第8話

「面白い事に気がついたわ」

 弥月はお手洗いから帰って来るなり、そんな事を言った。ボクは首を傾げた。

「犯行をつづった手帳でも落ちていたのかい?」

「じゃあ、犯人はこの店の主人ね」

「そしてキミは誘拐され、この上の階で監禁されるのだろうな」

「なら、安心ね」

「どこがだ」

「助かるのだから」

「うーん……」

「まあ、冗談を言っていないで私の話を聞いて」

 ボクは「どうぞ」と言った。

「被害者の名前を全員言ってみなさい」

 ボクは弥月が言った通りに五人の名前をあげた。一人目から順番に。上山碧海。菊野泉美。小中海。片山涼子。そして久井今日子。

 この五人の名前に何か関連性でもあるというのか。ボクは言いながら法則を見つけようとする。そして、閃く。

「気がついたかしら? 全員のイニシャルに『K』の文字がつくのよ」

「本当だね。O・K。I・K。U・K。R・K。K・K。全員に『K』がついている。……あ。もしかしてそういうことか」

 ボクは地図を見て逆さにする。そして指先で点と点を結んでいく。そうすると、地図上に『K』という字が浮かび上がるのだった。ボクは弥月にその事を報告した。

「ええ。ええ。確かにそうだわ。犯人の狙いはこれだったのかしら? だとしたら、最低ね。遊んでいるように思えるわ」

「同感だ。もしこれを意図的にやっているとするのならね」

 ボクは感情には出さなかったが自然と拳に力が入って来た。犯人を捕まえたいという気持ちが静かに強くなっていった。

「だとすると、もう、起こらないんじゃない? さっきはもう一人の犠牲者が出る可能性について話したけど、これでもう『K』という文字は完成されている」

「どうかしら? その可能性もなくはないけど……。まだハッキリとわからないわね。まだ完成していない可能性だってある」

「犯人が何を目指しているか、それによりけり、か」

 ボクは嘆息する。

「だけれど、ひょっとすると、この町で起こるかもしれないわ」

「理由は?」

「地図を見ると、A点とC点の間に、この町がある。なにか、不穏な空気を感じないかしら?」

「キミは何かに気がついてるのかい?」

「勘、よ。ただし、外れてほしいものだけど」

 ボクがさらに理由を聞こうとしたが、弥月は首を振ってそれを拒否した。

「それと、もう一つだけ気になっていたのだけれど、名前の方のイニシャルにも何か関係があったりするのかしら?」

「というと……『K』以外のやつ。O・K。I・K。U・K。R・K。K・K。の、上の方。つまり、O、I、U、R、K?」弥月はその通り、と頷いた。「でも、ちゃんとした言葉になるかどうか……。このままじゃ読めないから、順番を並び替えるのが妥当だけど、うーん? ボクはこう言うのが苦手だから分からないかな」

「私も、こういうのは苦手」

「さすがに、ここまでは考えすぎじゃないかな?」

「それもそうかもしれないわね」

 ボクたちはそれから何の進展もしない話し合いをする。ただ無意味と思えるような時間だった。

 ボクはこのままじゃらちが明かない。そう思い、少し話題を変える事にした。

「ねえ、弥月。何故人を殺すんだと思う?」

 シリアスな質問だ。弥月は普通に答えた。

「……。感情に駆られて、が正しいのかもしれないわね。誰しもに殺意というものが存在し、心からそれは湧くわ。でも、殺意を公にしないのは、理性などによる抑制があるからなのよ」

「うん」

「罪を犯せば社会の地位を地の底に落としたりや、社会集団の関係に悪影響を及ぼしたりするのが、これまでの人生経験の中で十分に学んでいる。そのことから、殺意の衝動を封じ込める。だけど、様々な葛藤の中で犯行の条件がそろってしまった時、人は半ば衝動的に行動に移すのよ」

「一時の感情に身を任せて……か。後先を考えない阿呆、というよりかは、今一時を大事に、もしくはその刹那を生きる事で手いっぱいの人がそうしたことをしてしまうのか」

「でも、迷惑よね。見知らぬ誰かに感情をぶつけられるんですもの。その人にいかなる理由があろうとも、巻き込まれる人にはたまったものじゃない」

「弥月は犯罪者をどうしたい?」

 弥月は両肘をつき顔の前で指を組んだ。そして睨み付けるほど真剣な目つきでこう言った。

「私は死刑制度に賛成よ」煤のように暗いものを目つきに漂わす。ボクは圧倒されそうだった。「特に人殺しはね」

 弥月の目は次第に底知れぬ闇の世界が広がっていった。空気がキンキンに冷えていく。

「もし仮にこの事件の犯人を突き止める事ができたら弥月はその犯人に何をしてもらいたい?」

「愚問ね。贖わせるほかあるかしら?」

「罪を罪と思っていない人に償わせるのは無理だと思うよ」

「だから、言ったじゃない。制度に賛成だと。まあ、もっとも……それだけでは足らないのだけどね。死は平等に訪れるものだけど、言葉の捉え方を違たがえれば死もまた不平等になる。ま、死に方ね。私の中では……」

 弥月は言葉を止めた。ボクは不思議に思った。

「まあ、死刑なんかが正しいんじゃない? 望まぬ死を強いる。それが罪を滅ぼすのにつながるのではないかしら?」

 ――ブーブー……。

 この時、ボクの携帯が鳴った。弥月は「切っときなさいよ」とため息を漏らす。ボクは「ごめんね」と言い、その電話に出る。相手は妹たちだ。

『春お兄ちゃんはいまどこにいるの? 今日、なんか食べに行くことになったから、早めに帰って来て。というか今すぐ。強制だよ』

 電話越しなのに、声が重なって聞こえた。相変わらずだな。

「最初から拒否権を奪われるとはね。うん。わかったよ。じゃあ」

 ボクは通話を切った。

「ごめんね。弥月。どうも帰らなくてはならない用事が出来てしまった。この話はまた明日にでもしないかい?」

「残念ね。まあ、いいわ。ちなみに、電話の相手はご家族?」

「うん。妹からだよ。双子の。弥月は兄妹はいるのかい?」

「へえ。いたの。私は……姉がね。今は遠い所にいるけど」

「ふーん……。弥月にとてもよく似た双子のお姉さんか。会ってみたいね」

「残念。十コ以上離れているわよ。それに、会えないと思うわ。というか、会わせたくない」

 弥月は立ち上がり、財布をバックから取り出した。ボクは「ここはボクが奢るよ」と男風を吹かせた。弥月は「断るわ」とあっさりないがしろにする。ボクは「心理的報酬を得られず損したな」とみみっちい事を呟く。

 お会計を済ましたボクたちはそのまま別れる事になった。明日は弥月とサボり。青春のようで喜ばしいことなのかもしれないが、残念ながら今のボクは浮かれる気分にはどうしてもなれなかった。



 弥月から詳しい連絡が来たのは夜の八時ぐらいだった。ボクは風呂上りだった。自分の部屋へ戻ったときに携帯が光っていたのに気がついた。メールの内容は簡潔で、『明日、朝八時頃に家へ来て』だった。ボクも『了解』と弥月より短い文を打った。

 ボクはベッドに寝転がる。天井を見上げ、一人物思いにふけっていた。

 ボクは弥月が分からない。

 弥月との関係はたった半月という希薄なものではあるが、ボクにとてつもない影響を及ぼしている。弥月と関わってから、ボクの人生は転換期を迎えたのだろう。はたしてそれは凶なのか吉なのか。

 ボクはゆっくりと目を閉じた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る