第259話 リリアーナ・クローバーとその家族

 中央教会に到着した。


「よし、いくか。みんな、さっき話した通り、リリィのために頑張ってユーシェスタさんを説得しよう」


 オレはみんなの顔を見る。全員が頷いてくれた。


 オレは、朝食のとき、みんなにこう説明した。


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リリィが結界魔法をいつまでたっても習得できないと、リリィはオレたちに負い目を感じていつまで経っても暗い気持ちのままだ。


だから、早くリリィには納得いく力を手に入れてもらって、いつものリリィの笑顔がみたい。

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 そんな感じだ。


 なぜリューキュリアの食糧問題に取り組んでいる今、そんなことを?

 と思われたかもしれない。


 これは、攻略さんのアドバイスを遂行するための唐突な提案だった。


 だけど、オレの真剣な表情に、みんな喜んで協力すると言ってくれた。


 よし、回想終わり。


 オレは意を決して、中央教会の中に入る。


 中に入ると、相変わらず立派な内装で天井の絵画やステンドグラスが美しかった。いくつも並んでいるベンチの真ん中を通って、正面の祭壇へと進む。


 目的の人物はそこで祈りを捧げていた。他には誰もいない。


「……」


 オレたちが近くまでやってきても、ユーシェスタさんは黙って祈り続ける。


 オレがそれを真似して祈りはじめると、みんなも同じように祈りを捧げてくれた。


「……クロノス教に入信したのですか?」


 ユーシェスタさんが目を開けて、オレたちに向き直って話しかけてきた。


「いえ、そういうわけではありませんが、神様にはいつも敬意を払っているつもりです」


「そうですか、それはいい心がけですね」


「ありがとうございます」


「それで?今日は何用でしょう?私個人としては、娘を危険な場所に連れて行く方とは、話したくないのですが」


 おおう……やっぱり昨日の今日か。

 めちゃくちゃ睨まれてしまう。そうだよな、怒ってるよな。ユーシェスタさんの反対を押し切ってリリィを連れ出したんだもんな、異教徒たちの元へ。


「えっと…昨日のことはすみません。失礼な態度をとってしまいました」


 ペコリと頭を下げる。


「謝るくらいなら、やらないでください」


「いえ、すみません。態度のことは謝ります。でも、やっぱり苦しんでる人たちを助けに行ったのは間違ってなかったと考えてます。それは、理解してもらえませんか?」


「……向こうに敵意が、非がなかったとしたら、理解を示すことはできたでしょう」


「じゃあ……」


「しかし!現状ではあなたの証言しか判断するものがありません!それをどう信じろと言うのですか!」


 少し声を大きくするユーシェスタさん。


 彼女の意見はもっともだった。オレたちが、リョクたちにご飯を与えていたなんて話、ユーシェスタさんは昨日はじめて知ったことだ。それが本当のことか否かなんて、判断できないだろう。


 もちろん、リューキュリア側に敵意がない、なんてことはユーシェスタさんには知る由もない。


「それは、すぐに信じるのは難しいと思います。だから、いつか子どもたちを紹介します。すみません、今はオレたちを、リリィの家族であるオレたちのことを信じてください」


「家族……」


 ユーシェスタさんは家族という言葉に、神妙な顔になった。


「……リリィの家族は、私と教会だけだと、そう思っていました。だから…いつか、リリィのことを娶る方が現れるまで、立派なシスターに育てよう、そう思って私はリリィを厳しく育てたんです」


「……」


 黙って彼女の言葉を聞く。


「あなたたちがリリィの家族だと言うのは、勝手です。しかし、私はまだ認めていません。リリィの家族として、母親として、あなた方を見定めさせてもらいます」


「それは、もちろんです。オレたちもユーシェスタさんから無理やりリリィを奪いとるつもりなんてありません。ちゃんと認めてもらって、ちゃんと家族になりたい。もちろん、あなたとも」


「……」


 黙ってオレたちを見つめるユーシェスタさん。しばらく沈黙が続いた。


「いいかしら?わたしから話すわ。わたしたちがリリィのことを大切に思ってるってわかればいいんでしょ?」


 沈黙を破って、ソフィアが話し出した。


「わたしがリリィと出会ったのは、冒険者の町オラクル。

 最初、わたしは冒険者として上手くやっていけなくて、どんな人にも悪態をついて、嫌われていたわ。でも、そんなわたしにすっごく優しくしてくれたのがリリィよ。リリィはわたしのことをすごく気にかけてくれて、面倒を見てくれて、でも、悪いことをしたら叱ってくれて……

