第292話 雷龍の訪問理由

「むしゃむしゃ!!むしゃむしゃ!!」


 クロノス神殿の立派で煌びやかな食堂の中、それに似つかわしくない咀嚼音が響き渡っていた。


 長いテーブルの1番奥、たぶん、教皇様が座るであろう上座に着席した雷龍様は、ひたすらにステラの料理をむさぼり続けている。

 両手にフォークを持ってマナーもなにもあったもんじゃない。食べかすを撒き散らしながら暴食を続けている。


 オレと妻たちはその様子を同じテーブルについて眺めていた。オレは、現実逃避にとりあえずコーヒーをしばいている。


 んー、いいかほりだっ。


「もう!もっとお行儀良く食べれないの!」


「ふがっ?ふがふが!!」


「ちょっと!汚い!!」


 追加の料理を運んできたステラが雷龍様に注意していた。小さい頃からの顔見知りとは言っても恐れ知らずな子である。


「ゴクンッ!!こんな美味いもん行儀良く食えるか!早く次を持って来い!!」


「なんで偉そうなの!」


「うるさいやつなのだ。むしゃむしゃ!!」


 雷龍様は、イヤだイヤだ、と首を振ってから、また食事を再開する。すでに20人前くらい食べてる気がするが、その勢いは止まらなかった。


「なんて下品なおねえちゃんなの……私、恥ずかしい……」


「んぐっ!?なんでだ!?我はこんなに強くてカッコいいのに!」


「だから!食べかす飛ばさないでよ!汚い!」


「うるさいやつだなぁ!おまえは黙ってメシ持ってこい!」


「こ、この……」


「ステラ、ごめんだけど、たくさん作ってあげてくれるかな?」


「ら、ライさんがそう言うなら……」


 ステラは渋々といった様子でキッチンに戻っていった。


 そして、雷龍様の食事はしばらく続く。



 途中から把握できなくなったが、50人前以上の料理をたいらげたあたりで雷龍様の食事はおわり、ポンポンに膨らませたお腹をさすって、やっと満足した様子を見せてくれた。


「美味かったのだ〜」


「はいはい、お粗末様でした」


「やはり、ファビノのメシは最高なのだ」


「ですよね〜」

 と同意しておく。


「では、本題に戻すが、ライ」


「はい、なんでしょう」


「とりあえず、おまえは我の血を飲め」


「なんでですか?」


「そのままだと死ぬからだ」


「は?」

「え?」


 全員が驚いて雷龍様の方をみる。


「おまえ、我の剣でめちゃくちゃ暴れたであろう?」


「は、はい…」


「やり過ぎだ。おまえの身体はもうボロボロだ。もうすぐ死ぬ」


「で、でも……こうして普通に過ごせていますけど…」


 オレは、腕を上げたり下げたりして、健康であることをアピールする。


「そう見えているだけだ。このままほおっておくと、おまえの身体はじきに朽ち果てる」


「そんな…」


「でも!あんたの血を飲めば助かるのよね!」


「そうだ、ソフィアはライと違って賢いな。褒めてやろう。我が眷属は賢くあるべきなのだ」


「なら早く飲みなさいよ!」

 焦り顔で急かしてくるソフィア。


 でも、オレとしては龍の血を飲む、という行為にめちゃくちゃ抵抗を覚える。


「えっと……そのー……つかぬことをお聞きしますが、雷龍様の血を飲んだら、

龍になる、とか、自我を失うとか、そういうことってないですよね?」


 こういうのってお約束でなんかリスクがあると思うのだが……


「ん?そんなことはないが……いや、たくさん飲むと鱗が生えてくるかもな?」


 なにそれキモい……


「では、ライ様の身体を治すために、雷龍様の血を飲む分には、なにも問題はないのでしょうか?」


「そうだな。……いや?たくさん飲むとアホな龍になるかも?」


「なんなのよこいつ!!ステラ!なんとかして!!」


「おねえちゃん!しっかり説明しないならもうご飯作ってあげないから!」


「ひどいのだ!!心配してわざわざ来てやったのに!我もう帰る!!」


 頭に怒りマークを浮かべて、立ち上がる幼女。


「ご、ごごご!ごめんなさい!雷龍様!この通りです!」


 ばっとテーブルに頭を下げ、そしてすばやく後ろに回り込んだ。


「肩凝ってらっしゃいませんか?お!こってますねー!お疲れのところご足労いただき!誠にありがとうございました!こんな遠いところまで眷属のために足を運んでくださるなんて、なんて優しい方なんだ!素晴らしい!そしてカッコいい!」


