第342話 子猫の発情期

 翌朝、目が覚めたらまた全裸のノアールが隣で寝ていたので、そっと布団を被せてそろりそろりと屋根裏から降りた。

 よし。これで今日はあらぬ誤解を生まずに済んだ。ミッションコンプリートだ。


 みんなが起きてくるのを待っていると、


「パパ~?パパがいない!!」


 屋根裏から叫び声が聞こえてくる。なんだか、イヤな予感が…


 ダダダダ!


 ノアールが階段から駆けおりてきた。全裸で。


「パパ!なんでそんなところにいるの!ノアと一緒に寝ようよ!」


「服を!服を着てください!お願い!ママ!リリィー!」


 そして、リリィママに取り押さえられたノアールが渋々服を着る。オレは、後ろを向いて部屋の隅っこで縮こまっていた。


「へんなパパ…」


「ノアール、パパのこと困らせたらダメですよ」


「ノアわかんない」


 そっかぁ。わかんないかぁ。困ったねぇ。


 どたばたやっていると、みんなも起きてきたので、オレたちはカイリの店と釣り堀の方で手分けをして手伝いをしようという話をする。


 人手は足りているので、ノアールとティナ、ソフィアには抜けてもらい、ノアールの魔法を見てもらうことにした。これでノアールのお絵かき魔法の正体がなんなのか判明するだろうか。


 ということで、朝食を食べ終わったら、リリィ、ミリア、ステラがレストランの方に入り、オレとクリスで釣り堀の補助に回る。


 釣り堀の方には雷龍様もついてきて、魚を食べたそうに指を咥えていたので、七輪で焼いてから渡してあげた。嬉しそうに焼き魚を頬張る幼女を見ていたら、お客さんが羨ましそうにしているのに気づいたので、カイリの店に持っていったら料理してくれますよと宣伝しておく。


 ノアールたちの魔法研究班には、コハルに同行をお願いした。後衛ばかりだと心配なので、護衛という名目だ。まぁ、危険はない町だけど一応ね。


 それと、カイリたちには、明後日には一旦ウチナシーレに戻ると伝えてある。

 ノアールを連れて行くのは確定なので、旅館の方からお店のサポートしてくれる人材を依頼するのも忘れない。これで、ノアールが抜けてもお店は回ることだろう。


 こうしてまた、ウミウシでの一日が終わり、夕食どきになった。



「ノアールの魔法はホントすごいわ!あんなの見たことないもの!」


「そうじゃそうじゃ。ノアールはすごい子なのじゃ」


「えへへー!ノアすごいって!パパ!」


「2人に褒めてもらえて良かったねぇ。すごいぞノアール」


 オレの膝に座る猫耳少女が、嬉しそうに褒めて褒めてとおねだりしてくる。オレは、リクエストに応えて耳と耳の間を撫でまわす。たまに耳の裏あたりをカリカリしてやるとすごく気持ち良さそうな顔を見せてくれた。


 それにしても、さっきからオレに抱きついて離れてくれない…まぁ、それはいいとしよう…

 問題は、ブラをしていないことだ。チラチラと視界に入るし、感触もダイレクトに伝わる…困った…


 そんな状況なので、オレは平静を装ってはいるけど、内心ドキドキしていた。いやいや、オレは冷静だ。真面目な話をしようじゃあないか。


「ソフィアが見たことないってことは、ノアールの魔法はなにか特殊な魔法なのかな?」


「そうね!たぶん闇系統の魔法だと思うけど!あんなのどの魔導書でも見たことないわ!もちろん使ってる人も!」


「ほうほう」


 ソフィアは、スプーン片手に前のめりに説明していた。知的好奇心が刺激されてテンションが上がってるらしい。


「わしは鼻が高いのじゃ。ノアールはわしが育てた。愛弟子じゃー」


 ティナの方は、子ども好きと家族愛があいまって、変なテンションになってる。まぁ、ウミウシについたときからずっと変だけど。


「やっぱノアールはすごいんだなぁ。アリアさんもいい冒険者になるって言ってたし」


「でしょでしょ!これでノアもパパの冒険についていけるね!」


「そうだね。まぁしばらくはウチナシーレに滞在することになるけどね。冒険に行くときは頼りにさせてもらうよ」


「うん!任せて!ノアがぜーんぶ倒しちゃうんだから!」


「それは頼もしいな」


 オレは、撫でるのをやめない。ノアールが満足するまで。いや、ただ撫でることで色々な下心に蓋をしていただけなのかもしれない。

 そんなオレのなでなでは、ノアールのなにかに火をつけてしまう。


「えへへ〜♡パパのなでなできもちぃなぁ〜……ふにゃーん♡」


 にゃん!?


