第2話 おっさん組手に挑む

館長の思わぬ発言に戸惑う私。

「ヒロキ!お父さんの相手してやってくれるか?」

そういってサポーターを着けようとしている青年に声をかける。


ヒロキ君、うちの息子もお世話になっている黒帯の大学生だ。送迎の時に練習を見てきたが、彼が一番上級者だろう。


「わかりました、お父さんは初日なので自分が受けるだけですね?」

「いや、普通の組手形式でいいよ。お父さん、体格も良いから、ある程度は攻撃して大丈夫だから。適当にレベル合わせてやってくれるかな」


「わかりました。じゃあ、お父さんよろしくお願いします。自分の攻撃はそれなりの力でやりますが、お父さんは全力で大丈夫です。」


というわけで、いきなり実戦形式の組手となった。

息子の練習見てた限りでは、大人でも初日は突きや蹴りの出し方の練習してたのに…。


私が体格が良いから多少は大丈夫と思ったのだろう、そう思いながらとりあえず組手にチャレンジすることに。


それぞれ二人一組になって平行に並び、初めの合図で一斉に組手が始まる。


ヒロキ君は身長170くらい。横幅は大きくないが引き締まった体をしているのは道着の上からでもわかる。私の方が10センチ以上高いが、相対するとかなり圧を感じる。


とりあえず構えた私は、軽くステップを踏みながら様子をうかがう。

ヒロキ君は先に手を出す気はないようだ。


初めてのフルコン空手だし、とりあえず前に出て右足でローキックを打ってみる。


バシ!きれいにヒット。といってもヒロキ君が防御せずに受けてくれただけだが・・・。


その後左右の突きと左のミドルを放ってみる。


「じゃあ、ここからは自分も攻撃しますね。」

一通り攻撃を受けてからヒロキ君が宣言する。


とりあえず再度ローキック。今度は膝でガードされた・・・。

サポーター越しとは言え痛い・・・。

そしてヒロキ君の右のロー。反応が間に合わずまともに太腿の外側に喰らった。

これまた痛い。続けてハイキックが飛んできたので両手でガードする。

ちなみに私は体が硬いのでハイキックはできない。


ローキックは打つのも打たれるのも痛いので、距離を詰めてパンチを打つことに・・・

間合いを詰めてパンチを打つと、向こうからもパンチが返ってくる。

それなりに痛いがこちらも大昔とはいえ、元アメフト選手だ。我慢して下がらないようにする。

負けじと打ち返すものの、まったく効いた様子はない。


しばらく打ち合いをするが、こちらだけがダメージを食らう状態。

痛いが楽しい。


とりあえずいったん距離をとって仕切りなおす。


道場に入る際に色々思うところはあったのだが、その時点で組手の楽しさのあまり、その思うところは完全に頭から消えていた。


オーソドックスに構えるヒロキ君に相対した私は、遠めの距離から右膝を上げる。前蹴りのモーションだ。


膝を挙げて防御しようとするヒロキ君。そこから私は膝を内に捻りミドルキックを放つ。

いわゆる変則蹴りというやつだ。結構きれいに決まった。

ヒロキ君はにやりと笑う。効いてはないか・・・。


「やめ!」

ここで時間終了。2分ほどの時間だったが、息も絶え絶えだ。


「お疲れさまでした。」

館長から声がかかる。

「きついですね・・・。」

息を切らしながらなんとか返事をする。


「次の時間は一旦休憩して、そのあとは小さい子の技を受けてあげてください。」

「わかりました。」

低学年の子の攻撃を受けるだけなのであとは休憩みたいなものだ。


「ところでお父さん。」

「はい?」



「・・・

「・・・はい・・・。」


ばれたか。そう、フルコンは初心者だが、空手自体は経験者だ。小学生の時に伝統空手を4年ほどやっていたのだ。これを言うとがっつり勧誘されるので、子供が入る際にも道場の人にも息子にも言ってなかったのだ。




「さすがに変則蹴りなんかしたらわかりますよねw」

「基本稽古の時から感づいてましたよ。試しに組手をさせてみて確信しました。

初めての組み手でスイッチして左のミドルを蹴ったり、構えを崩さずに上段をブロックはできませんよ。普通は逃げ腰になったり、慌てて蹴ろうとして滅茶苦茶な蹴りになるものです。」


がっつり見られてたのか。そういえば、基本動作の時に黙ってこっちを見てたもんな・・・。


「ステップが小刻みだったり、下段の捌きが苦手な所を見ると伝統派ですかな?」



どうやら全部お見通しのようだ。


「おかしいと思いましたよ。なんの躊躇もなく下段蹴ってくるし、突きもコンパクトだし。」

ヒロキ君が笑いながら話しかける。


「お父さん次からは普通に組み手出来ますね!組手ができると大人が増えると自分もうれしいッス」

「いや、お手柔らかに・・・。」


そんなこんなで私の空手の初日は何とか無事に終ることができた。

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