第253話 リューキュリアの騎士団長と司祭
テントの中に入ると、中は明るく照らされていて、正面には四角い机、その向こうに立派な鎧を着た大男が立っていた。
ジャン・フメット騎士団長その人である。
「貴様、いや、貴殿はあのときの……それに…エポナ様…」
ジャンは、ティナの姿を見た途端、片膝をつき頭を下げた。
「あ、この子はエポナ様じゃないんです。オレの妻、ティナルビア・ノア・アスガルドといいます。容姿がエポナ様にそっくりらしいですね」
「……なんと…そのようなことが…」
「こやつの言う通りじゃ、じゃから頭を下げるのをやめてくれぬか?」
「は、はい……わかりまし…わかった」
ジャンは立ち上がり、改めてオレたちを見る。
「リョク、ショウ、おまえたちが連れてきたのか?」
「は、はい、父さん…すみません…」
「あ、こいつらにお願いしたのはオレです。怒らないでやってください」
「いや……そうだな……リョク、ショウ、疲れただろう。ユウ、2人を連れて休んでいてくれ」
「はい、父上、失礼します」
ユウがおじぎをして、2人を連れてテントから出る。
「改めて、息子を、息子たちを救ってくれて、感謝する」
今度はオレに向かって、立ったまま頭を下げてくれた。
「いえ、好きでやったことですので」
「そうか、ありがとう」
やはり、ジャンという男は家族思いで、話が通じる人物のようだ。
改めてその姿を観察すると、片目が刀傷で塞がってるし、オレより一回り大きくて筋骨隆々で厳ついのだが、人は見かけによらないのだろう。
「それで、なにか用があって来たのだろうか?それとも、2人を送り届けてくれたのか?」
「一応、用はあるのですが、その前に確認させてもらいたいことがあります」
「なんだ?」
「今日の戦闘はなんだったんですか?」
その回答次第では、オレたちの対応は変わる。もし、略奪目的でレウキクロスに来たのだとしたら、支援をするつもりはない。
「今日の戦闘は……過去の因縁からくるものだろう……」
「えーっと、歴史的な話は置いといて、あなた方は何の目的でレウキクロスに行ったんですか?」
検討はついているが確認する。
「食糧を、分けてもらうためだ」
「無理やり奪おうとしたんですか?」
ジャンはゆっくりと頭を左右に振る。
「最初、門兵に事情を話したときは良かったのだ。若い門兵は好意的で、すぐにクロノス神殿に連絡すると言ってくれた。しかし、その後やって来た神官たちが、問答無用で攻撃してきたのだ」
「なるほど。そして、それに聖騎士たちも加わった、と」
「ああ、その通りだ」
「リューキュリア側は攻撃しましたか?」
「いや、攻撃はさせていない。連れていったのは我が部隊の騎士たちだけで、事前に厳命してあった」
「そうですか。………あなた方の被害を聞いても?」
「……死者が3名……怪我人が12名だ…」
「そうですか……」
やはり……こちらには被害が出ていたか……
それはそうだろう。殺意満々の相手に防戦一方だったのだ。むしろ、よくそれだけの被害で抑えたと褒めてもいいのかもしれない。
「怪我人の治療は足りてますか?」
「いや…神官たちの疲労が激しく…誰も回復魔法を使えない状態だ…」
「では、うちの女神様が手伝います」
「女神様?しかし、エポナ様ではないと…」
「ライ様…」
リリィが恥ずかしそうにする。
「あ、すみません。うちのシスターが回復魔法で治療します」
「そちらの方が?しかし、クロノス教なのでは…」
やはり、エポナ教とクロノス教には確執があるのだろう。ジャンは心配そうな顔する。
しかし、
「クロノス教は、誰にでも平等に慈悲を与えます」
リリィは、一歩前に出て力強い目で答えてくれた。
「そうか、かたじけない、頼む」
ジャンはまた頭を下げる。
「では、ユウに案内させよう。ユウ!」
「はい!父上!」
ジャンが大きな声で呼ぶとすぐにユウがやってくる。
「怪我人のところへ、こちらのシスター様をご案内しろ!」
「はっ!承知しました!こちらへどうぞ!」
「コハル、ステラ、リリィの護衛を頼む」
「わかった!」
「わかりました♪」
エポナ教徒の中にリリィを1人で向かわせるのは不安だったので、前衛の2人に同行してもらうことにした。
ユウが3人を連れてテントから出ていく。
「息子たちだけでなく、我が騎士たちにも、かたじけない」
「いえ、いいんです。ところで、食糧って全然ないんですか?」
「ああ……もう底をつきた」
「リョクたちにも言ったんですが、モンスターの肉を食う気はないんですか?」
「……騎士たちには、食わせている」
「それはどういう?」
「騎士の中にも信心深い者はいる。しかし、俺の命令で無理やり食わしている。食わなければその場で処刑すると言って」
「なるほど。で、他の人は?」
「食べぬのだ……」
「ほう、騎士団長のあなたが言っても?」
「司祭どもが、民衆を先導していて、手がつけられぬ」
「うーむ、それって、エポナ様の権威を使えば説得できますかね?」
「なに?それは?」
「ここにいるティナはエポナ様そっくりなんですよね?そのエポナ様に食えって言わせるとか」
「それは……いや……たしかに……」
ジャンは片方の肘を抱えて顎を触り、考え込む。可能性はあるが難しいかもしれない、そんな顔だ。
騎士団長がどうにかできないなら、司祭の方に協力してもらうしかない。
「司祭の中に、話が通じて、アステピリゴスに恨みを持ってない若い奴っています?あ、できれば、それなりに影響力があるやつがいいんですが」
「なに?いるにはいるが……」
「じゃ、その人呼んでもらえません?とりあえず、食糧問題をどうにかしましょう」
「わ、わかった、少し待ってくれ」
今度はジャン本人がテントを出て、外にいる護衛らしき人物に話をする。
ジャンが戻ってきてから、しばらくすると若い神官がやってきた。
白い装束に、赤い刺繍が入った司祭服を着た、メガネをかけた若者だった。どこか和風の印象を受ける服だ。
「なんでしょうか、騎士団長」
「呼び出してすまんな、サンディア」
「いえ……私には何もできませんので……手はあいております……」
サンディアと呼ばれた男はいきなりネガティブなことを言い出す。
大丈夫なのかこいつ?
よく見ると、げっそりと痩せ細り、生気のない青い顔をしていた。
「それで……なにか御用でしょうか?」
「ああ、いや、俺ではなく、彼らが」
「彼ら?」
そこでやっと、オレたちの方を見る。
今の今まで、オレたちがいたことに気づかなかったようだ。
「………え?」
そして、身体が固まる。
「エ、ポナ、さ、ま?」
「あ、いや、」
「エポナ様!」
そしてサンディアは土下座した。
「ああ!エポナ様!何もできない私を罰してください!」
「あの……」
「エポナ様!エポナ様!」
そいつは泣いていた。頭を地面につけたまま。
「ちょ……これどうすれば……」
そんなサンディアにティナが近づく。
片膝をついて、そっとサンディアの肩に手を置いて、
「わしはそなたを罰せぬ」
「エポナ様……」
サンディアはやっと頭をあげた。
「わしらに協力してくれるな?」
「は…はい!!なんなりと!!」
そしてまた頭を地面にこすりつけた。
「と、とりあえず、メシ食え……」
その様子を見ていたオレは、ティナに嘘をつかせてるのが気まずくなって、アイテムボックスからパンを取り出す。
それをサンディアは目を白黒させて見ていた。
ゴクリ…
喉がなる。
「し、しかし……私が食べるのならば……老人や子どもに……」
お、立派なやつだな。
「大丈夫だ、食糧はある。まずは話ができる状態になってくれ。腹が減ってると頭働かないだろ?」
「しかし……」
「大丈夫、本当に食糧は十分にあるんだ、避難民の分もな」
「で、では……」
サンディアはおそるおそるオレからパンを受け取ると、少しずつ食べ始めた。
そして、ポロポロと泣く。
数日ぶりの食事なのだろう。
男の涙だ。見てるのも失礼に思い、ティナに飲み物を渡すようにお願いして、
こいつが落ち着くまでしばらく待つことにした。
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