第376話 立場なんて関係ない

-クリスの部屋に転移魔法陣が完成した日の夜-


「ノアール」


「なぁに?」


「ノアールはクリスのこと、好きなんだよね?」


「うん!」


「クリスもだよな?」


「え?うん、そりゃもちろん……ねぇ、なんでそんなことを僕の部屋で聞くのさ?」


「え?2人にお礼をしようと思って」


「はい?」


「ノアールが嫁になってから、全員でしてないなーと思って、まずはおまえから慣れてもらおうと思って。ちなみにリリィと3人ではもうしてるから安心しろ」


「は?」


「ノアール、いいよね?」


「なにがー?」


「いつも、パパとママとしてることを、クリスねぇともするんだよ?」


「……にゃ!?それって……交尾ってこと?」


「そうだよ」


「……恥ずかしいにゃ」


「まぁまぁ」


「何がまぁまぁだよ!嫌がってるじゃないか!父親失格だ!」


「いやじゃないけど……恥ずかしいにゃ……」


「だってさ?」


「ちょっと!んむっ!?」


 うるさいので唇を塞いだ。


 レウキクロスに滞在するのは、今日を入れてあと2日、ちゃんとコイツと愛情を深めておきたい。そして、オレのハーレムの道を更に充実させたい。そんな思いでオレはいっぱいだった。


 いや、焦りや不安が、自分の行動を自制できなくなっていたのかもしれない。



 レウキクロス滞在最終日、明日にはオレたちはウチナシーレに向けて帰路につく。


 転移魔法はあるが、クリスとは物理的な距離があくことになる。それに、ウチナシーレへの移動中は、騎士団の目があるので、気軽に転移魔法を使えない。ここを出て、2週間はクリスと会えないことになる。

 だから……


「2週間分、今日は一日、愛してやるからな」


 クリスをベッドに押し倒してから、オレはそんなセリフを吐いた。


「なんだよ、その上から目線」


「……2週間分、おまえのこと、たくさん愛したい。いいか?」


「……いいよ……」


「じゃあ……」


 オレたちは朝から身体を重ね合った。お互いの不安と寂しさを埋めるように。


 でも、時折り2人して壁の魔法陣を眺め、これがあれば安心だ、と微笑みあった。


 うん、大丈夫、オレとクリスは離れるわけじゃない。大丈夫だ。



「はぁ……はぁ……」


 クリスは荒い息をしながら、オレの首に腕を絡ませていた。オレたちは、2人とも汗だくだ。

 朝から一緒にいるのに、もう空は赤く染まりつつあった。


「今日は、ずっと一緒にいたい。いいよな?」


「うん……僕もそうしたい……」


 みんなには、こうなるって事前に伝えてある。


 クリスの同意を聞いてから、オレはまた唇を奪った。


 ずっと一緒だ。それはわかっているけど、でも、そばにいるよって、感じていたかった。



 翌日、オレたちは手を繋いでリビングに戻り、みんなと合流した。レウキクロスを出発する日だった。


「パパ、クリスねぇ、大丈夫?」


 ノアールが心配そうな顔を向けてくれる。


「うん!僕とライは大丈夫!ノアールちゃんのおかげだね!」


「ああ!オレたちは大丈夫だ!」


 オレたちは努めて明るい声を出した。たぶん、何人かには気づかれていたと思う。


「よかった!クリスねぇ!こっちに来たかったら、いつでもノアに言ってね!これで連絡して!」


 ノアールが右手の薬指につけた金の指輪を見せながら言う。


「うん!これでね!」


 クリスも同じく右手の薬指に金の指輪がはまっていた。オレとの指輪とは違う指輪だ。


 そう、ノアールとクリスはソフィアにお願いして、初級の主従契約を結んだのだ。これは、ノアールが提案してくれたことで、「ノアたちが屋敷以外にいるときでも、クリスねぇがすぐ来れるように!」と言ってくれた結果だった。