 なんていうか、お姉ちゃんみたいだな……って思ってるわ。わたしはそんなリリィが大好きよ。だから、リリィのお母さんであるあなたもきっとすごく優しくて、大好きになれると思う。

 ……だから、わたしたちのこと、認めてください」


 ぺこりと、ソフィアが頭を下げる。


「……」

 ユーシェスタさんは何も言わない。


「では、次は私から。え〜っと、私がリリィをどう思っているかっていうと~…そうですね~……頑固者!自分の意見を曲げない頑固者です!

 でもですね。それがあの子の良いところで、芯が通ってるんです、あの子の言うことは。だから、ちょっとムッとするときもありますけど、ちゃんと意見を聞くと、あぁ、正しいことを言ってるな、良い子だなぁって思うんです。

 えっと?なにが言いたいんでしたっけ?とにかくですね!私はリリィが大好きです!

 はい!じゃあ次はティナ!」


「わ、わしか?うむ…わかったのじゃ。

 そうじゃな、リリィとは、わしとわしの仲良くしておった子どもたちが奴隷にされていたころに出会った。わしたちは、ここにいるライと仲間たちによって救われたのじゃが、リリィは子どもたちの面倒をよく見てくれてのう。とても、とても優しくて慈悲深いおなごじゃと思った。

 その印象は、今もずっと変わっておらぬ。リリィは心の綺麗なおなごじゃ。わしはそんなリリィが仲間として、家族として大好きじゃ」


「……」

 ユーシェスタさんはオレたちの言葉を黙って聞いてくれていた。


「ボクはね!工匠の町デルシアってところでリリィと会ったんだ!

 ボクもソフィアと似た境遇で!いや……もっと酷かったかも……ボクの場合は、仲間に裏切られて他人が信じられなくなってたんだ。

 でもね!そんなボクにリリィは一生懸命話しかけてくれて!ぜんぜん喋らない、暗い顔をした、嫌な顔をしたボクに話しかけ続けてくれたんだ!なんどもなんども!それにね!ボクがなかなか意見を言えないときなんかは手を握ってくれて!一緒に話してくれるんだ!

 うん!ボクにとってもリリィはお姉さんで!ちょっとお母さんっぽいかな!なんて思ってる!あ!もちろん大好きだよ!

 じゃ!次はミリアだね!」


「……ミィはね…リリィちゃんのこと大好き…です…

 いつも優しくて…あったかくて…た、太陽みたいな女の子…だなって…ミィも、リリィちゃんみたいになりたいって…いつも思って、ます…

 リリィちゃんは…こんな…ハッキリと、しゃべれないミィのこと…すごく気にしてくれて…ぽかへいにも…優しくしてくれます…

 あっ…ぽかへいっていうのはこの子…です」


 ぶんぶんと抱き抱えられたぽかへいが手を振る。


「リリィちゃんは…優しくって…みんなのことがだいすきで…ミィたちにとって…かけがえのない人です…

 だから…リリィちゃんを助けてください…お願いします」


「……助ける?リリィを?一体なんのことでしょう?」


 ここで、ユーシェスタさんがはじめて反応を見せた。ミリアの言葉に気になることがあったようだ。


「あ、あにょ……」


「あ、オレが説明します。ありがとな、ミリア」


「う…うゆ…」


「それで?助けると言うのは?」


「今日ここに来たのは、ユーシェスタさんに結界魔法の修行をリリィにつけて欲しくて、そのお願いをしに、みんなで来たんです」


「なるほど、そのことですか。しかし、それとこれとは話が違います。そうですね、まずはあなたの話を聞きましょうか。もちろん、あなたもリリィのことを愛してるはずですよね?誰よりも。

 その話をまずは聞きます」


「わかりました。オレがリリィと出会ったのは、小さな農村でした。リリィがクロノス教を布教するために派遣されていた小さな村です。

 はじめて教会でリリィをみたときは、リリィは教会に作った小さい畑に水をやってました。彼女はとてもキラキラしていて、すごく綺麗な子だと思いました。正直、ひと目見たときから、恋をしました。

