第352話 倫理観

-主人公視点-


「もし、オレが違う形でノアールと出会っていたら……」


 オレが情けないセリフを吐いたあと、すぐに怒ってくれたのはクリスだった。


「そんなこと言うくらいなら、悩むなよ」


「え?クリス?」


 顔を上げると、クリスが怒った顔でオレを見ていた。


「キミは男らしいところが取り柄だろ?そんな、出会いがどうこう言うなんてカッコ悪い。キミらしくない」


「それは…」


「出会いが違ったなら結ばれていたかも?なんだよそれ。それは違うだろ?

 キミがノアールちゃんのことを大好きで、ノアールちゃんもキミが大好きなら、2人は結ばれるべきだ。

 それに……キミは、男として出会った僕を受け入れてくれたじゃないか。あのときのキミはすごくカッコよかった。

 なのになんだよウジウジと。カッコ悪い」


 クリスは、自分のときのことを思い出して、それと重ねて怒ってくれたんだと思う。たしかに、クリスの言う通り、オレはあのとき、ちゃんとクリスと向き合って、クリスのことを愛してるって決めたんだ。


「そう、だよな…オレ、カッコ悪いよな…」


 でもオレは、反論することもなく、また下を向く。それを見たみんなも、シーンと静かになってしまう。


「ふぁ〜……むにゃむにゃ…おまえら、さっきからなんの話をしておるのだ?」


 重い空気の中、雷龍様が起きてきて、目をこすりながらこっちにやってきた。なんとも間の悪いドラゴンだ。


「おねえちゃんはいいから、寝てなさい」


「うっさいのだ。なんだ?話は終わったのか?あの魔族の小娘のことだろう?もうよいのか?」


「……魔族?なんのことですか?」


 物騒な発言に眉をひそめる。オレの中では、魔族というのは悪事を働くイメージが強かったからだ。


「ん?あのノアールとかいう」


「魔族ってなんですか?ノアールは猫耳があるだけで、そんなのじゃないです」


「だから、それを魔族というのだ」


「……ティナ、雷龍様がなにを言ってるかわかる?」


「いや…ノアールはそんな、魔族というのはなんじゃ?

 ノアールは、亜人で、おそらく西の亜人の国から来たものじゃと思っておったが…」


「だから、その亜人とかいうのを魔族と呼ぶのだ。ん?今の時代はそう言わないのだ?」


 なるほど?雷龍様とオレたちの文化で呼び方が違うというならいいだろう。でも、魔族って言われるとなんだか少し怪しげというか、なにか特別な力でもありそうなイメージを持つな…


「ま、まぁ…いいです。物騒そうなワードが出てビックリしただけですので。

 そうですね。ノアールをオレの奥さんにしてもいいものかって話をしていて、もしなにかアドバイスがあれば聞いてもいいですか?」


 オレは半場やけくそで、場の空気を乱した雷龍様にアドバイスを求めた。すると、雷龍様は不思議そうな顔を変えずに言葉を続けた。


「ああ、それは聞いておった。ライ、おまえ、年齢がどうこう言っておったが、我にはどうも話の意味がわからなんだ」


「なにがですか?」


「あの魔族の小娘、おまえよりも年上ではないか」


「………はい?」


「なにをいっておるのじゃ?」


 みんなが驚いた顔で雷龍様に注目する。


 ノアールがオレより年上?そんなことあるはずがない。ティナだって驚いた顔をしてるじゃないか。


「いや……いやいや!雷龍様なに言ってるんですか!

