第308話 リリアーナ・クローバー

-リリアーナ視点-


 わたしは、今日、最愛の人と結婚式を挙げた。


 大好きなお母さんと大好きな家族に囲まれた、幸せな結婚式だ。


 こんな幸せな時間がわたしにくるなんて、シスターをやっていたころには夢にも思っていなかった。


 なぜなら、わたしは孤児で、自分は誰にも愛されていないんだと思っていた時期が長かったからだ。


 わたしが孤児になったのは赤ん坊のころらしい。


 わたしとその家族は、アステピリゴス教国の端っこの村に住んでいたようで、突如現れたモンスターによって、その村は滅ぼされたとのことだった。


 わたしにそのときの記憶はない。


 村が滅んだあと、そのモンスターをアステピリゴス聖騎士隊が討伐して、わたしは救出された。

 生き残っていたのは、わたしだけだったらしい。


 そして、わたしはレウキクロスまで連れてこられ中央教会に預けられた。


 わたしを育ててくれたユーシェスタは、とても厳しくてスパルタで、小さいころはすごく苦手だった。毎日毎日、シスターの仕事や回復魔法なんかを教え込まれた。


 別にシスターなんかになりたくはなかった。


 でも、こんな孤児なんかのわたしが、弱音を吐いたり、もう辞めたい、なんて言い出したら捨てられてしまう。

 そう思って、文句も言わず、涙も流さず、教会での仕事をこなしてきた。


 そしたら、わたしはいつの間にかシスターの中でも特に優秀だと言われて、褒められるようになった。少し嬉しかったけど、わたしは別にシスターになりたいわけじゃない。


 じゃあ、わたしは何になりたいんだろう。


 自問自答していたとき、中央教会で結婚式が開かれた。


 とても綺麗なお嫁さんが、旦那様とキスするところを、わたしは教会の隅からひっそりと覗き見していた。


 すごく、すごくドキドキした。


 それに、観客の人たちも新郎新婦もみんな笑顔で、ああ、ここはなんて幸せな空間なんだ、と感じた。


 わたしもあんな風に人に愛されたい。


 お嫁さんになりたい。


 そう、考えるようになった。


 だけどある日、クロノス教の上層部から指示書が届く。


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中央教会で1番優秀なシスターであるリリアーナ・クローバーを

エルネスタ王国へ派遣し、クロノス教を布教させよ。

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 そんな指示書だった。


 わたしはそれを見たとき、

 あぁ、また1人になるんだ……やっぱり孤児のわたしは幸せになれないんだ……

 そう思ってすぐに諦めた。


 でも、わたしが下を向いていると、

 ユーシェスタが……おかあさんが……見たこともないくらい怒り出した。


「こんな成人もしていない女の子を!異国の地にひとりで送るなんてどうかしてる!

