第367話 女豹のポーズだにゃん

 結局、丘を登りきったのは、麓から約1時間くらい経ったころだった。最初の予想通りだ。


「ついたー!」


 ノアールが先にテッペンまでいき、巨木の横で両手をあげる。


「とうちゃーく!」


 オレもノアールのポーズを真似する。2人して両手を上げ、隣に並んで笑い合う。


「楽しかったね!あ…でも、パパ疲れてない?ノアのこと抱っこしてくれてたし…」


「全然疲れてない!むしろノアールとくっつけて元気になった!」


「そう?」


「うん!」


「ならよかった!えっとえっと…次はご飯を食べます!」


 ノアールが何かを思い出すような素振りをしてから宣言する。


「わかった!じゃあ、レジャーシートひくね?」


「うん!お願いパパ!」


 オレは巨木のすぐ近くにシートを敷いて靴を脱いでそこに座る。


 ノアールもやってきて、オレの膝の上に座った。


「ご飯はパパが用意すればいいかな?」


「ううん!お弁当があるの!」


「そうなの?」


「うん!待ってね!」


 そして、ノアールはスケッチブックを召喚して、その中に手を突っ込んだ。


 すぐにそこから、ピクニックといえばこれ!という感じのバスケットが飛び出してくる。


「じゃじゃーん!」


「おぉ!美味しそうだ!」


 ノアールの肩越しに覗き込むと、バスケットの中には、色鮮やかなサンドイッチが詰め込まれていた。


「あと紅茶もあるよ!」


 もう一回スケッチブックに手を突っ込み、水筒を取り出す。


「ノアールは気が効くなー、良いお嫁さんだなー、それにすごく可愛い」


 猫耳の間を撫で撫でする。


「えへへ!そうでしょそうでしょ!ノアが食べさせてあげるね!」


「うん!お願いします!」


「あーん!」


「あーん……もぐもぐ……美味い!もしかしてノアールが作ったの?」


「そうだよ!なんでわかったの!?」


「だって幸せの味がするから〜」


「ならもっと食べさせてあげる!あーん!」


「あーん…もぐもぐ…ノアールにも食べさせてあげるな」


「うん!」


 そんな感じで、オレたちは新婚らしく、とてつもなくイチャイチャしながらお昼ご飯を楽しんだ。



「パパー?」


「なぁに?」


「パパも楽しい?」


「すっごく楽しいよ、ノアールは?」


「ノアもすっごく楽しい!」


 膝の上のノアールが振り返ってニッコリ笑ってくれた。


「良かったよかった」


 オレはその頭を撫で撫でする。


「にゃ〜……」


 ノアールが猫らしい声をあげる。気持ちよさそうな、なんだか甘ったるいような鳴き声だ。


 にゃ?

 あれ…この鳴き声のときって…


「……パパぁ?」


「な、なぁに?」


「目、つむって?」


「え?うん…」


 オレが目をつむると膝の上が軽くなる。


「あれ?ノアール?」


 オレはさみしみくなって両手を前に出した。

 どこにいっちゃっうんだろう。


「まだ目、開けちゃだめ」


「あ、はい…」


 すぐ近くにいたようだ。安心する。


「……目、開けていいよ」


「う、うん…」


 オレはゆっくりと目を開ける。


 すると、目の前には四つん這いになって、頭を下げ、お尻だけを高く上げているノアールがいた。


「にゃんにゃん……」


 そして、片手で猫の手をして動かしている。


 そう、いわゆる女豹のポーズというやつだ。


「ぐはっ!?」


 オレはあまりの可愛さにのけぞってしまう。

 し、死にそうだ……なんて攻撃力なんだ……

 オレは可愛さの暴力にボコボコにされていた。


「にゃ〜……パパ?」


「…な、なぁに?」


「むらむらしないにゃ?」


「な、なんでそんなこと聞くの…」


「だってパパ、ママとデートしてたときはすぐにペロペロしたのに、ノアにはしてくれにゃいんだもん…」


「が、我慢してたんだよ…」


「なんで我慢するにゃ?しないで欲しいにゃん…」


 そんなセリフを言うノアールの顔は赤い、完全に発情していた。


「ぐぅ……」


 それにしても、あんまりにゃんにゃん言わないで欲しい、可愛すぎるから…


「じゃ、じゃあ……我慢しなくてもいい?」


「にゃん…」


 コクリと頷く。


 オレは膝を立てて近づいて、猫ちゃんの肩を持つ、四つん這いのままのノアールとキスをした。


「にゃ…にゃ……パパのキス…美味しいにゃ…」


「オレもノアールとキスするとすごく美味しい…」


 さっき食べたサンドイッチの味だとかそういうことじゃない。ノアールから発せられる雌猫の甘い味がした。


「にゃ〜……するよね?」


「う、うん……あのさ、する前に…そのままのポーズでいてくれる?可愛いノアールのこと、観察したいんだ」


「観察?……うん…いいよ?」


「じゃ、じゃあ…」


 オレは女豹のポーズをしているノアールのことをじっくりと観察することにした。


 猫ポーズを取ってる猫耳美少女なんて貴重なもの、しっかりと心のフィルムにおさめておかなければならないのだ。


 そう思いながら、ノアールのことを360°余すことなく観察する。


「にゃんにゃん、にゃ〜ん♪」


 オレがノアールのことを神妙な顔で観察している間も、ノアールはオレの要望に応えるように鳴き声をあげ続けて、猫のように手を動かしてくれた。


 オレはぶつぶつと、「かわいい…かわいい…」と呟いていたと思う。


 そして、オレはあるポイントでの観察に夢中になる。


 オレの目の前にはノアールのお尻。


 高く上げられたお尻からはワンピースの中身が見えていた。いつもは子どもっぽい下着を履いているのに、今日はセクシーな白レースだ。上品で大人っぽくて、ノアールとのギャップにくらくらする。