 ノアールって黒髪の猫耳の女の子ですよ!2年前はこんくらい小さかったんですし!せいぜい12歳とか?それくらいですよ!」


「おまえ、なにいってるのだ?あいつ、100歳くらいだぞ?」


「いやいや!ホンマ適当なこと言うの勘弁してくださいよ!」


「なんなのだ!せっかく教えてやったのに!食うぞ!」


「だって!」


「魔族は自分で成長スピードを変えれるのだ!大きくなりたいと念じたからここ2年で成長したということだ!理由はしらんがな!」


「そんな……」


 突然、ノアールが急成長した理由を聞かされ、オレの頭は混乱状態に陥った。オレは、ノアールが小さい女の子で、娘で、だから諦めようって思ってたのに…それが100歳をこえている?……ロリBBAじゃん…ティナと同じってこと?…それなら…


「おねえちゃん、それほんとなの?」


「なんだ!ステラ!おまえも我を疑うのか!」


「そんなことはないけど、ビックリしちゃって。私たちみんな、ノアールは小さい子だと思ってたから」


「あいつは、たぶん、昔嫌なことがあって記憶と姿を幼少期に戻したのだ。だから言動も幼くなっている。でも、実際には大人なのだ」


「……そんな…そんなことが?」


「で?年齢が問題でないとわかったら、あいつもツガイにするのか?」


「え?それは…」


「あいつは、なかなか見どころがあるからな。眷属のおまえのツガイになるなら、我が色々教えてやってもよいぞ。

 魔族の小娘を眷属にするのは久しぶりなのだ。あいつらはみんな強くってなぁ。教えてて楽しいのだ」


「……」


 オレは突然のことに考えの整理がつかなくなっていた。ノアールが小さい女の子じゃないなら、オレの中の倫理観バリアーがひとつ、砕けることになる。でも、そんなんでいいのか?


『ピコンピコン』


 ん?攻略さんの警告音だ。なんだよ次から次に。頭が痛くなる。そんなオレの思いを無視して、攻略さんの声が聞こえてきた。


『雷龍様にノアールの居場所を聞いてすぐに向かってください』


『へ?』


『はやく』


『ど、どど、どういう?ノアールは2階で寝てて…』


『いいから!はやく言う通りにしなさい!』


 嫌な予感がした。リリィのときのことをいやでも思い出す。


「あの、雷龍様…じゃあ、今からノアールに色々教えてもらえますか?」


 オレは攻略さんのアドバイスの確認の意もあって、雷龍様に探りを入れてみることにした。


「ん?まぁよいが、あの小娘、さっき屋敷を出ていったぞ?」


 オレはゾッとした。さっきだって?こんな夜中に?なんで?オレたちの話を聞いて?


「リリィ!」

「はい!」


 オレとリリィは、2人してノアールが寝ている部屋まで走っていった。


バン!


 ベッドはもぬけのからだ。


「いない!?どこに!?ノアールー!」


「ノアール!どこですかー!」


 大きな声で呼ぶが返事は返ってこない。一階におりると、階段の前にみんな集まっていた。


「ノアールちゃんは!?」


「いなかった!屋敷の中を探してくれ!」


「だから、屋敷にはいないのだ」


「じゃあどこにいるのよ!」


「なんだその態度は、我のことをもっと敬え」


「雷龍様!どうか!ノアールの居場所を教えてください!」


 オレは全力で膝を突き頭を下げる。


「うむ。やはりおまえはいい眷属だな。あー…なんという島だったか…あの港の向こうの…」


「ツキミ島!」


「それなのだ!」


『1人で急いで向かいなさい』


「瞬光!」


 オレは攻略さんのアドバイスを聞いた瞬間、玄関を突き破って駆け出した。


『ライ様!わたしたちも行きます!』


 意識共有でリリィが声をかけてくれる。


『わかった!でもオレは先に行く!全員一緒に行動しろ!』


『わかりました!』


 全力で走って、瞬光を連発していたら、すぐに港に着くことができた。


 ツキミ島の方を見る。


 ザパァーン!!


 満月に照らされたツキミ島から、なにか巨大な生き物が飛び出して、海へとダイブした。大きな水飛沫が上がる。


 そして、そのすぐ近くに、あの子がいた。


 猫耳で、黒髪で、オレの愛娘だ。


 オレの愛する人が巨大な何かに襲われていた。


「ノアール!!」

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