 めちゃくちゃ適当に褒め称える。


「お?おお。悪くないな、つづけるがよい。ライは賢くはないが眷属としての心得はしっかりしておる。ステラも見習うとよい」


 雷龍様は悪くない様子で機嫌が回復した。


 オレが目配せすると口を閉じるステラ。


「……」


「えーっと……それでは整理しますと、今回、ライ様の身体を治す分の血の量でしたら、ライ様に異変はないはずだということでよろしいでしょうか?」


「そうだな」


「では、飲ませていただいた方がいいのではないでしょうか?」


「そうだよね、うん、そうしよう。死にたくないし」


「雷龍様、よろしければ血の方を頂戴してもいいでしょうか?」


「うむ、そのために来たのだしな。有り難く飲むがよい」


「ちょっと、さっきみたいにドバドバ出さないでよ。はい、このコップに入れて、おねえちゃん」


「人間はめんどくさいのう……」


 雷龍様はイヤそうにしながらも、ワイングラスに自分の血を注いでくれた。一杯分並々に注いだ後、また傷口をなめて止血する。


「ほれ、飲め」


「ありがたく、頂戴致します」


「一応言っておくが、もう我の血はやらんぞ。アホになっても困るしのう」


「ははぁ〜」


 オレは深々と頭を下げながら口元にグラスを近づけていく。


 く、くさい……


 血特有の鉄臭さと、獣のような臭いがする。

 こんなん飲んで大丈夫なのか?と不安になった。


 でも、躊躇してたらまた雷龍様がキレ出す気がしたので、神妙な顔をして飲ませてもらうことにした。


 口をつけ、雷龍ブラッドが喉を通過する。


 ま、まずい……


 心の中で叫び続ける。

 ゲロまず!!吐き出したい!!


 でもそんなことしたら絶対ぶっ殺される!!ああ!ままよ!


「んぐっんぐっんぐっ!」


「よい飲みっぷりだのう。いい子なのだ!」


 飲み切ったところで、目の前の幼女が突然褒めてきて、無邪気な笑顔を向けてくる。ふいのことだったので、少しこう思ってしまった。


 か、かわ……


 いやいや!この人はドラゴンやで!と、考えかけたことぶんぶんと頭を振って消し飛ばした。


「ふう……ありがとうございました」


「ねぇ、大丈夫なの?鱗とか生えてきてない?」


「うん、今のところなにも……」


「体力が回復したとか、そういう感覚はあるのでしょうか?」


「えーっと、特に変化は感じないけど……」


「実感することはない。緩やかに回復に向かうだろう。ゆっくり治さねばならぬのだ。人間は脆いからのう。そうだな、半年は戦うことを禁止するのだ」


「半年もですか?」


「なんだ?我の言うことが聞けないのか?」


「滅相もございません!」


「うむ、よい。では、我の用はこれで済んだしのう。帰るとするか」


 席を立つ雷龍様、それを見たステラが、


「……もう、帰っちゃうの?」


「なんだ?寂しいのか?ステラよ」


「べ、べつに……もう少しいたら、ここにいる間はご飯作ってあげるけど、って思っただけで」


「そうかそうか!ではもう少し滞在してやろう!がはは!」

 ということで雷龍様の滞在が決まった。


 え?この人の相手誰がすんの?


 ……ステラに任せるか


 オレは思考停止して、自分の席に戻り、コーヒーカップを手に取った。


 んー、いいかほりだっ。

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