第7話

 今日、ボクは弥月と会うことになった。例の件の話し合いをするために集まる。

 ボクは駅の近くにあるケーキ屋に向かっていた。久井の行きつけというお店だ。久井の誕生日に一緒に行く予定だった場所。ボクはそこを選んだ。

 店内に入ると同時にチリンチリンと鈴の音が鳴る。ボクの来店を快く迎えてくれているようだった。店内は大人の雰囲気が漂っている。人は少なかった。客は席を向かい合わせて談笑している。客のほとんどが女性で、ボクは場違いのようだった。

 二十代半ばぐらいの茶髪で短髪の店員が接客をする。ネームプレートには加野と書かれていた。ボクは店内を見渡す。弥月はまだ来ていないようだ。ボクはこの店員に「後でもう一人来ます」と伝える。そして席へ案内される。

 ボクはメニュー表を見て時間を潰すことにした。弥月が来るまではオーダーはせずに、お冷で間を持たす。

 十分ぐらいしてから弥月がやって来た。弥月は白のシフォンブラウスにワイドパンツ。そういった格好だった。ボクは手を上げてこっちと言う。弥月はボクの向かい側の席に座る。

「春には似つかわしくない洒落たお店ね。貴方なんかがよくここを選べたわね」

「酷い言いようだな、弥月。今日のキミの格好もボクのイメージとはずいぶんと違ったよ」

「あら。どうして?」

「制服か暗い色調で統一した服を着ていそうな感じがするから」

「ま、無難でしょ?」

 弥月はお冷を置きに来た店員に声をかける。さっきと同じ人である。弥月はレモンティーをオーダーする。ボクはブレンドを頼む。その後、弥月が店員に聞けばいいのに、わざわざボクに「おすすめはあるかしら?」と尋ねてくる。店員は目をぱちくりさせていた。ボクは、「知らないが、ボクはチーズケーキを頼むよ」と答えた。弥月は「じゃあ私も」といって同じものを注文する。

 注文を承った店員は一礼すると去っていく。ボクはその姿を見届けてから会話に入った。

「弥月はこういうお店にはいかないの?」

「そうね。ここは五回目ね」

「結構行っているじゃないか」店員の反応が何となくわかった気がする。「初めてだと思ったよ。そうか、常連みたいなものか」

「ええ。そうよ。ここは静かでいいわ。特に、私が来たりすると」笑っていいのか困る。「よく、人目につきにくい隅の席に案内されるわ。大体、さっきの店員の人に」

「それでよく通う気になるよな」

「どうだっていいからかしらね」

 ボクは両肘をテーブルに乗せる。

「ここはね、知り合いといくつもりだったお店だよ。そいつの代わりに、って言ったら弥月は気分を悪くするだろうが、そういう事だよ」

「私はそれほど心が狭くないわ。春が言う知り合いというのは久井今日子さんね。デートするほどの仲だったわけね」

「さてね。さて。もう少し話していてもいいのだが、今日は雑談する為に集まったんじゃない。本題に入ろうか」

「せっかち。だけれども、私も時間が無駄になるようなことはしたくないわ。だから、早めに終わらせてしまいましょう」

 弥月はバックから地図を取り出し、それをテーブルに投げた。「あげるわ」と低い声で言う。ボクは貰った地図をテーブルの上で広げた。

 今日、ボクたちは例の連続殺人事件を解決しようと集まったのだ。中学生ごときがどんなに知恵を絞っても犯人には届かないかもしれないが、挑んでみる価値はあるかもしれない。ダメでもともと。そういう気構えで挑戦する。

「まず質問しなくてはね。春は事件の概要は覚えているかしら?」

「ある程度は」

 ボクは彼女に自分への復習をかねて説明を始めた。

 久井が犠牲になった連続殺人事件。女性ばかりを狙った悪質な犯罪。久井を含めて五人もの人が被害にあった。犯人の活動範囲は意外にも狭く、橋里町の近くにあるいくつかの町で犯行が行われている。殺害場所は主に人に捨てられた場所だ。要するに廃墟となった建物や人が近寄らないような場所。被害者はそこで永遠の眠りを強いられる。その寝ている傍らには菊の花が死体と添う様にして置かれている。

「死因のほとんどは失血死によるショック死。椅子に縛り付け、身動きを封じた後、ナイフで首をかき切る」

 ボクは弥月の首元を眺めた。

「分からない趣味だよね。スプラッターを眺め見るのがそんなに楽しいのか」

「その人の心理なんか分かりたくもないわ。それに、その種類の輩の精神は私たちには到底理解など出来ぬ場所にあるのだから。別にこれは犯罪者に限った話ではないのだけれど。春だって私を理解できないでしょう? 私も同じ。だから、そこは考えるだけ無駄だと思うわ」

