! という荒々しい轟音を立てて、暴れる車はおとなしくなった。
車が沈静化したのを数秒後に確認したボクは妹たちに「大丈夫か?」と声をかける。ボクの心臓はバクバクとなっている。自分の体温が死んだかのように冷たく感じた。
妹たちは普段見ない態度で、ガクガクと震え、その目には涙を浮かべていた。よっぽど怖かったのだろう。その二人の感じる恐ろしさは腰がすくんで立ち上がれないほどだった。
緊張の糸が唐突に切れたのか妹たちは泣きじゃくる。
妹たちはボクに抱き着く。そして「「ありがとう」」と涙声で何度も繰り返していうのだった。ボクは「大丈夫だ」と優しい声で頭を撫でてあげた。
ボクは早く鼓動する心臓をなだめるようにしながら立ち上がる。妹たちに肩を貸してあげる。二人は生まれたての鹿のように足を震わせていた。ボクは今後、これをゆするネタにしてあげよう。そうあくどい考えがよぎったが、さっぱりと捨て去った。ボクもさっきから膝が笑ってうるさいから。
騒ぎが大きくなってきた。この光景を目の当たりにした登校中の小学生の幾人かは鳴いていた。野次馬が現れ、記念写真を撮る。ボクは妹たちの無事を確認してから、逃げるようにしてこの場を去った。
騒ぎから離れて、ボクは手に膝をついた。そして深いため息をつくのだった。
危なかった。もう少しで死ぬところだった。
――死ぬわよ。
弥月のあの言葉が思い浮かんだが、偶然だろうと思い込むようにしてその疑念を飲み込んだ。汗をぬぐいながら後ろを振り向いた。さきほどより騒ぎが大きくなっていた。
ボクはそれを背にして歩き始めた。弥月の家へ早く向かうとしよう。ボクの横を通りすがった人が「すごいな」と感嘆の声をあげて煙草に火をつける。
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