第256話 母親の顔
「本当にありがとう」
テントに戻ったオレたちは、ジャンに頭を下げられていた。
「いえいえ、丸く収まってよかったですね」
「ああ、それに、司祭たちと和解できたのも大きな収穫だ」
とジャンが言うのは、特にあのマガティヌス大司祭のことだろう。
マガティヌスは、民衆全員に食事が行き渡るまでは一切食事を口にせず、全員に行き渡ったのを自分の目で確認してから、最後の最後に食事を口にしたのだ。
そして、他の民衆同様、いや、それ以上に泣きながらステラの料理を夢中で食べていた。
「こんなに美味しい食事ははじめてだ…」
泣きながらそう言うあいつを見て、オレの溜飲が下がったのはついさっきのことだ。
なぜなら、エポナ様大作戦の前、あいつはステラのご飯を「汚れたもの」なんて言いやがったからだ。
非常時じゃなかったらボコボコだかんな?
「それにしても、あのマガティヌスとかいう人、自分はちゃっかり食事取ってたりしなかったんですね。元気そうにみえたから、口だけの悪いやつかと思ってたのに」
「そうだな、俺も同じことを思っていた。しかし違った。あいつは強靭な精神力で耐えていただけで、民のことを思う気持ちは我々と同じだった」
「ま、信仰心は行き過ぎてますけどね」
「ああ、そこは今後も苦労しそうだ」
ははは、とオレたちは笑い合う。
「それじゃ、食糧はサンディアたちに渡したし、料理のレシピは一応メモとして残しておいたので、オレたちは帰りますね」
「あぁ、本当にありがとう、この恩は必ず返させてくれ」
「まぁ、好きでやってることなので気にしないでいいですよ。そもそも根本的には解決してませんし」
「そうだな……」
「また、様子見に来ますよ」
「あぁ、すまない。あ、それならば、これを」
ジャンはポケットからコンパスのようなものをオレに渡してきた。
「これは?」
「俺のいる場所に導いてくれる魔道具だ」
あぁ、リョクが持ってたものと同じか。
「ありがとうございます。では、お借りしておきます」
「いや、こちらこそありがとう」
何度目かの感謝の言葉の後、オレたちはテントを後にした。
テントを出て、ティナが民衆に見つからないように森の中でリョクたちに挨拶だけして、レウキクロスに向かって歩き出す。
「町には入れるでしょうか」
「どうなんだろーねー、正門は閉鎖されてるかも?」
「そしたら、森の入り口あたりで野営ね」
「そーだねー」
「ライさんライさん、私もお姫様抱っこして欲しいです!ソフィアだけずるいです!」
「あんたは歩けるでしょ」
「でも!私もお料理で疲れました!」
「うーん……ステラ、今はごめんね?ソフィアも頑張ったから」
「しゅーん……」
「明日!町についたら!抱っこしてあげるから!」
「うふふ♪それどういう意味ですか?♡」
「え?あー、そっちでもいいの?」
「もちろんです♪」
ステラの素敵な提案にワクワクしてくる。
「……ちょっと、当たってるんだけど?盛り始めないでよね、まったく」
「ご、ごめんなさい」
主張を始めたオレに胸元のお姫様が不機嫌になる。
「……わたしも参加するわ」
わぁーい!!
オレの頭はハッピーになって、ソフィアにチュチュっしながら帰り道を歩いた。
♢♦♢
「やっぱ閉鎖かぁ…」
レウキクロスの正門につくと、10人以上の聖騎士が警備していて、誰も通さない、と言わんばかりの顔で睨まれた。
「こりゃテントで寝るしかないかなー」
そう思って踵を返そうとすると、
「あの者たちは大丈夫です!私の娘とその家族です!」
正門の方から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「お母さん……」
よく見るとユーシェスタさんであった。
「しかし、ユーシェスタ様……これはシンラ様からの命令でして……」
「では!同じ地位の私にも従いなさい!」
「は、はっ!」
そんなやり取りの後、オレたちは無事町の中に入る。
「リリィ!怪我はありませんか!?」
ユーシェスタさんは大層心配だったのか、すぐにリリィのもとに駆け寄ってきて、娘の無事を確認する。
「はい、おかあさん、大丈夫です」
「心配させないでください!」
「ごめんなさい……」
「本当に、無事でよかった……」
ユーシェスタさんがリリィを抱きしめる。
心温まる光景だな、そう思っていると、
キッ!
およ?
リリィから離れたユーシェスタさんがオレのことを睨んでこちらにやってきた。
「なんなのですか!あなたは!」
「へ?」
「娘のことを大切に思うなら!危険なところに連れて行かないでください!」
「あ、あの……」
「これだから冒険者なんて!リリィ!行きますよ!今日はうちに泊まりなさい!」
「えっと……お母さん?」
「あなたの部屋はずっと元のままにしてあります!いいから来なさい!」
ユーシェスタさんがリリィの手をグイグイと引く。
「えーっと……あなた?」
「うん、今日はそちらで泊めてもらって?」
「はい、ありがとうございます」
困り顔のリリィは少し笑って、ユーシェスタさんに連行されていった。
オレ自身は嫌われたみたいだけど、リリィに対してはずいぶん砕けた態度になったのが、すごく嬉しかった。
「邪魔者がいなくなりました♪」
およ?
「わしも…ご褒美もらってもいいと思うのじゃが…」
「わたしだって、がんばったんだから…」
わくわく。
3人にすごく求められてしまう。もちろん答えないわけがない。
オレは急いで宿に戻って、本日の労いの気持ちをめいいっぱい表すことにした。
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