 本当は、オレ経由でクリスから連絡をもらい、ノアールにお願いするつもりだったけど、いざというときは経由してる暇がないかもしれないし、ありがたい提案だった。


「それじゃあ、僕は聖剣として、キミたちを見送るから、先に出るね?」


「ああ、わかった……じゃあ、また2週間後に、ウチナシーレの屋敷で」


「うん。またね……そんな顔するなよ。向こうに着いたら、朝ごはんと夜はキミたちと食べるつもりだし、夜はそっちで寝ようかなって話したじゃないか」


「だな……それなら、お互い働いてるから、今と変わらない……変わらないんだ……」


 自分に言い聞かせる。


「だからほら!下を向くな!ライ・ミカヅチ陛下!」


 バン!っと背中を叩かれる。


「……おう!おまえも!寂しくなったらいつでも連絡してこいよ!」


「キミこそね!じゃあ!」


 クリスが手を振って屋敷から出ていった。


「……」


「ライ様……大丈夫ですか?」


「パパ?」


「ああ、大丈夫、きっと大丈夫だ……」



 そしてオレは、王様の服を着せられて、ルーナシア陛下に挨拶してから、クロノス神殿の前で馬車に乗り込んだ。


 来たときと同じように、リューキュリア騎士団とアステピリゴス聖騎士隊が警護してくれている。


 馬車が動き出すと、クリスが騎馬に乗って、すぐ隣に来てくれた。馬車の中からあいつの顔を見る。たまに目を合わせて笑ってくれた。


 馬車の外は、大歓声だ。オレとクリスのことを呼ぶレウキクロスの町の人たちの声が聞こえてきた。


 でも、そんなの、今は、どうでもよかった。


 レウキクロスの正門が見えてきた。


 クリスとは、あそこでお別れだ……


「……」


「ライ様……」


「ねぇ、わたしたちがやれることは、全部やったんじゃない?」


「……」


「もし、おぬしがまだやり残したことがあると思っておるなら、後悔せぬようにな」


 ティナの言葉に背中を押してもらった。


 バン!


「クリス!」


 オレは馬車の扉を開け、隣にいる、オレの妻に手を伸ばした。


「な!?なになに!?」


 クリスが乗っている馬が空気を読むように近づいてきてくれる。

 触れれる位置にあいつがいた。


「オレはおまえを愛してる!生涯愛することを誓う!」


「は、はぁ!?突然何言って!こんなとこで!んむっ!?」


 つべこべ言ってるクリスの頭を持って、馬車につかまりながら、唇を奪った。


「わぁぁぁ!おめでとー!」

「聖剣様と英雄様のご婚約だー!」

「いやぁぁぁ!聖剣様がぁぁ!?」


 一部、クリスのファンの悲鳴が混ざっていたが、レウキクロスのみんながお祝いの声をあげてくれる。


「ぷはっ!?ちょっと!まだ正式発表は保留だって!」


「そんなのどうだっていい!オレはおまえを愛してる!国王だとか!英雄だとか!関係ない!オレは!クリスタル・オーハライズを愛してるんだ!結婚してください!」


「ちょっ!?……なんだよ……急に……」


 黙り込んでしまうクリス、そしてオレたちは正門までやってきてしまった。


「クリスちゃん!男の一世一代のプロポーズだ!答えてやんな!」


 いつか会ったおばちゃんが声をかけてくれる。


「……よろしく、お願いします……」


 小さい声で、でもはっきりと答えてくれた。赤い顔で、上目遣いでオレのことを見てくれていた。


「クリスちゃんの結婚が決まったよ!あんたちー!」


「わぁぁぁ!!」


 たぶん、昔からクリスのことをよく知ってる人たちなのだろう。クリスのことをお祝いしてくれている。こんなにあったかい人たちがそばにいるなら、こいつも大丈夫だ。転移魔法だってある。それに、オレの気持ちに答えてくれた。だから大丈夫だ。


「愛してる」


「僕も、キミを愛してる」


 オレたちはもう一度キスをして、手を振って別れた。


 正門が離れていく。クリスの姿も小さくなっていく。


 正門を離れて、しばらく経っても、レウキクロスからの歓声は鳴り止まなかった。

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