第212話 修行のための旅立ち

「お、おはよ…」


 あまり眠れなかった翌朝、恐る恐るリリィに声をかける。


「おはようございます」


 ちゃんと隣にいて、挨拶を返してくれた。


「リリィ、あの…」


「はい」


「愛してる、よ?」


「わたしも愛してます」


 にっこりと微笑んでくれる。

 でも昨日のことがあって、その言葉を素直に受け取れない。


 まだ、1人でどこかに行ってしまうのではないか、そういう不安が残っていた。


「そ、そか…ありがとう…あの…」


「大丈夫です、突然居なくなったりしませんから」


「そ、そっか!ちゃんと一緒について行くからね!がんばって厳しくするからね!」


「はい、ありがとうございます。わたしも頑張ってライ様に相応しくなりますね」


「う、うん…」


 相応しくなります。

 そう言われても全然ピンとこなかった。


 だって、オレは今のままのリリィが最高だと思ってる。


 だから、オレに相応しくなりたいなんて考えなくていいよ、って言いたかった。


 でも、それを言ったら絶対怒らせるってわかってるし、そんな風に甘やかすから1人で行くって決めたんですって言われちゃう気がした。


 彼女の考えは尊重したい。

 だから、しばらくは見守ることにしようと思う。


「ご飯、食べにいこっか?」


「はい、そういたしましょう」


 おはようのチューをさせてもらって、着替えてからみんなに合流することにした。



「アステピリゴスってどこだっけ?ボク行ったことないなー」


「たしか、エルネスタからだいぶ北だったと思います。騎士団にいたとき北方支部が国境を守ってましたから」


「待って、地図だすわ」


 みんなでご飯を食べた後、そのままテーブルを囲んで次の目的地について話していた。


「こちらです」


 ソフィアが出した地図を見ながら、アステピリゴス教国の位置をリリィが指差す。


「今いるリフレットがココだから、結構距離あるね、馬車で1ヶ月くらいかな?」


 と行程について確認すると。


「すみません…」


 リリィが申し訳なさそうにしてしまう。


「ううん!ぜんぜん遠くない!へっちゃら!リリィは修行に集中して大丈夫!!」


 必死でフォローする。

 やっぱり1人で行きます、なんて言わせない。


「ちょっとだけ長旅だけど、みんなも大丈夫だよね!?」


 オレの必死な様子に、みんなはこくこくと頷いてくれた。


「すぐに出発するのかのう?」


「そうですね、旅の準備が整ったら、出発したいと思っています。ライ様、いかがでしょうか?」


「わかった!じゃあ、今から買い出しして!お昼食べてから出発しよっか!」


「ありがとうございます」


 とりあえず、みんなで行く、という流れは守れそうだ。少しホッとする。


 ほどなくして、リフレットの町に買い出しに向かった。その間もリリィの隣からぴったり離れない。

 どこにも行かないで欲しい。


 手…繋ぎたい……だめかな…だめだよな…


「ライ様、あの…」


「なに!?」


「いえ…大丈夫です…」


「そ、そう?なんでも言ってね!」


「はい、ありがとうございます」


「……愛されてますね〜、妬けちゃいます」


「ステラのことも愛してる!大好き!」


「ありがとうございます♪でも、リリィばっかり構わないでくださ〜い」


 ぎゅっと腕に抱き着かれながら、そう言われた。


「ごめんなさい…」


 リリィのことで余裕がないオレは、責められているような気がして凹んでしまう。


「あらあら、これは重症ですね、よちよち」


 ステラに慰めてもらいながらも、旅の準備を進める。


 その間、ずっとリリィに寄り添って、そして旅の準備が整った。


♢♦♢


 宿の駐車場からコハルとティナが馬車を出してきてくれた。


 宿の入口付近で待っていたオレたちの前に停車させてくれる。


「それじゃ出発しようか」


「はい、参りましょう。わたしのワガママに付き合っていただき、ありがとうございます。みんなも、本当にありがとう」


「当たり前じゃない」

「気にすることないですよ♪」


 と、みんなが答えてくれる。


 御者は、2人から代わってもらい、リリィとオレがつとめることになった。


 今はリリィが手綱を握っている。


「わたしのワガママなので、わたしが馬車を動かします」

 と、リリィは言った。どこまでも真面目な子だ。


 このままだと、本当に1人で1ヶ月間の旅の間、ずっと御者をやりそうな気する。さすがにそれは大変すぎるので、無理にでも交代しながら進もうと思う。これは甘やかしにはならないと思いたい。


 こうして、リリィの修行を行うために、アステピリゴス教国への旅がはじまった。


 およそ1ヶ月ほどの旅だ。今までで1番長い距離を移動する。


 でも、そんなことよりも、リリィがどこかに行ってしまわないだろうか、そんな不安がオレの中にはずっと燻っていた。


 揺れる馬車の座席で、手綱を握る女の子が強い眼差しで先を見据えているのをオレは隣で見守ることしかできていなかった。

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