第335話 竜の背の上で

-翌日、早朝-


 オレたちは、日が昇ると共に荷物を持って、眠そうにしている雷龍様をオレがおんぶして屋敷を出た。


 正門に向かうと、すでにジャンとサンディア、マガティヌスが待機しているのが見えた。王の出陣?ということで見送りに行くと事前に連絡があったのだ。


「見送りご苦労さまー」


 3人に近づいて話しかける。


「まぁ、一応王様ですしね」


「一応ってなんだ、まぁすぐ戻ってくるけどさ、なんかあったらこの腕輪で呼びかけてくれ」


「承知しました」


 オレとサンディアはお揃いの腕輪をつけている。主従契約なしで遠距離でも通信ができるらしい魔法の通信機だ。


 今まで使っていた指輪型通信機では、2、3キロしか通話が繋がらなかったので、強力なものを用意してもらったところ、だいぶ大きい腕輪型が完成した。正直ちょっと邪魔だけど、外出中しか付けることはないので我慢するとしよう。


「なんかあっても2日位は耐えれるよな?」


「もちろんだ!我らが王よ!俺も腕を磨いてきた!留守は任されよ!」


 ジャンのやつが自信満々に答える。最近、暇があれば雷龍様に教えをこっていたので自信がついたようだ。


 ただ、雷龍様がまともに稽古つけてるところなんて見たことないのだが、いったいどんな修行をしているのか気になる。まぁいい、今度詳しく聞いてみることにしよう。


「マガティヌス、有事の際はおまえが最終判断を下せ。国民が1番生き残る手段を前提に考えろ」


「……御意」


 オレはそれだけ指示をしてから、雷龍様に声をかける。


「雷龍様、そろそろ出発したいのですが、よろしいでしょうか?」


「ふぁ〜、むにゃむにゃ……そうか?うむ、よかろう」


 幼女がオレの背中から降り、大きなあくびをした後、身体を光らせ始めた。


 ほどなくして巨大な竜が姿を現す。


「ほれ、乗るがよい」


「失礼します!」


 オレたちは、重力魔法で浮いて雷龍様の背中の上に移動する。


「全員乗ったか?」


 オレは、みんなの姿を確認する。

 嫁7人に、マスコット2人、全員の乗車、じゃなくて乗竜?を確認した。


「……雷龍様、ときにお聞きしますが」

 オレはふと、不安を覚え質問する。


「なんだ?」


「移動中ってものすごいスピードで飛びますよね?」


「そうだな、我は速いからな」


「うーむ……ティナ、オレが前、瞬光でレウキクロスを目指したときみたいに、風の精霊で全員を覆えるかな?たぶん、息できないよ」


「一人一人の顔に絞ればしばらくは可能じゃが、他にも問題はある」


「というと?」


「凍えるわね、たぶん」


「あ、そうか、寒さ対策も問題か」


「わしと、ソフィアで防御魔法を前方に展開するのが良いかのう?」


「それでしたら、わたしが」


 リリィが挙手をする。そして、アイテムボックスから分厚い本を取り出した。


 聖典だ。


 レウキクロスを救った報償として、栄誉授与式のときにユーシェスタさんから受け取った聖典をリリィが片手で持つ。


 そして、もう片方の手でリリィが魔力を込めはじめると、その聖典は勝手に開いてパラパラとめくれだした。


「ホーリーヴェール」


 リリィが優しい声で詠唱する。


 すると、聖典があるページでとまり、オレたち全員をすっぽりと囲うように、金色の結界が張り巡らされた。


「おぉー……」


 結界は六角形が集まったようなもので、触れても壊れたりしない、カチカチだった。


「もうよいか?」


 雷龍様の翼がもぞりと動き出す。


「リリィ、いけそう?」


「はい、大丈夫です、維持できます」


「じゃあ、頼んだ。雷龍様、大丈夫です」


「うむ、それではゆくぞ」


 雷龍様の巨大な翼が羽ばたきだす。


 それと同時に巨大な身体が宙に浮いた。


「おぉー」


「すっごーい!」


 目をキラキラさせるコハル。


「ミィ…ちょっと、こわい…」


 それに反してミリアは縮こまっていた。


「大丈夫だよ、おいで」


 オレはミリアの手を握って抱き寄せて、安心させてやる。


 ミリア以外の子は、怖さよりもわくわくが勝っているようだ。

 いや、リリィは聖典をじっと眺めている。


 雷龍様は、どんどんと上昇し、見たこともない壮大な景色を見せてくれた。


「すごい……ウチナシーレが一望できますね……」


「ほんとだね……」


 オレたちは、朝日に照らされるウチナシーレを遥か上空から眺める。


 サンディアたちは豆粒くらいになっていて、どれが誰だかわからないほどの高さだった。