 そして、そのノアールはオレとのキスなのか、視姦されたことによるのか、準備が整っていた。


「ノアール!」


「にゃ!?」


 オレはガシッと目の前の雌猫の腰を掴む。


「もう我慢しなくていいよな!?」


「にゃ〜……うん…ノアもそのつもりで…デートきたから…」


「そ、そうか…」


「パパと…交尾したいにゃ…」


「オレもだ!」


 そしてオレたちは、2人っきりで愛を確かめ合った。



 ノアールのことを夢中で愛していたら、いつの間にか空が赤く染まっていた。


「…そろそろ、帰ろっか」


「にゃーん…もうちょっと…」


「わ、わかった…」



 そして結局、暗くなるまで抱き合って、やっと落ち着きを取り戻すオレたち。今は肩を寄せ合って、ウミウシの方を眺めている。


 夜の闇に照らされて、町のあたりがやんわりと光っていた。


「そういえば、暗くなるまで一緒にいたいって言ってたけど、この景色を見たかったんだよね?」


「うん、それにね、もう一つ見せたいものがあったの」


「なんだろ?可愛いノアールの猫ちゃんポーズのことかな?」


「にゃ……あれは…パパをその気にさせるためにやったことで、ちがうにゃ…」


 違ったらしい、恥ずかしそうにしてるノアールの頭をよしよしと撫でる。


「じゃあ、なんだろー?」


「上、見て?」


「上?」


 オレは空を見上げた。

 ここは巨木の下なので、大きな木の枝がオレたちの頭上に伸びている。空はあまり見えないはずだ。


「これは……蛍?」


 見上げたその先の枝には、光り輝く光の粒が何十個、いや、何百個ととまっていた。ところどころ動いているので生き物だというのがわかる。


「この辺りに住んでる月虫さんたち、月が出てる夜にはここに集まってくるの」


「へぇ……すごい……綺麗だ……」


 小さな月虫たちが巨木全体に広がり、イルミネーションのようになっていた。


 あたりには街灯がないので、小さな光がよく見えて、とても綺麗だった。


「ノアールが見つけたんだ?」


「ううん、ウミウシの人に教えてもらったの。ユーカねぇたちとは来たことあったから、パパにも見せてあげたっく」


「そっか、連れてきてくれてありがとな」


「ううん、一緒に来てくれてありがと、パパ」


「可愛いノアールと一緒にこの景色が見れて、オレは幸せだ」


「ノアも……ちゅー…して?」


「もちろん」


 そして、触れるだけのキスをする。


 ノアールのおかげで、とても素敵なデートの時間を過ごすことができた。これで、ウミウシでやり残したことも本当に最後になったのかもしれない。



 それから少しのんびりして、夕食が出来上がるころにはウミウシに戻ってきた。


 カイリたちの家でみんなで夕食を食べ、戸締まりをして家をでる。


 温泉宿のアリアさんに鍵を渡して、この前と同じように灯台の近くから、雷龍様に乗って飛び立った。


「た、たっけー……」


「な、なな、なによあんた、ビビってるわけ?」


「お、おまえの方こそ…」


 隣のカイリとユーカが夜空に浮かぶ景色を見て、煽りあっていた。


「わ、私は女だから、ビビってもいいのよ」


「ま、まぁ…そうかだな…」


「なによ……前みたいにうっさいブスって言わないわけ?」


「いや別に……あれは本心じゃなくて……ごにょごきょ…」


「はぁ?」


「最近はおまえのことそんなふうに言ってないだろ!」


「な、なに怒ってるのよ…」


「べつに…」


 そうそう、カイリには、〈ユーカのことが好きならブスなんて言うな〉、と教育済みである。

 カイリと2人っきりで話したとき、カイリは赤くなって一瞬抵抗を見せたが、〈オレは好きな人に悪口を言ったことがない、だからみんなとラブラブなんだ、たぶん〉、と話すと、〈なるほど……〉と神妙そうな顔をしていた。


 それからはユーカに対してひどいことを言ってるのを見た覚えはない。でも、この様子を見るとあまり進展してないようなので、次はどうやったら好きになってもらえるかを教育する必要がありそうだ。


 ……まぁ、攻略さん頼りのオレに適切なアドバイスができるかは不明であるが。


「ティナおねぇちゃん、こわいよ…」

「こわいぃー…」


「おうおう、ねぇねがついておるからのう、大丈夫じゃ」


 トトとキッカはティナに抱きついて不安そうな顔をしていた。ドラゴン航空の乗り心地は楽しめてないようだ。

 そんな2人に反して、ティナはニッコニコである。大好きな子どもたちを連れて家に帰るのがよっぽど嬉しいのだろう。


 これまで我慢させてごめんな、そう思いつつ、オレたちはウチナシーレに向かって飛び立った。

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