 でも、最初はぜんぜん仲良くなれなかった。リリィは村の人と上手くいかなくって、虐げられいて、満足にご飯を食べれてなかった。だから、オレが食事を持って行った。でも、リリィには「受け取れません」って断られました。オレはリリィとケンカをしました。

 「この頑固者!」って怒鳴って、「教会を壊されたくなかったら今すぐ食べろ!」って脅して、無理やりご飯を食べさせました。リリィはめちゃくちゃ怒りました。

 たぶん、最初は嫌われていたと思います。でも、それでも良かった。虐げられていても、自分の使命のため自分が決めたことをやり通す彼女と、彼女のその意志が、すごく美しく見えたんです。そんな彼女のことを助けたかった。

……オレは、リリィのことを1人の人間として尊敬しています。それはあのときから変わってない。そして、一緒に過ごす時間が増えて、どんどん愛情が深まっているのを感じています。

 オレは、リリィを愛しています。

 誰よりも誰よりも愛してると、自信を持って誓うことができます。

 命をかけて、彼女を守ります。

 彼女のことを幸せにします、絶対に。絶対に泣かせません。

 だから、大事な娘さんをオレにください。お願いします」


 オレは頭を下げる。


 みんなもそれに合わせて、頭を下げてくれた。


「……」


 ユーシェスタさんはなにも言わない。

 ダメ……だったのだろうか。


「、、わかりました、あなた方の気持ちは」


 ユーシェスタさんの声を聞いて、頭をあげる。


「それじゃあ……」


「しかし、修行をつけるかどうかは別の話。結界魔法はクロノス教の最重要機密です。クロノス教を捨てた背信者には到底教えることはできません」


「そんな……でも、リリィは……」


「ですので、リリィは今日からクロノス教のシスターとして、もう一度見習いからやり直させることにします」


 オホンッ、と少し照れくさそうに咳払いをするユーシェスタさん。


「え?それって?」


 オレは、その仕草に期待してしまう、みんなも同じように感じたのだろう。


「やったわね!なによもう!やっぱり似たもの頑固親子なのね!」


「あはは♪ソフィア、そんなこというとやっぱりやめたって言い出しますよ♪なんせ頑固ですから♪」


「ふ、ふたりとも…だめだよ…怒られるよ?」


「なになに?解決したの?ボクにもわかるように話してよ!」


「つまりじゃな!母上殿はリリィに修行をつけてくれるということじゃ!」


「ホントに!?やったー!!」


 みんながはしゃいでいても、否定しないユーシェスタさんを見て、問題が解決したのだと実感する。


「ははは……」


 オレはなんだか気が抜けて、ベンチの縁に手を置いてもたれかかった。


「…なんですか、情けないですね。先ほどまでの啖呵は男らしかったというのに」


「すみません……正直心臓バクバクで」


「そんなに私は怖いですか?」


 正直めっちゃこわいです、とは言えない(オレは)。


「こわいわ!」

「こわいですね!」


「……この子たちは先ほどから失礼ですね。リリィの家族じゃなければ、尻を叩きたい気分です」


「あ、叩いてもらっていいですよ。オレが見てる前でしたら、どうぞどうぞ」


「なんですか、あなたは、変態ですか……気持ち悪い」


「こやつは、変態でスケベじゃ。でもいい夫じゃ、だいたい、ほぼほぼは」


 ティナがフォローなのかなんなのかよくわからないことを言う。


「……はぁ……お昼ご飯食べていきますか?そろそろリリィも買い出しから帰ってくるでしょう」


「いいんですか!ありがとうございます!」


「リリィの実家の料理楽しみね!」


「あ!私、お手伝いしま〜す♪」


 オレたちはユーシェスタさんに案内されて、和気あいあいと教会の奥の食堂に向かう。


 そんな様子を、こっそりと見ていた人影が1人、教会の扉の後ろで息を潜めていた。


「………ぐすっ…ぐすっ……みんな…わたしも…大好きです…」


 このとき、金髪の優しいシスターが涙を流していたのは、本人しか知り得ぬことだった。

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