第1話
みんなは彼女を避ける。おそらく彼女もみんなを避けている。彼女は学校では常に一人でいる。誰も彼女には近づかない。だって気味が悪いのだから。
原因は彼女の自殺癖だ。確か、去年の夏あたりだったか。詳しくは存じないが、その辺りから彼女の奇行が目立ち始めた。自殺をして、入院と退院を繰り返している。
彼女はボクに「関わらないでね。どうなっても知らないわよ」といった。これは真理だ。頭のおかしな彼女と関われば、その噂はたちまち広がり、ボクに奇人といる変人というレッテルが貼られてしまう。
一応彼女自身も自分の立場というものを理解しているようだ。
ボクは彼女が死にたいのではないのだろうと思っている。なぜなら、彼女が生きているからだ。自殺という行為をしているのに、
彼女が自殺する本当の理由とはなんだろうか。どうしてそこまで自殺に固執するのか。自分でもおかしな行為だとは理解しているのかな?
……まあいい。ボクがこう憶測を並べ立てても無意味でしかない。真実は彼女自身にしか分からないのだから。
ボクは自分の生き方に疑問を持っていた。ボクには何も無い。最近、これを色濃く思うようになってきた。何かを果たしたいという強い願望もなければ、誰かに信頼を寄せることも無い。夢がない。好きがない。生きたいという想いが希薄だった。
ボクは自分が孤独のように感じる。周りには誰かがいるのに、遠く感じる。ボクはみんなとは違う世界に生きているという気持ちを強烈に感じていた。ボクだけしかいない孤独な世界。それが、ボクが感じている世界だ。
ボクはどうやって、そんな世界に希望を持てと言うのだ。死んだように無気力に生きていることは、生きていると言えるのか? きっと言えない。これは死んでいるに等しいのだ。未来が見えないことや今が見えないことは生きていないのと同等だ。
ボクは生きる意味が欲しかった。そして答えが欲しかった。でも、探しても見当たらない。
だが、あの時感じた想い。あの胸を締め付けられるような痛み。そして痛みの奥底に眠る心地よい快感。あれにより、ボクの世界が一変した。あの気持ちの正体はもしかして……。
「え? ハルが神谷弥月に会ったって? ハハ。そりゃ、可哀想に」
ボクは昨日の出来事をクラスメイトの藤原に話した。藤原は憐みの目をボクに向けながら同情するように言った。
藤原とは去年の入学式以降から友人関係をやっている。陽気な奴で、常に笑う。笑う時に癖があり、後頭部を触りながら口を大きく開ける。毎週ジムに通っていて、体を鍛えているため、引き締まった体躯だ。部活動には入っていない。そういった事に時間を使いたくないらしい。
ハルというのはボクのあだ名だ。ボクは
「やはり、変わり者だったよ。何を考えているのかわからない」
ボクは笑う。だが、これは笑ったフリにしかすぎない。本当は心の奥底から笑えていない。ボクは笑いの仮面をつけているだけだ。
「まあ、だろうな。どうせ、神谷弥月はリストカットを自慢するような、構ってちゃんみたいなものだろう?」
「あいつの場合、それに当てはまらない気もするが? でも、どうだか。生きたいのか、死にたいのか、よくわからないや」
ボクは笑う演技をする。
「奇人の考えは一般人の理解ではとうてい及ばないさ。それで? ハルは神谷弥月を見て惚れちゃった系?」
藤原は冗談ぽく言っていた。肘でボクの肩をつついた。ボクは手を横に振りながら、否定した。だが、若干図星だった。一目惚れとは違うが、興味をそそられたのは間違いない。それに、否定するしかない。だって、ボクが肯定したら、きっと藤原は引くだろうから。
「違うよ。ありえない。そもそもボクは特定の誰かを特別に好きになったことがないのに、どうして神谷弥月なんかに惚れなくちゃいけないんだ」
「ほう。それはまた別の意味で興味深い言葉が出てきたな。そうかそうか。恋をしたことがないのだな」
「その口ぶり、藤原はしたことがあるんだね」
「そりゃあそうだよ。なんせ俺はプレイボーイだからな。女どもをブイブイ言わせているぜ」
「ブイブイ言わせている。なんて死語を使用している時点で、もう藤原の底を示されたよ」
「死語という言葉自体が死語だよ」藤原はにんまりと笑った。「いやあ、実際俺には彼女がいたからな。もう別れたが」
「へえ。それは知らなかった」
「だって話してないもんな。二、三か月ぐらいまえまでいたんだが、ちょっとね、他の女の子が好きになって振っちゃった。まあ、別れの手向けにプレゼントをしてあげたけどな。まあ、お気に召さなかったようだが」
自慢するように言い、笑う。ボクはあきれてものも言えないフリをした。とりあえず「最低だな」とだけ言っておくことにした。
「だってな、アレだよ。一目惚れしちゃったんだから仕方ないだろう。ハルには分からないだろうが、電流が体中を駆け巡るような衝撃が俺を襲うんだ。それで俺はそいつのことしか考えられなくなる。心を奪われちまったのさ」
ボクはドキッとした。藤原の言葉で、まさかと思った。ボクが神谷弥月に感じた思いと似たような事を藤原が言っていたからだ。あの時のボクもそんな感じの衝撃を受けた。やはり、アレがそういう感情だったのか……。考える。
