第336話 ドラゴンに認められたくって

「我、腹減ったのだ」


 半日近く飛んでくれたあたりで、雷龍様から空腹を訴えられた。


「では、休憩しましょうか。人がいなそうなところで降りてもらえますか?」


「うむ」


 雷龍様が降下を始めて、山脈の中腹にある崖沿いに着陸する。竜が乗っても崩れないほどの強度はありそうだ。


 みんなが雷龍様の背中から降りると、大きな竜だったものは、シュポンと縮んで幼女の姿になった。


「ステラ!メシ!」


「はいはい」


 ステラが雷龍様用のでっかい鍋と、オレたち人間用の鍋を取り出して料理を始めてくれる。今回は、リリィとミリアが料理の手伝いをすると申し出てくれたので、甘えることにした。


 オレは、みんなの分のイスを出して、隣に座る褐色幼女に話しかける。


「雷龍様って、どれくらいの頻度で食事が必要なんですか?」


「気分だ!食わなくても1ヶ月くらいは死なぬ!でもテンション下がるのだ!」


「なるほど?」


「ステラの料理を食べるとテンションあがる!」


「ステラの料理、美味しいですもんね」


「うむ!」


 なんだか最近、無邪気に笑顔を見せてくる雷龍様が普通にかわい…うん、可愛いと思えるようになってきた。

 もちろん、癒し的な意味で、他意はない。


「雷龍様!ボクの剣見てよ!」


「よいぞ、では聖剣の!」


「はい、僕ですか?」


「そうだ!おまえがこいつと戦え!本気で!」


「本気で?いやいや、危ないですよ」


「怪我したら、そこのクロノス教のシスターに治してもらえ!」


「いやー……とは言ってもですね……」


「なら見てやらんのだ!」


「えぇ……」


 困り顔のクリスに、

「本気はやっぱ危ないよな?」

 と質問する。


「絶対どっちかが怪我するよ……リリィさんが治せる範囲ならいいけどさ、もし片手でも吹っ飛んだら……」


「だよな……」


 最悪のケースを想定して答えてくれるクリスだったが、あまりにおそろしい想像に寒気がする。嫁同士の死闘なんて絶対見たくない。


「ボクは本気でやってもいいよ!」


 コハルの方はというとテンションが上がり過ぎて周りが見えてない感があった。とりあえず、冷静に反対しておく。


「いやいや、愛する嫁同士がガチバトルとか許可できません、夫として」


「むー……じゃあ!雷龍様が相手してよ!」


 は?おいおい、それは。


「……おまえ、舐めておるのか?」


 やばい。


「コハ…」


「舐めてない!ボクは英雄になるんだ!いつか竜だって倒す!だから相手して!」


「貴様……それは我を殺すという意味で言ってるのか?」


 ゴゴゴゴ……

 雷龍様の目が鋭くなり、なんか背後からオーラが……


「ステラ、ちょっと」


 オレが声をかける前に、ステラがお玉を持って近づいてきてくれていた。いつでも止めれる間合いだ。


 この後のコハルの発言次第では雷龍様がキレる気がする。


 オレとステラは緊迫した表情。

 でも、当事者のコハルは不思議そうな顔で首を傾げていた。


「コロス?なんで?雷龍様は良いドラゴンでしょ?倒す必要ないだろ?」


「………がはは!なんだこいつ!面白いな!」


 ふぅ……とりあえず、大丈夫そうかな、と一息つく。


 オレがステラの方を見ると、ステラも笑顔を返してくれて雷龍様に近づく。


「おねえちゃん、とりあえずこれ」


「おお!むしゃ!美味い!よいぞ、双剣の小娘、全力で来い、我が受け止めてやるのだ」


 骨つき肉を受け取ってご機嫌になった雷龍様は、肉をむしゃりながら指を立てた。指の先からニョキッと爪が伸びる。


「なにそれ?」


「だから、おまえのそのチンケな剣を我の爪で受けてやろうと言ってるのだ」


「……舐められてるよね、ボク…」


「コハル?」


 今度はコハルの頭に怒りマークが。


「ピーちゃん!」


「ピー?ピー……」