 弥月は水を一口飲む。コップをテーブルへ静かに置く。それから弥月はネームペンを取り出し、キャップを外す。地図の上にそのまま書き込んだ。

「被害者は全員で五人。一人目は上山かみやま碧海おうみさん。この人はS山の廃屋で発見された」

 弥月は地図上に黒丸を打った。そしてその横にAとアルファベットを記す。

「二人目は、菊野きくの泉美いずみさん。A地点から南に三十キロぐらい離れたN町の病院の跡地」

 黒丸を書き、その横にBと書く。地図の向きはボクの方が正しいので、南はボクから見て下にいくということだ。

「三人目は小中海こなかうみさん。B地点から西に五十キロ離れたT町の廃屋、そこをC地点。四人目は片山涼子かたやまりょうこさん。A地点から北に三十キロ離れたU山の山小屋、そこをD地点。最後の五人目はわかっていると思うけど、久井今日子くいきょうこさん。D地点から西に五十キロ離れたI町にある山の小屋、そこをE地点。以上よ」

 弥月はそう言うと、ボールペンに蓋をしてそこらにポツンと置く。ボクはお冷を一口頂いてから思考を巡らす。

「詳しいね」

 ボクは前髪をいじる。

「調べたから」

 弥月は前髪をかきあげる。

「とりあえず、思う事は、犯行はある意味計画的なのかな?」

「というと?」

「キミが標したその点は、ほぼ一定の間隔にあるということだ。シンメトリーとまではいかないが、点がほぼ綺麗に並びすぎている。D点、A点、B点、の三点とE点、C点の二点。これらがそれぞれ縦に並んでいる。ボクは偶然じゃないと思うな」

「ええ。そうね。同じ事を思ったわ。それと、私はもしかするともう一件事件が起こるような気がしてならないのよ。E点とC点の間に一つだけ点が残されている。シンメトリーを狙っているのなら、そこで次の事件が起こるのよ」

「それならば、止めないとね。弥月」

 そういった所に店員がやって来た。ボクは地図を片付ける。それぞれの目の前に注文した品が置かれた。

 ボクはコーヒーに砂糖とミルクを入れる。それを入れると普通とは違った味わいを堪能できるから。まあ、ただ単に強い苦みと酸味が嫌いなだけだが。

「レモンティーもケーキも美味しいわ」

 本当にそう思っているか尋ねたくなる。

「貴方はここにいるのが私で残念でしょうね」

「そんなことはないよ。なんでそういう事を言うんだよ。そもそもボクは弥月に興味を持っていたんだから、まあ望む所だよ。……だけど、久井と一緒に行きたかったっていう気もあるよ」

「……そう」

 ボクは地図を広げなおしながら言う。ケーキを一口頬張る。食べながら思考を巡らす。事件の事について、考えているつもりだった。だけれど、集中が出来なかった。ケーキを食べる自分と弥月の存在が、ボクの思考を妨げる。

「ねえ。弥月……」

「断るわ」

「まだ何も言っていないよ」

「貴方が言おうとしている事がなんとなく理解してしまってね。多分、貴方は、こう言うでしょう。「久井になったつもりで、ちょっと話してみてくれないか?」ってね」

「正解だね」

「嫌よ。だって、貴方が知っている久井今日子を私が完璧に演じることなど、私には不可能だから。仮に私が演じたとしても、貴方が満足することは絶対に出来ないわ。なぜなら。今の貴方は久井今日子という存在そのものを求めているから。私は彼女ではないし、彼女は私ではない」

「そりゃあ……ね」

「まあ、私は彼女の代わりになる者にはなれるかもしれないわ。でも、本物に成り変わることはたとえ神でも不可能よ」

 弥月は手にしていたカップを静かに置く。砂糖を一掬いして、レモンティーの中にそれを落とした。砂糖が溶けてレモンティーと混ざり合う様子を弥月は冷たい目で眺めていた。スプーンを置き、それを啜った弥月は「甘いわ」と小さく言って、唇を舐めた。

「余人をもって代えがたい。代わりになろうとする、させようとする。それこそ愚かな行為でしかないのよ」

 弥月は頬杖をつき、窓の外を眺める。陽は西へ向かっていた。

「そうだね。馬鹿なことを言おうとしていたよ」

「いいのよ。そんなことは。変化に疎いのが人ってことだから。ところで。明日は暇かしら?」

「話の変化には敏感のようだ。うん。放課後はいつでも暇だよ」

「違うわ。放課後じゃないわ。私は、貴方に、こう言いたいわ。一緒にサボらない? と」

 ボクは思わずコーヒーを吹きだしそうになった。ゲホゲホと咽る。

「事故現場を回りたいの。……いえ語弊があるわね。お花を置きに行きたいのよ」

 弥月は顔の前で手を組む。顔を近づける。

「加藤博一にもやっていたよね」

 ボクは弥月を真似て、顔を近づける。

「どうなの?」

 弥月は下がり、背もたれにもたれかかる。

「……いいよ。行こう。ボクも、興味はあるから」

「あらそう。嬉しいわ」口では嬉しいと言っているが、冷めた表情からは嬉しいという感情をうかがえなかった。

 弥月は席を立つ。お手洗いに行くようだ。「犯人について、考えていて」そう言い残していった。

 一人になったボクは脱力した。余計な力が肩にかかっていたようだ。身体が軽くなったような気がした。

 ボクはストラップを出し、小声で「おいしいよ」と言った。

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