第255話 避難民に食事を与えるために
「ざわざわ」
民衆たちがステラが作る料理の周りに集まってきていた。
その様子を木の裏に隠れて覗き見る。
ステラたちの周りには、パニック防止のために騎士たちで囲んでもらい、近づけないようにしてもらっている。
ステラは何個も並べた大鍋の間を忙しそうに行き来していて、コハルとミリア、リリィはその補佐をつとめているようだ。
ステラは、シチューを作っていて、こちらまでクリームのいい匂いがただよってきている。
「ざわざわ」
民衆たちもその匂いにつられてどんどんと集まってきていた。
「皆のもの!よく聞け!」
そこにジャンが大きな声で声をかける。
「この度!慈悲深い冒険者の方々が!我々に食糧を寄付してくれた!全員に行き届く十分な量がある!焦らず!順番に受け取るように!」
「おおぉぉぉ……」
民衆たちの力ない歓声が聞こえてきた。叫ぶ気力もない、そんな様子だ。
「待て待て!寄付とはなんだ!料理とは!」
民衆たちをかき分けて、サンディアと同じ司祭服、いや彼らより少し豪華な司祭服を着た60代くらいの男が前に出てきた。
「マガティヌス大司祭、何用か!」
ジャンがそいつを黙らせようとしている。そうか、民衆を先導して肉を食わせないようにしてるのはアイツが筆頭なのか、と思い当たる。
「貴様らが勝手なことをしておるからだ!なんだこの料理は!見せてみろ!」
騎士たちをかけわけて、マガティヌス大司祭はステラの料理に近づく。
「肉が入っているではないか!食べてはならぬ!エポナ様への背信だ!」
それを聞いて、民衆はガッカリと下を向いた。
「今は非常時だ!食べねば飢えて死ぬ!なぜわからぬのだ!」
ジャンは怒りをあらわにしながら、そいつを黙らせようと叫ぶ。
「黙れ!モンスターの肉を食って生き延びている邪教徒どもめ!恥を知れ!」
「エポナ様は民の命を蔑ろにはせぬ!非常時はお許しになるはずだ!」
「貴様になにがわかる!皆のもの!邪教徒の言葉に惑わされるな!エポナ様は信仰を捧げていれば必ずお救いの手を差し伸べてくださる!それまでの辛抱だ!信仰を強くもて!」
「神は食事を与えてはくれぬ!!」
「なにを!!この罰当たりの邪教徒が!!その口を閉じろ!!」
「うーん……こりゃダメそうだな」
「はい……」
サンディアに声をかけてから。
「はじめよう」
みんなに目配せする。
♢
「皆のもの!解散!解散だ!このような汚れたものは口にしてはならぬ!」
ゴロゴロゴロゴロ。
「……なんだ?」
「空が……」
あたりを暗雲が囲い出す。月が隠れ、空からの光が失われた。そして、雲はビリビリと紫の光を発し出す。
ガガーン!ガーン!!
何本かの雷が周囲に落ちだした。
「ヒッ!祟り!祟りだ!」
「紫の雷……エポナ様がお怒りなのだ……」
「ひ!避難しろー!」
しかし、雷はあたりを覆いこむようにして落ち続け、逃げることを許さない。
ガガーン!!!
そこに一際大きな雷が、近くの巨木に落ち、その木をメラメラと燃やし出す。
「祟りじゃ……わしらが背信したから……」
「お助けを……エポナ様……」
民衆たちは足をとめ、その様子を呆然と眺めていた。
サァー。
炎に包まれていた巨木の頭上に、どこからともなく水源が現れ、炎を消し止める。そして、光が集まってきて、燃えたはずの木の葉が再生を始めた。
「なにが……」
「お、おい……あれ……」
何人かがその巨木の上にいるものに気づき、指をさした。
「そんな……まさか……」
「……エポナ様?」
ティナが巨木の上に浮いていた。
サンディアに用意された白装束に身を包み、右手には豪華な祭杖を握っている。
「キュー……」
「おっと…」
暗雲が晴れると同時に、オレの隣のソフィアがこちらに倒れ込んでくる。神級魔法を1日に2回も打った代償だ。
「おつかれ、ありがとな、お姫様」
オレはソフィアの頭を撫でて、胸の中に抱き寄せた。
もう一度ティナの方を見る。
巨木の木の葉が完全に再生され、ティナが少しずつ地面に降下していくところだった。ティナの後ろには後光が差している。
そして、そっと地面に降り立った。
ティナは裸足だ。
その足がついた地面の周りは草花が咲き出す。
一歩、また一歩、歩くと、ティナの足元には草花が咲き誇った。
後光も相まって、とても神秘的な光景だった。
なにより、その容姿がエポナ様に瓜二つだからだろう。
さっきまで騒いでいたマガティヌス大司祭を筆頭に、全ての人間が膝をついてティナを崇めていた。
ティナは、ゆっくりとマガティヌスの前に移動する。
「え……エポナ様……なのですか?」
マガティヌスは頭を下げたまま、大量の冷や汗をかいて声をかける。
「なぜだ」
「え?」
「なぜ、民に食事を取らせぬ」
「そ、それは……エポナ様への、背信……で……」
「私のために民を殺すのか?」
「そんな!滅相もございません!殺すなどと!」
「では、皆に食事をとらせよ」
「しかし……大地の女神様であるエポナ様を崇める我々は……大地から得たものしか……口にしてはなりませぬ……」
マガティヌスはダラダラと汗を流しながらも、反論する。
「そなたの信仰心、私は見ておった」
「……」
「長い間、そなたの祈りは届いておったぞ」
「……うっ……」
おっさんが泣いていた。
「しかし、私は民の命をなによりも大事にしておる」
「……」