 キレ顔のコハルに呼ばれて、気が進まなそうな顔をするピーちゃん。オレの肩から離れようとしない。


「ピーちゃん!ピーちゃんってば!」


「ピー……」


 何度も呼ばれ、仕方ないなー、みたいな感じで飛んでいき、コハルの双剣に炎を吹きかけた。メラメラと双剣が燃え出し、コハルの髪が赤く染まる。


「ほぅ……」


 雷龍様はそれを見て、面白そうに笑って立ち上がる。


「いくぞー!」


「こい、小娘」


 そしてコハルは幼女雷龍に飛び込んでいった。


 目にも止まらぬ速さで双剣を振るうコハル。


 しかし、それを片手の爪一本で全て受け止める雷龍様。


「……まぁまぁだな」


 そう呟いてから、むしゃ、と、肉を食べるのを再開してしまう。


「くっ!?うぉぉぉぉー!!」


 余裕すぎる雷龍様の姿を見たコハルは、雄叫びを上げて、剣の速度を、炎の出力を上げていった。


「適当に力を放出すればいいというわけではないぞ」


 キンッ。


 雷龍様が爪を弾く。


 2本の双剣でそれを受け止めたコハルは、後方に吹き飛ばされ、クルクル回転しながら着地した。


 指のひとはじき、それであの威力、コハルも驚愕した顔を見せていた。でも、もう一度構え直し、飛びかかろうとする。


「もうよい」


「まだまだ!」


「いや、認めてやろう、おまえ、名前は?」


「コハルだ!もう一本!」


「無駄だ」


「でももう一本!」


「はぁ……もう一本だけだぞ、コハル」


「うん!」


 そしてまた全力で剣を振るうコハルであった。


 オレは、ずっとヒヤヒヤしながら戦いを見続ける。


 結局、雷龍様が肉を食べ終わったあたりで、むにゃむにゃと眠そうにあくびをしたら、コハルの方がしゅんとなり、

「ありがとうございました……」

と頭を下げて戦いは終わりとなった。


「ずーん……」


 みんなから離れ、崖沿いで体操座りになるコハル。


「おぉう……」


 わかりやすく凹んでいた。


 オレは静かに近づいて、コハルの隣に腰掛ける。


「コハルはすごく強いよ?あの雷龍様相手に頑張ったと思う」


「でも……ボクの剣、ぜんぜん通じなかった、一撃も当たる気配がなかったよ…」


「あの人……あの竜は化け物だから」


「誰が化け物だ!」


「はいはい、おねえちゃん、ご飯できてるわよ」


「メシ!ステラのメシ!」


 タタタッと走っていく幼女。


「……雷龍様だって、認めてやるって言ってくれたじゃん。雷龍様はこれから成長する人に目をかけてくれるんだと思う。だから、コハルはもっと強くなれるよ」


「でもでも……」


「オレなんて、雷龍様に認められるのに三日三晩戦ったんだよ?もちろん一撃も当たらなかった。コハルは数分で認められたんだ、すごいよ」


「そうなの?」


「うん」


「ボクってすごいのかな?強いのかな?」


「うん、コハルは強い、ねぇ?ピーちゃん」


「ピーピー」

 オレの頭でコクコクと頷く毛玉様。


「そうかな……なら、ボクもっと強くなる!ライよりも!雷龍様よりも!」


「オレも負けないぞ!一緒に強くなろう!」


「うん!」


「ご飯、食べよっか」


「食べる!」


 オレは、先に立ち上がって、コハルの手を取って立ち上がらせた。そのまま、手を繋いでみんなのところに歩いて行く。


 すでに食事ははじまっていて、コハルは食事中にもどうすれば強くなれるのか、熱心に雷龍に話しかけていた。


 それに対して、自分より少し強いやつと戦い続けて勝ち続ければ最強だ。なんてアドバイスする雷龍様。

 言ってることはわかるけど、もっと安全な方法を教えてくださいと心の中で呟く。


 でも、コハルは楽しそうに話を聞いているので、ひとまず良かったかなと、そのまま2人のやりとりを観察することにした。


 これから、みんなで強くなっていきたいな、そう思うオレなのであった。

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