「彼女は俺の心を盗んでいきました。ってね。人は無意識のうちに他人の心を奪うんだ。で、奪われた奴は奪った奴に、欠けた自分の心を奪い返すか逆に相手の心を奪ってみせる。それが恋の駆け引きってやつだ」
腕を大きく広げ自分のセリフに酔いしれていた。ボクは腕を組みため息を漏らし、「ああ、そう。面白いね。残念だけど、ボクにはまだわからないな」と投げやりに言った。
「なんだ。つれないね。ま、参考までに取っておいてくれよ」
「うん。まあ、終わろうか。この話は。それよりも、今日の小テストについて、聞きたいことがあるんだよ」
ボクは強制的に話しを切り上げた。藤原は語り足りなさそうな顔だったが、すぐにそれにのってきた。
ボクは一人でいるといった。だからといって、他人との関係がないわけではない。こうして話す相手はいる。でも、距離を感じる。ボクが距離を取ってしまっている。誰かと会話をしてもつまらない。なにかをするにしても面白味を一切感じない。前まではこんなことはなかったのに、突然ボクの中から楽しさが失われたのだ。
ボクはボクが変わってしまった事を誰かに知られたくない。恐いのだ。今の自分を知られることが。だからボクは演技を続ける。面白いと感じないことに面白いと嘘を言う。そんな日々を続けている。
しかし、正直ボクは疲れてきている。慣れないことをしているから。だけど。やがて順応していくのだろう、と信じている。
ボクがあの展望台へ行くのは、一人になりたいから。演技をする自分を休めさせなければ気が狂いそうになる。だから、誰も来ないあそこを憩いの場所として選んだのだ。ボクは山奥に一人でポツンと存在し、誰かが来るのをひっそりと待つ。そんな場所にある種の共感を覚えた。だから、あそこへ行くのだ。
「何の話をしているの? 私も混ぜて」
ボクたちが雑談で盛り上がっている所に
「次の時間のお話だよ。テストだろ? 面倒くさいね」
「あ、忘れてた。ま、でもなんとかなるか」
彼女は歯を見せて笑った。ボクはさっと目をそらした。
「そうそう。ハルが神谷弥月に会ったんだって」
「えー。マジで? 呪われない? エンガチョする?」
ボクは世間での弥月という存在が不浄なものとして扱われているのを認知した。
「たしか、神谷弥月と関わったものに不幸が訪れる、とか。死を宣告する死神で、声をかけられたものは十日以内に死ぬとか。なんか呪われる、とか。そんな変な噂が流れているよね」あと、都市伝説になっている。
「馬鹿馬鹿しいな。そんなの、あるわけない。ボクはオカルト系を信じたりしない」
「信じた方が絶対面白いぞ。幽霊とか、UFOとか。夢が広がるじゃないか」
藤原が後頭部を触りながら笑った。ボクは頬杖をついて、呆れた顔をしていた。その様子を、久井が頬を緩ませて見ていた。久井はにやけると、それを隠す癖があり、上下の唇を口の中にしまい込む。今がその時だ。
「だけどさ。神谷弥月が引っ越してから事件が多くなった気がしないか?」
「あれ? 弥月って引っ越してきたのか?」ボクは呆けた顔で言った。知らなかった。
「そうだよ」と藤原は肯定した。「いつだったかな。二、三年ぐらい前か」
「ふーん。でもさ、さすがにあてつけじゃないか? 二、三年もあれば、事件は何件でも起こるよ」
「それでも、この狭い町で起こる事件としては大層なものだろ。たとえば、女性の惨殺事件とか、商店街での男性が刺殺された事件とかも。……まあ、この町じゃないが、連続殺人もあるし。あいつが負を持ち運んでいるに違いないよ」
「そういえば……あったわね。勘ぐってしまうわね。神谷弥月が犯罪者を呼ぶのかな?」
「どうだかね」藤原が悪戯を考える子供のようににやりと笑った。
「……偶然だって。年に何人殺されていると思っているんだ? それが重なっても不思議なことではないよ」
「まあ、一理あるが、つまらないやつ」
藤原は呆れたように言った。ボクは薄く笑った。
「だけど、興味がないわけではないよ。関係性があるのかどうか調査してみたいね。それで、無いというのを立証したいかもね」
この言葉が本心かどうかといわれると、虚心である。会話をつなぐために適当に言った。
ボクは髪をいじった。ボクは頭の中を考えで埋め尽くして、少しだけ気を紛らわせたくなった。
やがて、鐘がなる。授業が始まる。鐘の音と共に教員が教室に入って来た。お腹が肥えた教員だ。丸眼鏡をかけている。その教員が入ってくると生徒たちは会話を中断し、悪態をつきながら自分の席に戻っていく。ボクと話していた二人も自分の席に帰る。久井が帰り際にある情報をボクに耳打ちしてくれた。真意は分からない。
「そういえば、保健室に来ているらしいね。弥月ちゃん」
ボクは「ふーん」と相槌をうつだけだった。ボクは頬杖をついて、後ろ髪を指先で遊ばせた。久井のこの情報は役に立つ情報だ。ボクは昼に少しだけ保健室を覗いておこうと考えた。どうせなら、あの時の続きのお話がしたい。そして、ボクが抱いた気持ちの正体を確かめに行く。
ボクは筆記用具を取り出し、配られたプリントに自分の名前を書いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます