第353話 お嫁さんになりたい
-ノアール視点-
「パパ…ノアのこと…お嫁さんにしてくれないんだ…」
ノアは、玄関を出たら涙が出てきて、すごく悲しくなって、走り出しちゃった。泣きながら、なにも考えないようして走ってると港まできてしまう。
「ぐすん……」
涙を拭いて、念じると、なにもないところから、スケッチブックと色鉛筆が現れた。
「パパ…」
大好きなパパにもらった大好きなスケッチブックと色鉛筆だ。ノアは無我夢中でイルカの絵を描く。
「イー君!出てきて!」
ノアが叫ぶと、スケッチブックの絵が動き出し、イルカのイー君が出てきてくれる。イー君が海の中に現れて、ノアに挨拶してくれる。
「キュイ♪」
「イー君、ノアを誰もいないとこに連れてって」
「キュー!」
ノアはイー君の背中に乗って、海の上を走る。イー君はすごいスピードで、この前パパたちと来たツキミ島まで連れてきてくれた。
砂浜におりて、座り込む。自分を抱きしめるように、膝を抱えた。
「寂しい……パパ…ママ…」
パパから離れたくってこんなところに来ちゃったのに、今はすっごくパパに会いたい。すごく寂しい。
ノアはどうすればいいの?どうすればよかったの?
だって、パパがノアをお嫁さんにしないなんて言うから……
「ぐす……チー君…」
寂しくなったノアは、またお絵描きをして、チーターのチー君を呼び出した。
「ニャーゴ…」
チー君がノアの隣に座って、ノアに頬擦りしてくれる。チー君はモフモフで、少し心があったかくなった。
でも、それでも、パパとママに会いたいって思いは消えなかった。
「チー君…ノアがもっと大人になったら…パパはノアをお嫁さんにしてくれるかな?」
「ニャーゴ…」
チー君は低い声を出し、首を傾げていた。
「そっか…わかんないよね…パパぁ…会いたいよ…」
ガサゴソ…
ノアがパパの名前を呼ぶと、後ろの森の中から、ガサゴソと物音が聞こえた。
「え?パパ?」
ゴソゴソ…
物音が大きくなってくる。これは…パパじゃない。なに?
「グルル…」
隣のチー君が唸り声を出しだした。これはモンスターと戦う時の声だ。
「チー君!イー君!」
ノアは立ち上がって、スケッチブックを構える。
ノアは冒険者だから!1人でも戦えるもん!
森の方を睨むと、草むらから現れたのは―
ううん…
草むらじゃなくって、木の上から頭を表したのは、巨大な蛇のモンスターだった。
ノアよりも、チー君よりも、何倍もおっきい…
ノアは、その青い鱗に覆われた巨大な蛇に睨まれて動けなくなる。
「シャー」
青い蛇が舌をチロチロと出し、顔を近づけてくる。
こ、こわい……ノア…食べられちゃうの?…こわいよ…パパ…
ちょろちょろちょろ…
ノアはこわくて、動けなくて、立ったまま、おしっこをもらしちゃう。
こわい…こわい…
「ガァァァ!!」
動けないノアを助けるように、チー君が蛇に噛み付いた。
「シャーー!」
「チー君!?」
蛇が大きな声を出し、大きく首を振る。チー君はそれに耐えれず口を離してしまった。
砂浜に叩きつけられて、よろよろと立ち上がるチー君に、蛇が巨大な尻尾で追撃する。チー君は避けられない。
「ニャーゴ…」
チー君が攻撃を受けて、消えてしまった。
「チー君!そんな!」
「シャー!」
今度は…ノアの番なの?
「キュイ!」
またノアが固まっていると、砂浜からイー君が乗り上げてきてノアの服を口で咥えて引っ張ってくれる。
「キュイ!」
僕に乗って!そう言っていた。
「う、うん!」
ノアは咄嗟にイー君に乗る。イー君に乗って、海の向こうに逃げようとした。
でも――
ザパーン!!
「きゃー!」
大きな水飛沫が上がって、ノアとイー君は吹き飛ばされた。あの蛇が飛び上がって目の前に着水したんだ。
ノアたちはその衝撃で空に舞い上げられ、砂浜に戻される。
「キューイ…」
「イー君!」
イー君まで消えてしまう。ノアはひとりぼっちだ。
勝手にこんなところに来たせいで、ちょっと強くなったって勘違いして。
パパに嫌われたかもって勝手に思って。
そんなはず、絶対ないのに。
いや……いや……パパに会いたい……こんな蛇に食べられたくない……
「パパぁ!!」
♢
-主人公視点-
「くっ!ノアール!」
ツキミ島で巨大な蛇に襲われているノアールを見て、オレは叫んでから海に飛び込もうとする。
『待ちなさい』
『なんですか!こんなときに!あんたふざけんなよ!』
緊急事態に茶々を入れてくる攻略さんに心底苛立った。この事態を予見してたくせに!まだなにをやらせたいんだあんたは!そんな気持ちだった。
『瞬光で思い切り壁を蹴って、重力魔法を使えば、あそこまで届きます。
落ち着いて。間に合うんです。落ち着いて』
オレがキレたにも関わらず、なにも反論せず、落ち着いた声で諭してくれる。それでやっと、冷静になれた。
『……すぅぅぅ…失礼しました』
オレは、堤防のヘリまで移動し、身体をゆっくり倒す。目の前には水面、足元には堤防の壁。オレの身体は水面と平行になった。
「瞬光!!」
オレは思い切り堤防の壁を蹴る。コンクリにひびが入り、雷の帯が広がり、オレの身体はまっすぐに突き進む。
すぐさま重力魔法を使うと、重力の抵抗を失ったオレは、そのままのスピードを維持して水面の上を直進した。
ノアールが、オレの娘が、愛する人が怯えているのがわかった。ごめん。そんな顔させて、絶対助ける。一生守るから。
「パパぁ!!」
ノアールの叫び声が聞こえる。
「任せろ!!」
重力魔法をといて、ノアールの目の前に着地した。
突然現れたオレに、青い蛇が警戒を示し、少し距離を取る。オレはそいつを睨みつけた。これ以上近づけさせない。
「……パパ?」
「ごめんな、1人にして」
「うん……うん!パパ!あのね!ノアね!パパが大好きなの!
だから!ノアね!パパのお嫁さんになりたい!してください!!」
背中の後ろから、ノアールの告白が聞こえてくる。
こんな、こんなピンチのときなのに…
死ぬかもって、食べられるかもって思ったはずだ。
なのに、怖かったとか、助けてとか、それよりもオレへの気持ちを……
オレは何で迷っていたんだ。
「オレも!!オレもノアールが大好きだ!!
オレのお嫁さんになってくれ!!」
「っ!?うん!!」
ノアールの同意を聞いてから、オレは目の前のクソ蛇に斬り込んだ。
オレの可愛いお嫁さんを怯えさせた償いをとってもらう。
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