16.乱戦を生き残れ。

『この隊列を崩さないようにしてください!私達は真ん中の列に紛れ込むように入るからね。さあ、最後の戦いだ』


 

 今回採っている戦法はファランクスだ。ファランクスとはギリシャや古代マケドニアなどで使われた戦法で、集団になり、左手に盾(左隣の人も守れるサイズ)を持ち、右手で槍を持って攻撃するスタイルだ。メリットは正面からの攻撃には最強だということ。もし1列目が駄目になっても2列目がすぐに前に出てこれるため、防御に関しては鉄壁である。デメリットは機動力が全然なく、トリッキーな攻撃(不意打ち、側面・背面からの攻撃)に弱いこと。守っているのは正面だけ。機動力の悪さも災いして不意打ちには非常に弱い。


「なあササ。ファランクスなんてここで採っていい戦法なのか?」


「うん。大丈夫。まずはここの道幅が狭いから、横からの攻撃を気にしなくていいよね。次に相手のタイプかな。向こうは正面切って突撃してくる感じだから、正面の防御が強いファランクスが合うの」


「あとは、兵の損失も少なくなるわね。攻撃時も守ってるんだから、ね。基本、隙ができるのは攻撃しているときよ」


今回とるファランクスはオリジナルとは少し違う。オリジナルは1列目が1人で攻撃と防御をするが、今回は1列に防御専門兵と攻撃専門兵を交互に配置してある。こうすると、盾の隙間から攻撃でき、防御・攻撃が同時にできる。防御に少し穴ができるのが難点だが。


「できるだけ早く決着つけたいでしょ?」


「そりゃ、な。でも奇襲されないとも限んないぜ」


「相手にそれくらいの脳がある?それも存亡が迫った場面で」


「……ないな。絶対ない」


「そういうこと」


少し教主が気がかりだが、今更変えるわけにもいかない。私達は本部へ向かって進んでいった。




ゴーストビル 20階 本部室


「政府軍がこちらに向かっておる。それも大群で」


「どうすればよいのだ!もう19階も陥落する!」


「奇襲をかければ良いではないか」


それだけのことだ。大軍というのは機動力に欠ける。


「無理です!そこまで丈夫な兵士はもうおりません!」


「骸兵もか。……ふん、こういう時のための仕組みだというのに……」


役立たずめ。そう呟く。


「もうよい。奇襲も出来ないのならホールまでおびき出せ。これもできなければその生命維持管理装置の電源を切るぞ」


「は、はいっっっ!!」


部下が怯えて部屋を後にする。


「お前達も加勢しろ。文官でもないよりマシだ」


部下たちが何も言わずに退出する。部屋には1人だけになった。いや違う。正確には2人だ。


「ねえお姉さん、わたしもホールに連れて行って」


ヴィオリエッタ様がこちらを小首をかしげてこちらを見つめている。


「駄目です。貴女様は我らが希望。ここにいてくださいませ」


「嫌。あなただけでは勝てる相手ではないのは分かっているでしょ?」 


ヴィオリエッタ様は珍しく駄々をこねている。


「死にたいの?お姉さん?」


子供とは思えない凶悪な眼光で睨みつけてくる。


「……!ふう、仕方ありません。くれぐれも危ないことをなさらないでくださいね」


ヴィオリエッタ様はにこりと笑うと、カーテンを開け、爛々と輝く目を扉のほうに向ける。


「さあ、先に行って待っていましょ。待っていたほうが先手を打てるんだし」


ヴィオリエッタ様は散歩でも行くかのように戦場に赴いた。




ゴーストビル 20階 本館 


 手前の部屋から1つずつチェックしていく。伏兵などを1人ずつ処理していく。想像していたよりも多かったが、政府軍の手練れには歯が立たなかった。


「……いるな。前に、30人くらいか。いやもっといるな……」


緋夏汰ひなたが持ち前の優れた感覚で敵の数を大まかに把握している。


「待ち構えている感じか。防御を強めるよう言ってくれる?咲蘭さくら


咲蘭はこくりと頷いて部下たちに指示を飛ばす。


「銃をしまいなさい。盾は隙間なく詰めて」


密集した状態で進む。しばらく進むと突如多くの銃声が聞こえてきた。


案の定、こちらに向かって発砲されたものだった。だが、その全てが盾に守られる。


「進みなさい。まだまだ序盤よ!」


防御をしっかりと固め、少しずつ進む。


「少しずつ相手に近づいているね。…ん?相手が退却していく?」


こちらの数に怯えて逃げ出したのだろうか。それにしては動きが揃いすぎている。


(罠か)


直感的に駆け巡った考えが確信に変わったのは僅か数秒後のことだった。


「前が開けている…総員!全方向からの攻撃に注意しなさい!」


厳重に警戒しつつ、開けたところに進む。部屋の中心部分まで来た頃、突如静寂が打ち破られた。


「撃て」


重々しく重厚な声だった。でも男の声ではない。女の低い声。


一斉に射撃が始まった。味方が応戦し、撃ち返す。壮絶な撃ち合いが始まった。


(負けてなるもんですか!)


私も負けじと撃つ。政府軍の全員が応戦している。今ばかりは階級など関係なしだ。


「これっ、結構、きついな…!」


緋夏汰の言う通りである。敵兵力も減らしているが、味方の戦力も減っている。相打ちになる者も多かった。


なんとか弾を避け、撃ち返す。




 しばらくした後の兵力は、双方10名程度がなんとか動けるような状態だった。少しずつ相手の雑魚を葬っていく。


 また少しした後、立っていられた者は双方合わせて4人だった。周りの兵も気絶している。


「ふん、よくここまで生き残ったな。称賛するよ」


「お前は、"黄界"の教主……!」


眼の前にたった1人残った敵は最凶の敵。


「まあそう早まるな。こちらには子供もいるんだぞ」


「子供って……どこにいるのよ!」


人影が柱の陰から出てきた。その姿に私は見覚えがあった。


「もしかしてあなた…あの時の女の子…?」


緋夏汰が視線を一瞬こちらに向ける。なんで知っているのか、と言いたそうな目だ。


咲蘭も


「ササ、あの子と知り合いなの?」


と半ば殺気が籠もった声で問うてきた。


「(小声で)脱出する手がかりをくれた子」


隣にしか聞こえない程度の声で答える。どうやら納得したようで、それ以上は聞いてこなかった。


「大丈夫?お姉さん。ふふ、なんでここにいるのかって?それはこの戦いに勝ったら教えてあげる」


少女は蠱惑的な笑みを浮かべて言う。



『さあ、これで全てが終わるの。幸福か、それとも絶望か。未来は神のみぞ知るのよ』

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