「ではゆくぞ」


「お願いします!」


 雷龍様に答えると、巨大な竜は徐々に前進をはじめ、どんどんと速度が上がっていく。


 しかし、リリィの結界のおかげなのか、寒くもなければ風さえ感じない。もちろん息苦しいなんてこともなかった。


 景色が次々に変わっていく、すごいスピードだ。


 でも、そんなに揺れることはない。雷龍様の翼は、前進し始めてからは羽ばたくような動作をせず、まっすぐに保たれている。


 あれかな?魔力で飛んでるから羽ばたく必要なんてないのかな?と想像した。


 つまり、ドラゴン航空の乗り心地は悪くない。しいて言うなら、雷龍様の背中がゴツゴツしてて硬いくらいで、他に問題はなかった。


 帰りはクッションとか座布団を持参をしよう、とオレは密かに考える。


 それから、オレは結界を張り続けてくれている清楚シスターに話しかけた。


「リリィ、大丈夫そう?疲れてない?」


「はい、問題ありません、聖典のおかげで魔力消費もほとんどなくて、いつまでも結界を張り続けれると思います」


「そうなんだ、やっぱりその聖典ってすごいんだね?」


「はい、アステピリゴスに3冊しかない聖典だと聞いています。遥か昔、クロノス様より授かったとか」


「よくそんなもの貰えたわね」


「異例だと思うよ、それだけ教皇様もアステピリゴスもキミに感謝してたってことさ」


「そっかー、なんか申し訳ない気もするね。オレがリクエストしたときは、リリィに最適な杖をくださいって言っただけなんだけど……」


 そう、栄誉授与式の数ヶ月前、なにが欲しいかと聞かれたとき、オレがリクエストしたのは、屋敷とリリィの装備品であった。


 せっかく結界魔法の修行も終わったことだし、なにか強力な杖とか、リリィが強くなるための装備品が欲しいと思ったのだ。それを目標にしてリリィは修行を頑張ったんだし、お祝いになるかなとも考えていた。


 そうしたら、おまけで冒険者ランクも上げてくれて、しかもリリィの装備品は国宝の聖典ときたもんだ。


 ルーナシア教皇陛下にはホントに感謝しかない。


「でも、ホントにわたしが使ってもいいのでしょうか……なんだか恐縮で……」


「そんなそんな、リリィのためにもらったんだから、使ってもらわないと」


「ライ様……はい、わたし頑張ります!ライ様のお役に立てるように!」


 リリィがオレのことをうっとりとした目で見ながら、そう宣言してくれる。


「無理はしないでね、いつでもオレを頼って」


「はい!でも!わたしこの聖典があればなんだってできる気がするんです!」


「そっかそっか」


 リリィが珍しくハイテンションになるほど、あの聖典には力があるようだ。そんなに喜んでくれるなら、貰ったかいがあったってもんだ。


 そう考えていると、傍観していた雷龍様が口を開く。


「……道具に頼りすぎるなよ、クロノス教のシスター。道具に頼れば、おまえの成長は止まる」


「え?……あ!はい!ありがとうございます!これからも精進します!」


 リリィがぺこぺこと頭を下げる。雷龍様は前を向いていて見えないだろうに律儀に頭を下げていた。


 というか、雷龍様がリリィに声をかけたのってはじめてじゃないか?


 なんだか、雷龍様はリリィに冷たいというか、興味なさそうにしていた。リリィもそれに気づいていて、雷龍様に話しかけるようなこともしていなかったと思う。


 リリィの顔を見ると、聖典を握りしめて、嬉しそうな顔をしていた。


「良かったね、認めてもらえて」


「はい!」


「……まだ認めておらぬ、我は我の眷属になった者しか認めぬ」


「雷龍様に認めていただけるよう!わたし!精進致します!」


 それ以降、雷龍様からの返答はなかった。


 でも、リリィが仮にでも認められたのがオレもすごく嬉しかった。


「んー?ボクはどう思われてるんだろ?」


 オレたちのやり取りを見ていたコハルが疑問を発する。


「ん?雷龍様に?聞いてみよーか?」


「ううん、自分で聞くよ。ねぇ!雷龍様!ボク結構強いけど!認めてくれるかな!?」


 おいおい、そんな態度で大丈夫か?


「……今度、剣を見せてみろ」


「わかった!」


 ふぅ……


「無礼者が!」とはならなかったか。


 まぁ、コハルはかなり強いし、強い者が好きな雷龍様からしたら好感度が高めだったのかもしれない。


 そのあとも、オレたちは竜の背の上で何気ない会話をしながら、どんどんと移り変わる景色を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る