 無意識に耳の後ろを撫で続けていると、甘えた鳴き声を出し始めるノアール


「の、ノアールさん?」


「にゃー?」


 にゃ!?


 ノアールは、うっとりした顔でふにゃふにゃになっていた。


「こ、ここ、これは!?一体!?」


 猫耳美少女がにゃんですって!?

 殺す気ですか!?

 可愛すぎるんですが!?


「あわわわわ……」


 オレはガクガク震えて固まってしまう。あまりの可愛さに理性が飛びそうだから、考えることをやめたのだ。


「にゃー?パパぁ♡もっと撫でてにゃ~♡」


「…チーン」

 魂が抜けるオレ


「…ノアール、わたしが撫でてあげますよ。いらっしゃい?」


「ふぁーい」


 オレを見かねて、リリィが助け舟を出してくれた。猫耳少女がオレの膝から降りる。ふぅ……オレの魂、戻っておいで。


「ママぁ~」


ゴロゴロ


 オレから離れた猫娘は、リリィの膝の上で喉を鳴らし出した。


「なんか、本物の猫みたいだね〜。ボクも撫でていいかな?」


「いいよぉ〜」


 コハルがノアールの頭を撫でる。


「にゃ〜♪」


「なによ…かわいいじゃない…」


「ミィも…撫でたい…」


 ノアールの様子を見て、女子たちが集まり出した。みんな、可愛いものに目がないのだ。


「小さいころは、にゃんにゃん言わなかったのに…」


「大きくなってからも、言ってませんでしたよ…」

とユーカ


「ではなぜ…」


「発情しておるからなのだ。むしゃむしゃ」


 ……ほんとにやめてくれ、そういうことを言うのは…


 オレは、ひっそりと暴食ドラゴンにツッコミ、その事実を聞かなかったことにした。いけません。そんなのは。ええ、いけませんったらいけません。



 翌日も、オレたちはカイリたちの手伝いをしながら過ごした。明日にはウミウシを離れるということで、ティナは必死になってカイリたちのことを説得していた。


 トトとキッカは、皆一緒ならついて行くと言ってくれたので、説得が必要なのはユーカとカイリだ。

 そんな2人の周りをティナはウロウロと付きまとい話しかけ続ける。そう、仕事中でもお構いなしに。


「ウチナシーレでも店はできるぞ!カイリ!わしと一緒にいこう!な!」


「ティナねぇちゃん!邪魔だよ!はいこれ!5番テーブル!」


「邪魔!?邪魔じゃと!?反抗期なのじゃ!」


「はいはい。おねえちゃんも働いてよね」


「ユーカ!ユーカは来てくれるのかのう?」


「んー、前向きに考え中」


「では明日一緒にいこうなのじゃ!」


「それはダメでしょ。行くとしても、お店の引き継ぎがあるし」


「そんなぁなのじゃ…」


「はいはい。もう、ティナおねぇちゃんってこんなに子どもだったっけ?」


「いいから!5番テーブル!」


「私が持ってくわ。あんたもちょっとはティナおねぇちゃんに優しくしなさいよ。しなしなになっちゃったじゃない」


「じゃま……わし…じゃまなのかのう…」


「え?いや…そういうことじゃ…ねぇちゃん?」


「しゅーん……わし…カイリに嫌われたのかのう…」


「そんなことないよ!大好きだよ!」


「そうか!わしも大好きじゃ!明日一緒に行こう!!」


「それはダメだって!話聞いてた!?」


「しゅーん…なのじゃ…」


「ライさん、このポンコツ持ってってください」


 ステラがティナの首根っこを掴み、ホールのオレに差し出す。そこにはしなしなのロリエルフがいた。


「あはは…でも、オレも仕事が…」


「おにいちゃん…ホールはだいじょぶ…ミィとリリィちゃん…いるから…」


「そう?」


「うん…」


「なら、ティナ、おいで?」


「しゅーん…」


 オレは、凹んでるティナをお姫様抱っこして外に出た。そのまま、港の方に歩いて行く。


「あのさ、カイリとユーカだけど、きっと2人も来てくれるよ」


「そうなのかのう……でも、明日からまた…離れ離れになるのじゃ…」


「それは……ごめん……」


「ん?なぜおぬしが謝るのじゃ?」


 しなしなだったティナが顔を上げてオレを見る。


「それは、オレがティナを連れ回しているから……」


「それはわしが好きでついて行っておるとこの前も言ったじゃろう?」


「そうだけどさ……そのせいでティナに寂しい思いをさせてるから…」


「……なんだか、凹んでおるおぬしを見たら冷静になってきたのじゃ」


「はは、なんだよそれ」


「そうじゃな、おぬしの言う通りじゃ。カイリとユーカは、きっとわしらのもとに来てくれる。そう思うとしよう」


「だね。一応2人がやりたそうな仕事も用意してあることだし」


「そういえばそうじゃったな。漁師に司書、2人のことを良くわかっておる。あれは驚きじゃった。いつの間に準備してたのじゃ?」


「復興作業しながらウチナシーレの人たちと話してて、思いついただけだよ。ウチナシーレはどこも人手不足だからさ。今なら子どもたちがやりたい仕事につけるかなって思って」


「そうか…おぬしは、カイリたちのこと、忘れていなかったのじゃな…」


「そりゃそうだよ。当たり前だろ?」


「……惚れ直したのじゃ」


「え?」


 足を止めて下を向くと、ティナがうっとりした顔でこっちを見ていた。


「キスしてほしいのじゃ…」


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…」


 周りに人がいないのを確認してから、そっとキスをする。離れようとすると、ペロリと唇を舐められた。


 ムラッ!


 このロリエルフちゃんをどこかに連れ込もうかと瞬時に考える。どこだ!どこなら人がいない!


 すると、

 『ピコンピコン』

 攻略さんの警告音が鳴る。


 ……なんなんすか一体。今いいとこなんですよ…


 オレはティナの頭を撫でてから、ゆっくりと来た道を戻り出した。

 目をつむる。


 攻略スキルに、アドバイスが表示されていた。


-----------------------------------------------------------

しばらく、キス以上のことはしないでください。

-----------------------------------------------------------


『は?なんで?』


『ノアール攻略のアドバイスです』


『……なんで?』


『いやなら攻略対象から外してください』


『………わかりました』


 オレは、謎のお預けを食らうことになり、テンションがだだ下がりになる。もちろん、ノアールを攻略対象から外すことなんてしない。なぜなら、どうするか決めていないから。


「……いつもなら襲ってくるはずなのにのう…」


 腕の中のロリエルフちゃんがそんなことを言う。そんなセリフ…我慢できなくなってしまうではないか…


「ホントはさ…可愛くてえっちなティナとしたいよ」


「えっちとか言うでない…」


「でも、子どもたちの手前、そういうのはさ…」


「そ、そうじゃな…わしもちょっと盛り上がってしまったのじゃ…うちに帰ってからにするかのう…」


「そ、そうだね…帰ったら…」


「うむ…」


 なんだか、逆にドキドキする感じになってしまった。

 お互いにしたいけど、我慢しましょう。お楽しみはまた今度ね。という約束にすごく胸が高鳴る。


 下を見ると、ティナも同じ気持ちなのか、長い耳を赤くして縮こまっていた。


「そろそろ自分で歩くのじゃ…」


「そう?わかった」


 オレはティナのお姫様抱っこをやめて、地面に立たせる。抱きしめられてると、ティナも我慢できなくなるからなのかな?と邪推して、聞くのをやめた。

 もしそれで、「そうじゃ…」なんて言われたらいよいよ我慢が効かなくなるからだ。


 それからオレたちは、なんとも気まずい空気間の中、手を繋いで釣り堀の方に向かうことにした。

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