第320話 浄化の炎
ウチナシーレ到着後、3日間の休息期間を終えて、ついに復興作業の本腰を入れることになった。
リューキュリアの各都市から派遣された人員も加わり、ウチナシーレの正門前に作業員たちが集合しているところだ。
ざわざわ。
みんながジャン団長の指示をまだかまだかと待っている。
そこに、
「おい、ライよ」
「はい、なんでしょう、雷龍様」
渋い顔をした雷龍様が話しかけてきた。
「この町だが、本当にこれから人が住むのか?」
「え?そりゃそうですよ。これから満を辞して復興作業を始めるところです」
「……死霊まみれのこの町にか?」
「え?それって?」
突如不穏なことを言い出すドラゴン。
「ここには、殺された者の魂が多く残っているのだ。こんな場所に住み着いたら狂うやつが出てくるぞ」
「そ、それは困りますね……どうすれば……」
「我が浄化してやってもよい」
「え、いいんですか?何か見返りとかは……」
「ん?べつに……いや、そうだな、海の幸をステラに料理してもらいたいのだ」
「おぉ……」
そんなことでいいんすか、と感動するが口には出さない。コロリと気分を変えられても困るからだ。
オレがステラの方を見ると、こくりと頷いてくれた。よし、見返りの方は大丈夫そうだ。
しかし、まだ懸念することはある。
「あの、ちなみにどうやって浄化するんですか?」
「上空から炎を吹きかける」
「おぉ……建物が燃えたりとかは?」
「せぬ」
「では、ぜひお願いしたいです。が、ちょっと待ってくださいね。ジャンさん!」
オレは壇上に上がろうと、ニコニコ歩いていくジャンを呼び止める。
「なんだ!我らが王よ!」
「雷龍様からちょっとアドバイスがあって」
「なんだと?」
オレが我らが王についてツッコみもせず、事情を説明すると、真面目な顔になって話を聞いてくれた。
「しかし、それはまた……みなにどう説明すべきか……」
「率直に言えばいいと思います。雷龍様の炎はあくまで浄化の炎。死霊を苦しませることはないそうなので。天国に送ってあげる、そう言えばいいと思いますよ」
「そうなのですか?」
「うむ、我が気持ちよく天国に送ってやるのだ」
えっへん、と幼女が腰に手を当てて自慢げに話した。
「では、雷龍殿にこたびの大業、お任せしたい。引き受けていただけるでしょうか!」
ばっと膝をつき、頭を下げるジャン。
「うむ!おまえは礼儀がなってて良いな!任せるのだ!」
「はっ!それでは私が演説したあと壇上にお呼びしますので!一言みなにご挨拶していただきたく!」
「よいぞ!偉大な我が下々の者に声をかけてやろう!がはは!」
ジャンの平伏した態度にいたく満足したようで、雷龍様は腰に手を当てたまま豪快に笑っていた。
その隣にいたオレは、
……この人にまともな挨拶なんてできるのか?
と口に出さずに思っていた。
そう疑っているうちに、ジャンが壇上に上がって、待機してるみんなに声をかける。
ここには、作業員とその家族、たぶん避難民の全員がその場にいた。
「ウチナシーレを故郷に持つ者たちよ!ついに!ついに俺たちの町を取り戻す時がきた!」
「うぉぉぉぉ!!」
地面が揺れるんじゃないかと思うほどの歓声が返ってくる。
「俺たちは故郷を追われ!森に逃げ込み!レウキクロスの人々に救われた!
そして!ついにウチナシーレに帰ってきた!ここまで生き延びてくれて!本当にありがとう!」
「わぁぁぁぁ!!」
「今日から!俺たちはウチナシーレの復興に取り掛かる!みな!怪我のないように!安全第一で取り組んでくれ!」
「うぉぉぉ!!」
「それでは!作業を始める前に!重要な話がある!我らが王!ライ・ミカヅチ殿が主人と崇める雷龍様のお言葉だ!」
「あいつ、また勝手に我らが王とか言いやがって……」
「雷龍様曰く!ウチナシーレには無念に命を散らした我らが仲間たちの霊魂が彷徨っているという!このままでは!彼らは天界に行くことができず!魂は彷徨い続けるというのだ!」
ざわざわ…
これから復興作業かと思っていたのに、突如不穏な話をはじめるジャンの言葉を聞いて、みんなが顔を見合わせて不安そうな表情を浮かべる。
「しかし安心しろ!その者たちの魂を!雷龍様みずから浄化し!天に送ってくれるというのだ!」
「おぉぉ……」
「雷龍様が……」
「ありがたい……」
みんな口々に感謝の言葉を述べている。
なんだろう、雷龍様がなんでそんなことしてくれるんだ?
