第343話 愛娘を連れて

 ティナが厨房からつまみ出された日の夜、夕食のときに、ユーカからオレたちに向けて話があった。


「私たち、ウチナシーレに移住することに決めました」


「ホントかのう!わしは!……わしはもう!ユーカ!」


 ティナが涙目でユーカの頭に抱きつく。


「ちょ、あはは。もう、ティナおねぇちゃんったら、そんな顔されたら私たちだって断れないよ」


「そうかそうか……カイリもありがとなのじゃ!」


「おっと」


 ティナがカイリにも抱きつこうとするが避けられる。


「なんで避けるのじゃ!?やはり嫌われて……」


「ちがうよ!恥ずかしいんだよ!俺男だよ!やめてよ!」


「ガーン!前は抱きつかせてくれたのに!なぜじゃ!?」


「ティナ、男はそういうもんだよ。頭くらいなら撫でてもいいんじゃない?」


「そうなのかのう?」


「まぁ…頭なら…」


「よし、では、ありがとうなのじゃ。移住を決心してくれて」


 ティナがよしよしとカイリの頭を撫でると、カイリはそれをむず痒そうに受け入れてくれた。


「よし!それじゃあ移住が決まったこと、明日アリアさんに伝えておくよ!人員の確保と引き継ぎで数ヶ月はかかると思うけど、準備が整ったらすぐに迎えにくるからな!」


「はい。それと、司書と――」

「漁師のこと!」

「よろしくお願いします」

「よろしく!ライにいちゃん!」


 ユーカとカイリが口をそろえて、ニコっと頭を下げた。


「はは!もちろんだ!任せておけ!」


 その後の夕食は、とても賑やかなものになり、大いに盛り上がった。それを見て、ティナが、カイリたちが、もちろんノアールも、すごく喜んでくれてるのを実感した。

 それとともに、ティナとこの子たちをオレのわがままで引き離したことを反省した。


 オレは、これからリューキュリアで王様になる。


 ティナと子どもたちだけじゃなくて、他の妻たちの大切な人もウチナシーレに招待すべきではないのか?と考えるようになった。

 このことは、折を見て、みんなに相談してみようと思う。


 そして、夕食のあともしばらく会話を楽しんで、就寝の準備をはじめる。今日もノアールが忍び込んでくることを見越して、最初から屋根裏の寝室に招くことにした。

 もちろん、ママであるリリィ付きでだ。これでノアールが全裸になることもないだろう。

 オレたちは、久しぶりに親子3人で川の字で眠ることになる。隣で眠るノアールとリリィの寝顔を見て、やっぱり、家族は一緒にいるのが1番だな、と考えた。



 次の日、オレは、カイリとユーカをつれて、朝イチでアリアさんの元に向かい、

お店を引き継いでくださいとお願いに行った。


 アリアさんは、いつも通り大きな声で笑って了承してくれる。

 アリアさん曰く、他の町で運営が厳しい孤児院があるそうで、そこから数人引き取ったり、奴隷にされている子どもがいたら自費で買い取って育てるつもりだという。

 「オレにできることはこんなことくらいなので」とことわって、アリアさんに人族の子ども2人分ほどの購入費用を手渡した。

 「そういうつもりで言ったんじゃないんだけどねぇ…」とアリアさんは最後まで抵抗を示したが、「じゃあ、ノアールを立派な冒険者に育ててくれたお礼です」と言ったら笑って受け取ってくれた。


