第213話 治癒魔術師の師匠

「少し寒くなってきたね」


 リフレットを旅立ってから2週間、アステピリゴス教国に向かって北に進むにつれて気温が下がってきていた。


「そうですね、ですが、今の時期だとそこまで極寒にはなりませんよ」


「へ〜、じゃあ本格的に寒い時期は極寒なんだ?」


「はい、外出するのもイヤになるくらい寒くなります」


「そっか〜、リリィの故郷は雪国だったんだね」


 今日も2人で御者をしながら馬車を動かしていた。今はオレが手綱を握っている。


 やはりというか、リリィは頑なに馬車の操作を他のみんなに譲らず、なるべく1人でこなそうとした。


「自分の修行のために祖国に帰るのだから、自分で責任を持って馬車を動かします。みんなに負担はかけません」

 ということらしい。


 だから、オレが隣に座って隙を見て交代している。とは言っても、オレに代わってくれるときも渋々という感じだ。

 毎回頼み倒して代わってもらっている。


「ライ様、そろそろ変わりましょうか?」


 まだ交代してから1時間くらいしか経ってないのに、リリィがソワソワしながら聞いてくる。


「だいじょぶだいじょぶ」


「ですが…」


「じゃあ、オレのレバー握ってて?」


「……」


「ご、ごめんなさい…」


「いえ…」


 下ネタとして捉えられたらしい。


 まぁよく考えたらそんな気もする。

 ボーッとした頭で改めて考えた、うん、100%下ネタですね。無意識の下ネタすみません。


 リフレットを経ってから2週間、その間、リリィは難しい顔をしていることが多く、相変わらずイチャイチャするような雰囲気ではなかった。


 そんなリリィを無理やり求める気にもなれず、手は出していない。


 そして、そんな状態で他の子とイチャつく気分にもなれず、ずっと誰ともしていなかった。

 だから、脳みそが下ネタばかり考えてしまうのだろうか。


 とは言っても寂しいので、みんなとキスまではさせてもらっている。リリィもキスまでは許してくれていたので、オレの中でここまではセーフだと認識している。


「寒くない?上着だそうか?」


 気温に対して少し薄着に見えるリリィのことが気になって聞いてみる。


「いえ、慣れてますので」


「そう?良かったらブランケット出すけど」


「もう少し寒くなったらお願いします」


「わかった」


 そんなやり取りをして、もう1時間くらい進んでから、休憩のため馬車を止めた。


「お昼ごはーん!」


 コハルが一番最初に馬車から飛び降りた。


「今日も…ステラちゃんの…ご飯、楽しみ…」


「任せてください!」


 コハルに続いて、みんながぞろぞろと馬車の荷台から降りていった。


 オレたちも馬車から降りて、みんなで昼食の準備を始める。


 オレはステラと2人で料理担当だ。寒くなってきたので身体が温まるメニューを作って、みんなが待つ食卓へと運ぶ。


「治癒魔術師の師匠に当てはあるの?」


「はい、祖国で回復魔法を教えてくれた方です」


 料理を運んでいるとソフィアが気になる質問をリリィにしていた。


「へー、その人はリリィよりも高度な魔法が使えるのよね?」


「はい、わたしなんか足元にも及びません」


「リリィほどの使い手にそこまで言わせるとは、興味深い人物じゃのう」


 だよねだよね、リリィたんはすごいよね。

 黙ってコクコク頷く。


「いえ…わたしなんか、まだまだです」


 そんなぁ…自分に自信持ってほしい…

 オレが割り込むとややこしくなりそうなので黙っておく。


 黙々と準備を進めて、みんなの分の料理が行き届いたところで席に座った。今日のお昼はシチューだ、ゴロゴロのお肉が入っていて、よく出汁が出ていて美味しそうだ。


「じゃあ食べようか!いただきまーす!」


 なるべく元気に振るまって手を合わせた。みんなもそれに続いて食べ始める。


「修行ってなにするのよ?」


「回復魔法だけですと、みんなの役に立てないので、結界魔法を習得したいと思ってます」


「結界魔法ってなぁに?もぐもぐ」

「ピー?」


「わたしが使ってる防御魔法の治癒魔術師版ね。治癒魔術師の方が広範囲に味方を守れるらしいわ。見たことないけど」


「へ〜、面白いね。それが出来るようになったらリリィの魔法でボクたち前線のカバーもできるかなぁ?」


「そうですね、それを目標にしています」


「そうなんだ、ありがとな、オレたちのこと沢山考えてくれて」


「いえ、当然のことです。それよりも、今あまり役に立ててないのが歯痒いです」


 最近のことを振り返ってみると、たしかにリリィの出番は戦闘中は少なかったような気もする。

 リリィの出番は、怪我をした後に回復してもらうときか、強敵と戦うときにソフィアやティナ魔力を回復してもらうときのどちらかだ。

 この2つでも十分助かっているのだが、彼女としては戦闘中にもっと出番が欲しいのかもしれない。


 でも、

「そ、そんなことないんだけどなぁ…」

 とオレは本気で思う、十分助かっているのだ、今のままでも。


「いえ、頑張ります」


「倒れない程度に頑張ってね?」


「はい」


 真剣な顔のリリィは、ぶっ倒れるまで修行しそうに見えた。修行が始まっても目が離せないな、とひそかに思う。


「そういえば、リリィって元クロノス教のシスターですよね?そのお師匠様ってもしかして?」


「……はい、クロノス教のシスターです。首都の教会を任されている高位の…」


「そうなんですね?ところで〜、突然帰って修行つけてもらえるんですか?リリィはライ様を選んでシスターをやめたって聞いてますけど」


「それは……わかりませんが、頑張って頼んでみます」

 ふんす!

 と両手をグーにして気合を入れるリリィ。


 その仕草は可愛かったが、なんだか空回りしそうな予感がした。


 その師匠候補のシスターさんについて詳しく聞きたいところではあったが、みんな昼食を食べ終わったので片付けて馬車に乗り込んでいく。

 夕食のときにでも聞いてみようかな、と思う。


 アステピリゴスまであと1週間くらいだ、がんばろう。

 まぁ、とは言っても馬車の旅自体は全然辛くない。


 なにがって、リリィと少しギクシャクしてる現状が1番辛かった。

 だから、がんばろう。がんばってリリィを支えよう。


 そう思って、また馬車を動かし始めた。

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