って展開になって少し揉めるかと思ったが、そうはならないようだ。
みんながオレのことを信頼してくれているからだろうか?
有難いことだが、いや、まぁいいか、悪いことではないんだし、さくっと浄化してもらおう。
「雷龍様は!浄化の炎をもって!犠牲者たちを見送ってくださるそうだ!これから雷龍様からお言葉をいただく!心して聞くように!
雷龍キルクギオス様!どうぞこちら!」
「うむ!!」
ニコニコしながら、幼女が壇上に上がっていった。
「あれが雷龍様?子どもに見えるが……」
「いや、でも、あの角と尻尾……」
「言われてみれば威厳があるようにも……」
壇上に上がった幼女を見て、みんなはそれが雷龍様だとは思えなかったようだ。
まぁ、そうだよね、角と尻尾がなければただの褐色の幼女だもん。
「がはは!我が雷龍キルクギオスなのだ!愚民ども!平伏せよ!」
シーン……
あ、終わったわ……
オレがそう思うと同時に、
「ははぁぁ!!」
雷龍様の隣にいたジャンが膝をついた。そして、みんなの方に片手を向けて、膝をつけ、はよはよ、とジェスチャーする。
みんなはそれを見て、おずおずとジャンと同じポーズを取った。
1000人近い人間が、壇上の幼女に頭を下げる光景は、それはもうシュールであった。
「うむ!おまえらは人間にしてはイイ心掛けをしておるな!がはは!これから我が!おまえらの同胞の魂を天に送ってやる!感謝してみているがよい!」
ご機嫌な声色で言い終わった雷龍様は、「とう!」と空高くジャンプしたかと思うと、身体を光に包ませた。
そして、その光はどんどん大きくなっていき、雷龍キルクギオスの本来の姿、つまり竜の姿に変身した。
みんなの反応は、
「おぉぉぉ……」
「本物だったんだ……」
「竜が…こんな近くに…」
こんな感じだ。
上空を見上げていると、雷龍様は大きな翼を羽ばたかせながら移動していき、ウチナシーレに向かって青い炎を吹きかけ始めた。
みんなでその光景を眺める。
雷龍様が炎を吹きかけた場所は、建物などを燃やすことなく、すぐに炎は消え去った。
しかし、炎が鎮火したあと、キラキラと光の粒が現れて、天に登っていく。
「もしかして……あれが魂……」
「そうかもしれぬな……」
「ライさん…私…不謹慎かもですが…少し…いえ…」
ステラはたぶん、不謹慎だけど綺麗だ、と言おうとしてやめたんだろう。なぜなら、自然とそう思ってしまうほど神秘的な光景が目の前に広がっていた。
「うん……オレも同じことを感じた…」
でも、それを口にしてはいけない。オレもそう思って同意するだけに留める。
ウチナシーレという大きな町に残された大勢の魂たち。
それが、雷龍様の青い炎で浄化され、光の粒になって天に登っていく。
そんな神秘的な光景をオレたちは黙ってみていた。
でも、それは他人から見た感想であって、当事者たちにとっては違う意味を持つ。
「ぐす……ぐす……」
隣を見ると、リョクが泣いていた。
周りの大人たちもだ。
家族の魂とのお別れを実感し、胸が締め付けられる思いなのだろう。
「リョク……」
オレはそっと弟子の肩に手をおいた。
「師匠…僕…」
「リョク、リョクは頑張りました」
リョクのことをステラが後ろから抱きしめてくれる。
「ステラお姉さん…ぐす…ぐすっ……あ、ありがとう…ございます…」
「にいちゃん?……にいちゃん……う、うう……」
ショウもよくわからないけど、兄の涙を見て泣き出してしまう。
リョクは、そんなショウの手を強く握り、ウチナシーレを見続けていた。
ショウのことは、ティナとミリアが抱きしめてくれる。
「……ツラいけど……すごくツラいのはわかるけど……でも、生き残ったおまえたちが、家族の分も幸せになるんだ」
「はい……はい!師匠!」
雷龍様の浄化が完了するまで、ウチナシーレのみんなは、静かにその光景を見守っていた。
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