 世の中の孤児全員を助けるのは難しいけど、1人でも幸せになってくれるといいなと思い、旅館を後にする。


 そしてオレたちは、ノアールを連れて、ウチナシーレへの帰路につこうと準備をはじめた。

 家に戻ってノアールの荷物をアイテムボックスの中に放り込み、朝からテンションが高いノアールをおんぶして、また旅館の方まで戻ってくる。


 今度は旅館の中には入らずに、裏の灯台の前に移動し、みんなの見送りのもと、別れの挨拶をする。

 見送りには、カイリたち、そしてアリアさんたちが集まってくれた。


「ホントにその子が竜だっていうのかい?」


「はい。そうですよ。雷龍キルクギオス様です」


「へー?」


 アリアさんから「こんなところからどうやって帰るつもりだい?」と質問され、雷龍様を紹介したところ、信じられないという顔をされてしまった。

 それが気に入らなかったのか、雷龍様がアリアさんに絡み出す。


「おまえ、弱い人間のボスに落ち着いて成長が止まってるな。つまらん」


「なっ!?……ふぅ…痛いとこをつくね。お嬢ちゃん」


 ゴリマッチョのアリアさんがピキピキと怒りマークを頭に浮かべる。しかし、相手は子どもだと我慢しているようだった。


「激昂する気力だけは残っているようだな。悔しいと感じるのならば精進しろ」


「……くっ…」


「す、すすす!すみません!うちの暴食ドラゴンが!」


「なんだライ!おまえ我の眷属だろ!我の味方しろ!ばーか!」


「おねえちゃん、ドーナツあるわよ」


「美味い!」


「本当にすみません!この人はなんというか!人間に遠慮が全くなくってですね!」


「いや……たしかに、このちっこいのの言う通りさね。あたし自身も感じていたことさ、成長が止まってることはね。だから、ノアールを育てようなんて引退きどりで…」


「アリアさん…」


「まぁ!そのちっこいのが本当に竜だって言うなら!話を聞いてやらんこともないよ!ははは!」


「なんだこのゴリラ人間!見てろ!我のカッコいい姿を!とうっ!」


 掛け声と共に片手を上げて空に飛び立つ幼女。そして、眩い光と共に竜に変身した。


「ガァァァ!!」


 竜の姿になった途端、凄まじい雄叫びをあげるアホドラゴン。威嚇のつもりなのか?いやそれよりも!


「ティナ!認識阻害!」


「もうやっておる…」


「そっか、ありがとう」


 今は真っ昼間だ、町の人たちを怖がらせたら申し訳ないと思ったが大丈夫なようだ。


「どうだゴリラ!我にひれ伏せ!」


「これは……おどろいたね…長い間冒険者やってるけど、こんな化け物みたことないよ…」


 アリアさんは呆然と立ち尽くし、震えていた。


「誰が化け物だ!ぶっ殺す!」


「まぁまぁ、ウチナシーレでデザート食べましょうね、雷龍様」


「デザート!はやく帰るのだ!」


「……雷龍キルクギオス様。先程はご無礼を、これから初心を思い出し、精進致します」


 隣を見るとアリアさんが膝をついて平伏していた。

 孤児院の子どもたちは、めっちゃビビって年配のシスターの後ろに隠れている。そのシスターも震えていた。

 カイリは、怯えながらも、ユーカたちを守ろうと踏みとどまっている。


 なんかごめん…怖がらせて…


 オレは、このドラゴンに恐怖を覚えなくなって長い。みんなの反応を見て、新鮮に思いつつも、心の中で謝罪した。


「がはは!ゴリラのくせにいっぱしの知能があったか!我を舐めるからだ!しっかり鍛えてもっと強いゴリラになれ!ばーか!」


「……」


 笑うな笑うな、今笑ったら絶対アリアさんに殺される。


 ふぅー……


「よ、よし…それじゃあオレたちは出発しますので」


 なんとも言えない表情のアリアさんに声をかけ、みんなには先に雷龍様の背中に乗ってもらう。


「…ああ、気をつけて帰るんだよ」


「はい、ありがとうございます。それとお店の引き継ぎ、よろしくお願いします」


「任せときな!」


「カイリ、ユーカ、トト、キッカ、すぐに迎えにくるからな。準備ができそうになったら、一週間くらい前に教えてくれると助かる」


「わかりました!」

「うん!にいちゃんたちも気をつけて!」


 最後にティナが3人の子どもを抱きしめ、カイリと握手してから、雷龍様の背中に乗り込む。

 そして、上空へと羽ばたきだした


「すごーい!たっかーい!」


 帰りは、予定通りノアールも一緒だ。オレの隣で楽しそうに空の景色を眺めている。


「たかいね!すごいね!パパ!」


「そうだね、雷龍様はすごいから」


「あんなにちっちゃかったのにね!ノアも変身できるかなぁ!」


「ははは!いつかできるかもな」


「そんな訳あるか!食うぞ!」


「あ、すんません」


「雷龍様こわーい!」


「我怖くない!カッコいい!」


「かっこいいー!」


「がはは!」


「おねえちゃん、出発して、デザートが待ってるわよ」


「そうか!そうだな!では!舌を噛むなよおまえら!」


 そして、帰りも絶好調なドラゴン航空は、目にも止まらぬ速度でウチナシーレを目指して飛び出すのだった。


 今回の旅の目的【ノアールを連れてくる】、これを達成したオレは、密かに達成感を味わっていた。


だが、問題は……


『結局、攻略するんですか?しないんですか?しないなら攻略対象から早く外しなさい』


 そう、唯一の問題はそれだった。

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