「今は、教えを破ることを許そう。そなたたちが、また安心して暮らせるときが来るまで」
「……は……はっ!!ありがたき!!お言葉を!!ありがとうございます!!」
バッ!とマガティヌスが平伏する。
民衆たちもそれに習った。
「皆のもの、生きろ。生きて、私にその姿を見せてくれ」
ティナは最後にそれだけ言って、空に向けて浮遊し、姿を消した。
「うっ……うっ……」
おっさんはまた泣き出した。
「…マガティヌス、良いな?」
ジャンが大司祭の肩に手を置いて許可を求める。
「あ……あぁ……す、すまなかった……みなに、食事を……」
「大司祭の許可が出た!なにより!エポナ様からのお言葉を忘れるな!皆のもの!食事だ!」
それから、騎士たちが列を整備して、ゆっくりと食事が振る舞われることになった。
♢
「うまくいったな」
「はい、素晴らしい演説でした」
「なによりも美しかったです!」
「この世のものとは思えませんでした、本当にエポナ様ではないのですか?」
「恥ずかしいのじゃ……」
オレたちの元に戻ってきて、いつもの服に着替えたティナをサンディアたち司祭3人衆が褒め称えている。
この3人は、ティナのエポナ様演出でひっそりと働いていた。後光担当、草花担当、浮遊担当、だったそうだ。
とにかく、ニッコニコで、オレの奥さんの周りを取り囲んでいる。
「おい、この子はオレのだから、近づくな」
イラついて、ずいっと、割って入る。
「……その格好で言われてもイマイチときめかぬな」
オレは、ソフィアをお姫様抱っこしていた。
だから、ティナは微妙な顔をしている。
せっかく男どもから助けに入ったのに……
「ねぇ、わたしも微妙な気分になるんだけど?」
胸元のお姫様からも苦情がくる。あぁ、本音でしゃべってるだけなのに、なんで怒られるんだ。
「とにかく、うまくいってよかったのう。みな、美味そうに食べておる」
ティナがそう言うので、木の影からステラたちの方を見る。
3つの大鍋にそれぞれ列が出来ていて、食事を受け取った人たちは、みんな笑顔だ。
シチューを口にした人たちは、ほとんどが涙を流している。本当に極限状態だったんだろう。
しかし、1000人近くもいる人たちには中々いき渡らない。長蛇の列だ。後ろの方にいる人たちはフラフラしていて、立っているのも辛そうに見えた。
「わたしたちも手伝いましょ」
「え?でも、もう疲れたでしょ?ソフィアたんは休んでていいよ?」
「重力魔法くらいなら余裕で使えるわ」
「そう?そうなの?じゃ、じゃあ」
「では、わしも」
よっこいしょ、と腰をあげて出ていこうとするティナ。
「いやいや」
「いやいや」
全員が首を振る。
「ここでティナが出てったら混乱しかおきないよ」
「そうかのう?」
首を傾げるティナ。
あれ?慣れない演説で頭疲れちゃったのかな?
「……リョク、ショウ」
「はい!」
「はぁい!」
「ティナお姉ちゃんを見張ってて」
子どもたちを呼び寄せて、ティナを監視させることにした。ティナはニコニコとショウと遊び始めたので、人前に出て行くことはなさそうだ。
子どもたちにティナを任せて、オレとソフィアも手伝いに向かおうとする。サンディアたちはすでに大鍋の前で配給を手伝っていた。
「じゃあ行こっか」
「うん」
「あ、これ、膝にかけてね」
「ブランケット?別に寒くないわよ?」
「おパンツ見えちゃうじゃん、ソフィアのおパンツはオレだけのものだから」
お姫様抱っこされているソフィアのスカートは短くて、膝裏を持っていると角度によってはモロ見えだった。
「…変態」
「そうだが?」
「…わかったわよ…」
ソフィアはなぜかイヤそうにブランケットを受け取り膝にかけた。
「じゃあ、いこっか」
「うん」
オレたちはステラたちの元に向かうと、ソフィアが10個以上の器を重力魔法で浮かして、それにシチューを注いだ。
オレは、ソフィア姫を抱っこしたまま、列の後ろの方に歩いていき、ソフィアの頭上をフワフワと浮いている器を子どもや老人を優先して渡して行く。
ソフィアを抱っこして、何往復かしていると、
「あぁ、魔女様」
「綺麗なお姉ちゃんありがとー!」
「なんて愛くるしい魔法使いなんだ…」
という声が聞こえてくる。
そりゃソフィアは可愛いけど、オレのだからジロジロ見ないで欲しい。
オレはソフィアを一度下ろし、膝のブランケットを腰にグルグル巻きにしてから、もう一度抱き上げた。
よし、これで完璧だ、オレのソフィアたんの足は誰にも見せない。ソフィアの防御力をしっかりと確認してから、また運搬作業に戻る。
しかし、また、
「可愛らしい魔女様だ」
「Oh……キュート……」
なんて声が聞こえてきてイライラする。だから、オレのソフィアたんをジロジロ見るな。
「なぁに?嫉妬してるの?」
「嫉妬とかじゃないし、ソフィアはオレのだから、別に平気だし」
「なによ?素直じゃないわね。あー、可愛い可愛いって言われたら、わたしも心変わりしちゃうかもねー?」
「……うぅ……なんでそんな酷いこと言うの…」
「ふふ、かわいいじゃない♪いじめがいがあるわね♪」
クソガキにからかわれてしまった。
イラムラしてきたので、後でお仕置きしてやると心に誓う。
そんなことを考えながらも作業を続け、避難民全員への食事の配給は1時間ほどで完了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます