第344話 ウチナシーレへ帰還

 ウミウシからウチナシーレへの空の旅は、行きよりも早いペースでのフライトとなった。

 フライトペースが早まったのは、オレがデザートで雷龍様を釣ったせいなのだが、まぁ問題はない。デザートの用意はステラに頼んで一緒に作ればいいことだ。それよりも、あの場でアリアさんと雷龍様がケンカになるよりは全然マシなのだ。


 まぁ、ケンカというか、アリアさんが一口で食べられて終わりな気もするけど…。グロいな…。オレは惨状を一瞬想像して、すぐ考えることをやめた。雷龍様は優しいドラゴンなんだから、オレたちが気を付けて入れば、きっとそんな惨状は起きないはずだ。


 とにかく、ノアールを乗せて雷龍様の背中で空の旅を楽しみ、休憩を挟んだりしてウチナシーレまで戻ってきた。

 帰りのフライトでは、雑貨屋で買ったクッションのおかげでお尻も痛くなくて快適な空の旅だった。

 夕焼けの空の中、雷龍様が徐々に降下をはじめて、ウチナシーレの正門付近に着陸する。


 出迎えは、行きのときと同じサンディアたち3人だった。帰還の時間を事前に伝えていたので、待っててくれたようだ。

 ティナの認識阻害が解かれると、3人はこちらに気づき近づいてくる。


「おかえりなさい」

「よくぞ戻られた!我らが王よ!」

「…」


 三者三葉の出迎えをしてくれる。若干一名はなんも言わないけどさ。


「ただいまー」


「おう?王って王様のことー?」


 ジャンの発言にノアールが食いつく。さっそくバレてしまったか。到着する前に、ちゃんと説明しておくべきだったかな。


「ん?んー、まぁ……」


「パパ、王様なの!?」


「んー…、一応…」


「すごーい!この人たちは部下なの?」


「ははは!そうだぞ!俺はリューキュリア騎士団、団長のジャン・フメットだ!

ライ・ミカヅチ陛下に忠誠を誓っている!」


「私はサンディアと申します。エポナ教で司祭を務めています。ライとは友達で、部下でもありますね。あなたがノアールさんですか?」


「あ、うん!はじめまして!ノアがノアールだよ!」


「はじめまして、ようこそウチナシーレへ。無事にここまで来れて良かったですね」


 サンディアがノアールに笑顔を向けたあと、オレの方に声をかけてきた。


「ああ、おかげさまでな」


「ねぇ!おじいちゃんもパパの部下なの?」


 ノアールがそっぽを向いていたマガティヌスの方に近づいていき、話しかけた。めっちゃ渋い顔をしてからオレを見て、助け船が出されることがないと気づいたら口を開く。


「……致し方無く、従っておる」


「えー?パパが王様なのいやなのー?」


「…いやなときもある…」


 おいおい、正直者だな、マガティー。


「パパ!この人クビにしないと!反逆者だよ!」


「ははは!面白い子だな!そうだ!マガティヌスは反逆者やもしれぬ!俺が騎士団長として退治してやろう!」


「団長さんお願い!」


 ノアールがマガティヌスから距離をとり、ジャンの背後に隠れる。


「ははは!任せるといい!」


 ジャンがシャドーボクシングのようにシュッシュと拳を繰り出しだした。


 あー…、そういう冗談、マガティー嫌いそうだなー…。


「……私はもう帰るぞ。ラ……陛下、留守中のことはまた明日報告致します」


「ああ、悪かったな、うちの娘が」


「……」


 マガティヌスは、なんとも言えない顔で正門から町に戻っていった。


「にげたー!」


「ノアールやめなさい。マガティヌスさんは大司祭って言って偉い人なんだから」


「えー?でも、パパに反逆してたよ?」


「王様には、反対意見を言ってくれる人も大切なんだよ?」


「んー?むずかしいね」


「そうだねぇ。むずかしいよねぇ」


「ねぇねぇ!それより!どうして王様になったの!いつなったの!」


「あー、それはねー。まー、とりあえず家に行こうか」


「早く教えて!パパの話聞きたい!」


「まぁまぁ、落ち着いて、ノアール」


 オレは、グイグイと手を引くノアールをなだめながら、屋敷へと歩いていく。


「我のデザートはどこだ!」


 ああ、そう言えば、そんな話もあったね。



 オレたちは、屋敷に帰ってきたあと、一旦解散ということになった。それぞれが自分の部屋に行ったり、ステラについてキッチンに向かったりする。


 オレは、ステラと一緒に雷龍様のデザートを作ろうと思ったのだが、ノアールが屋敷を見て「すごいすごい!」と騒ぐもんだから、そちらに対応することにした。

 

 ステラにごめんと断ってから、ノアールに屋敷の中の案内をはじめる。


「ここがリビングだよ。みんなでご飯を食べたり、お話ししたり、のんびりするところ」


「へー!ソファふかふかだね!」


「そうだねぇ」


 ノアールがぽふぽふとソファで跳ねる姿を見て、ほんわかする。ひとしきり見て回ってから次に向かう。


「ここがキッチンだよ」


「すごーい!お店みたいだね!」


「そうだねぇ」


 キッチンの中では、巨大プリンにむしゃぶりつく雷龍様がいた。隣に立っているステラに手伝えなくてごめんと手を合わせる。


 全然いいですよ♪と手を振ってくれた。


「次はパパの部屋いこー!」


「いーよー」


 オレはノアールに手を引かれ、キッチンを出た。


「パパの部屋どこなの?」


「2階だよ。こっちこっち」


 今度はオレがノアールの手を引いて先導した。2階に続く階段へと向かう。


「階段ひろーい!」


「そうだよねぇ」


 階段をのぼり、オレの部屋の扉を開けてノアールに中を見せると、


「パパの部屋は普通だね」


 子どもは素直だ。素直すぎる反応が返ってきた。


「ま、まぁ…そうやけど…」


「なんでベッドが2つもあるの?」


「……」


「パパ?」


「…たまにママも寝るからだよ?」


「でも、置き方が変だよ?」


 それはそうだ。ベッドは足側同士がくっついているのだから。


「……」


 気まずい。説明できない…


「パパ?」


「…次、いこーな」


「んー?まぁいいけどー。あとでママに聞いてみよ!」


 やめてください。そう願うが、その願いは届くのだろうか…

 

 祈りながら、また階段をおり、1階の次の部屋にやってきた。


「ここがお風呂だよん」


「すごいね!こんなお風呂みたことない!」


「そうだろうそうだろう」


 うちのお風呂は、ノアールの言う通り、かなり広いお風呂なのだ。まぁ、とはいっても、今は湯船がなくて、だだっ広い洗い場みたいな空間で少し寂しくはある。

 せっかくの広いお風呂場なので、そのうち湯船を作ったりして、みんなで入るのもいいなぁ、なんて考えていた。


「ノアお風呂入りたい!一緒にはいろ!パパ!」


「はい?」


 唐突にそんなことを言ったと思ったら、ノアールがワンピースをスポッと脱ぎ捨ててしまった。

 白い子どもパンツとノーブラの裸体が目の前にあらわれる。


「や…いやいやいや!やめなさい!」


 オレは咄嗟に目を閉じ後ずさった。娘の裸とか!気まずすぎる!


「えー?なんでー?パパ、なんで、目つむってるの?前は一緒に入ったじゃん」


「いつのこと言ってんの!?ノアールはもう大人でしょ!?」


「ノア大人?」


「そうだよ!」


 薄目をあけてノアールの顔だけ見ると、大人と言われたことが嬉しかったのか、ニヤニヤしていた。


「……むふぅー…ノア大人だよね!でも!ノアはパパと一緒にお風呂入りたい!」


「なんで!大人のレディはそんなことしないよ!ママに怒ってもらおうかな!」


「なんでー!いやー!ママこわいもん!」


「リリィ!リリィさーん!」


「ママ呼ばないで!パパのばか!」


 ノアールがオレに突進してきて抱きついて口をおさえようとしてくる。パンイチで。


「もがっ!?やめなさい!はしたない!」


「ならママ呼ばないでー!」


「なら服を着なさい!ママー!」


「はーい。ライ様?お呼びですか?」


「あ……」


「え?」


 めっちゃ気まずいタイミングでリリィママが脱衣所に入ってきた。パンイチのノアールに抱きつかれているオレを見て、リリィの顔が暗い笑顔になっていく。


「……ライ様?これは?」


 笑顔なのに、怖い。オレ、悪くないのに…


「もちろん事故だよ?わかってくれるよね?ママならさ」


「…ママ……んん、そうですね。もちろんライ様が悪くないことはわかります」


 ママと呼ばれ、浄化されたようだ。セーフ。


「ノアール、パパから離れなさい」


「やーだ」


「ノアール」


「ぷぅー……」


 しぶしぶ、オレから離れてくれる猫耳少女。身体は大人でも心は子どものままだな。やれやれだぜ。ふぅー……


「ライ様にはあとで話があります」


「あい……」


 汗を拭いてため息をついていたら、リリィママから呼び出しがかかってしまった。怖い。なんて言って怒られるのだろうか。


「ママってこわいよね」


「……」


 「だよねー?」とは言えない。火に油だ。黙っておく。


「ノアール、服着ましょうね」


 リリィがそこらへんに脱ぎ散らかされていたノアールの服を拾いあげてくれた。それから、ノアールに近づいてバンザイさせる。


「はぁーい」


 大人しく服を着るノアール。そこでやっと、リリィがあることに気づいてくれた。


「ノアールはなんでブラしてないんですか?」


 そう!それだ!いいことに気づいたね!ママ!


「えー?邪魔くさいんだもん」


「女の子なら身だしなみとして着るべきですよ」


「えー?……やだなー…」


「ノアールが女の子らしくなったら、パパも喜びますよ。もっと大好きになってくれます」


「そうなのー?パパ」


「え?うん。そうだね。その通り」


 なんと答えればいいか悩んだが、とりあえず同意しておく。この答えは、告白とかそういうのではない。うん。ないから大丈夫だ。


「じゃあ、着てあげてもいいよ!」


「ノアールは偉い子ですね」


「ブラはママが選んで!」


「わたしが選んでいいんですか?」


「ママに選んで欲しいの!」


「そうですか。じゃあ、明日にでも買い物に行きましょうか」


「うん!」


 ということで、ノアールの防御力が少し上がることとなった。


 ふぅ、これでポロリ、チラチラ事件も減るだろう。やれやれだぜ。


 オレはまた汗を拭くようなポーズをとった。別にふざけたわけではないのだけど、リリィママはそれを見逃さない。


「ライ様には後でお話があります」


「……あい」


 リリィママ、こわい……

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