 私の!私の自慢の娘はこんなところに絶対に行かせない!!」


 そう、指示書を持ってきた使者に言い放った。


 それを見て、わたしは愛されていたんだ、とはじめて実感した。


 愛されていると理解したら、すごく嬉しくて、嬉しすぎて、おかあさんに抱きついて大泣きした。


「わたしも、大好きだよ、おかあさん。大切に立派に育ててくれてありがとう」


 はじめて、本気でそう言うことができた。


 おかあさんは泣いていた。


 それから、おかあさんと2人で相談した。


 このころのおかあさんは大司教だったから、クロノス教の上層部に逆らったりしたら、教会での立場が危うくなる。


 だから、

「わたしはエルネスタへ行って、すぐにクロノス教を布教して、たくさん信徒を増やして帰ってきます」

 そう言って、旅に出た。


 町を出るときも、おかあさんは泣いていた。


「私に力がないからリリィが……ごめんなさい、ごめんなさい……愛しています……辛かったらすぐに帰ってきなさい……」

 そう言って泣いていた。


 でも、わたしは泣くのを我慢した。

 おかあさんは唯一の家族だ。

 わたしは家族のために頑張るんだ。


 そう思って、エルネスタ王国へ向かった。


 でも、たどり着いた村では、シスター服を着ているだけで気味悪がられ、クロノス教の教えを口にしようものなら怒鳴られた。


「胡散臭いことを言うな!詐欺師め!」

「金が目的なのか!」


 そんな言葉を投げつけられた。


 怖かった、辛かった。


 でも、おかあさんのためだと信じて、諦めずに頑張った。


 頑張って頑張って、村の人たちに尽くしてみた。

 いつか、心を開いてくれるかもしれない。

 だけど、いつまで経っても、誰も何も返してくれなかった。


 回復魔法をかけても、お手伝いをしても、お礼も表面上だけで、もちろん、お金も貰えなかった。


 そんな日々を過ごしていたら、やっぱりわたしは幸せになれないんだ、孤児だからダメなんだ、そういう運命なんだ、と、また諦めるような思考になり出してしまった。


 そろそろ、レウキクロスを出たときにクロノス教会から渡された資金も尽きそうだ。馬車の代金を考えると、もう帰るしかない。


 でも、布教が失敗して帰ったらおかあさんは困るかな……失望させるかな……

 おかあさんにも……嫌われたら……やだな……


 自慢の娘だって言ってくれたのに……

 結果を出せなかったら、不出来な娘だって言われて嫌われるんじゃ……


 当時はそう思ってしまった。


 今は、そんなこと絶対ないってわかってる。


 おかあさんはそんな人じゃない。


 でも、村の人たちに毎日冷たくされていたわたしの思考回路は、明らかにおかしい方向に蝕まれていた。


 そんなときに、突然教会にやってきたのがライ様だ。


 わたしの愛する旦那様だ。


 でも、あのときのわたしは、すごくよそよそしくライ様に接して、親切に食事を持ってきてくれたライ様の好意を跳ね除けようとした。


 他人に頼ってはいけない、そう思ってたんだと思う。


 そしたら、ライ様はむりやりわたしにご飯を食べさせてきて、毎日怪我をして教会に姿を出すようになった。


 最初、なんなんだこの人は、と思った。


 毎日怪我なんかしてわたしにヒールをかけさせて、そのお礼だとか言ってお金を置いていく。それに、ご飯まで持ってきて、食べなかったら教会を壊すなんて言っている。


 ……もしかして、全部わたしのためを思って?

 怪我も……わざと……?


 それに気づいたら、彼のことを見る目が変わった。


 この人は、わたしのことを心配してくれていて、頑固なわたしが罪悪感なくお金を受けとれるようにわざと怪我をしているんだ、

 それを確信したら、すごく嬉しくなって、彼のことがカッコよく見えるようになった。


 そして、ふと、中央教会で結婚式を挙げていた新郎新婦のことを思い出す。


 もしかしたら、あの人だったら、わたしを幸せにしてくれるのかな?

 愛してくれるのかな?

 なんて思うようになった。


 わたしが初めての恋を意識していたら、ある日、農民の男性に襲われそうになった。

 その人は血走った目でわたしのことを見てきて、怒鳴り散らしたと思ったら、わたしのことを女として見てきた。


 怖かった。


 女にされるなら、愛する人がよかった。


 そしたら、自然とあの人の名前を呼んでいた。


「ライさん!助けて!」


 すぐに彼が助けてくれた。


 大好きになった。


 その事件のあと、ライ様がわたしのために村の人たちを説得してくれていたと知った。


「あの子は異国の地で頑張ってるんだよ、だから優しくしてあげて」

 そう言って回ってくれていたらしい。


 すごくキュンとした。

 大好きだ、カッコいい。


 だから告白した。


 ふられたらって怖かったけど、でも、ライ様は受け入れてくれて、すごく幸せだった。


 それからわたしは、有頂天になっていたみたいで、こんな手紙をおかあさんに送ってしまった。


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ユーシェスタおかあさんへ

 わたしは大好きな人と幸せになります。

 だから、シスターは辞めます。ごめんなさい。

 大切に育ててくれたおかあさんのことも大好きです。

 いつか彼を紹介します。

              リリアーナ・クローバー

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 ……今思うと、おかあさんを怒らせて当然だ。

 もうちょっと、ちゃんと説明すべきだった。


 とにかく、わたしは手紙を書いたあと、ライ様と旅に出た。


 旅をする中で、

 ソフィアという妹ができ、

 ステラという親友ができ、

 ティナとライ様を支えようと誓い、

 コハルというほっとけないお転婆な末っ子ができ、

 ミリアという甘えん坊な子ができた。


 それに、聖剣様が実は女性で、ライ様たちの冒険者仲間で、あのとき、わたしを命懸けで助けようとしてくれたクリスさんも家族になった。


 みんなみんな、大切な家族だ。


 わたしは、いつの間にかたくさんの家族に囲まれていた。


 孤児だったわたしが、

 ひとりぼっちだったわたしが、

 幸せになれないと思っていたのに、

 今はこんなにも幸せに満ち溢れている。


 そして、憧れだったあのときの結婚式を、あのとき以上の形で実現することができた。


 夢が叶ったんだ。


 わたしは幸せになれたんだ。


 そう思うと涙が止まらなくなって、式場の扉が閉まったら、わたしはすぐにライ様に抱きついて泣きじゃくってしまった。


 ライ様はすごく心配そうな顔をしている。


 でも、

「これは幸せの涙だから大丈夫ですよ」


 そう伝えてキスをすると、ライ様も泣き出してしまった。


 わたしたちは、えんえんと抱き合ってへたり込み、その場から動けなくなる。


 それを家族たちがやってきて、なだめてくれた。


 でも、わたしにとってそれは逆効果で、今度は家族一人一人に抱きついて、わたしはまた泣き出してしまった。


 こんな幸せな時間をありがとう。


 わたしは、大好きな家族に何度もそう言っていた。

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