第210話 金髪清楚シスターの悩み

「ライ様、少しの間、お暇をいただけないでしょうか?」


 ぽろっ、コロコロ。


 食べようとしていたジャガイモが箸からこぼれ落ち、皿の上を転がった。


「お、おひま?」


 みんなで朝食を食べているときに、突然リリィがそんなことを言ったので、みんなは食べる手を止めてリリィの方を見る。


「はい、しばらくの間、お時間をいただきたいです」

 リリィは真剣な顔だ。


 オレは何を言われているのか理解できなくて、頭を猛スピードで回転させはじめた。


「……あっ!えっと!疲れちゃったってことかな!?なら2、3日休みにしようか!」


 休みを提案してみるが、違うような予感がした。

 最近のリリィの様子を思い出して、心がざわつく。


「いえ、ライ様」


 否定の言葉だった。


「じゃあ1週間!!1週間休も!それで元気になるかな!?」


「いえ、わたしだけ、一旦パーティを抜けさせてください。申し訳ありません」


 ペコリと頭をさげるリリィ。


「………ぬ、ぬけ?パーティ?なん???え??」


 なにを言われているのか、わからなかった。


「な……ぜ……?」


 絞り出してなんとか質問する。


「みんなとの力不足を感じたからです。

 いえ、前々から感じていたことなんです。なので、しばらく修行して参ります。ライ様に相応しくなるために」


「しゅ、修行??え?………オレ!リリィがいてくれればそれでいい!」


 バッと立ち上がり、リリィの横に立つ。


「それではダメなんです」


 難しい顔で首を左右に振られてしまう。


「じゃ!じゃあ!一緒に修行する!!」


「魔法の修行なんです」


「じゃ!じゃあソフィアが!」


「いえ、治癒魔術師のことですので、その道の人にしか師事できないんです」


 慌ててソフィアを見ると、首を縦に振った、肯定だ。


「じゃ!じゃあ!どこに行くの?」


「祖国の、アステピリゴス教国へ参ります」


「一緒に行く!!」


「それは……ダメ…です…修行は1人でやるものですので」


 リリィは片手を胸に当てて苦しそうだ。


「いやだ!!」


 オレだって苦しい、だから全力で拒否した。


「ライ様…」


「絶対いやだ!!」


「ライ様…わたしは……ふぅ…」

 息を整えるリリィ。


 またオレをしっかりと見る。


「ライ様に相応しくなるために行って参ります。1年……いえ、半年で戻ってきますので」


 は、半年?半年リリィに会えない?


 ぽろっ


 そう考えたら、涙がこぼれ落ちた。


「い、いやだ……」


 ぽろぽろ。


 涙が止まらない。


 情けなく泣く男。


「一緒にいたい……」


「ライ様…」


 リリィはこう見えて頑固なところがある。


 自分の芯をしっかり持っていて、オレが間違ってたら指摘してくれる。

 オレのことを全肯定してくれるようだが、実はそうじゃない。


 そんな彼女が真剣にオレに言い放った。


 〈1人で行くと〉


 だから、彼女の考えを変えるのがいかに難しいのか、オレにはよくわかっていた。


「離れたくない……」


 わかっていても受け入れることはできなかった。

 でも、うまく説得できる言葉が思いつかなくって、同じようなことしか言えない。


「……」


 リリィが黙っていると、


「あの〜、みんなで行きませんか?」


 しゃべれなくなり、下を向いているオレの代わりにステラが改めて提案してくれる。


「ステラ…修行なので…」


「私たちがいても修行はできますよね?」


「それは…そうですが…」


「私の見立てですけど、リリィは自分に厳しくするために1人で修行するって言ってて、厳しくしないと自分は成長できないって思ってますよね?だから、私たちと距離を置きたがってる。自分を律するために。

 でも、私はそれは違うと思います。近くに大好きな人たちがいたって成長はできます。甘やかして欲しくないって言うなら厳しくします。リリィが修行が辛いって泣いて帰ってきても、私が引っ叩いて。出来るまで帰ってくるなー、って言ってあげます。それならどうですか?」


「それは…」


「わたしも…リリィと離れたくないわ…」


 ソフィアを見ると、目に涙を浮かべていた。オレと同じ気持ちのようだ。


「ソフィア……もう一度…考えてきます…」


 カタッと椅子を押して立ち上がるリリィ。


「リリィ!黙って居なくなったら!………えっと…オレもついてく!」


 黙って居なくなったら〈嫌いになるよ〉、なんて言って脅そうとしたけど無理だ、リリィを嫌いになることなんて絶対ない。


 だから、せめてリリィが考えている間、傍についていたかった。


「ライ様…わかりました…隣の部屋にいますので…少し1人にしていただけますか?」


「う…うん……わかった…」


 リリィに連れ添って隣の部屋に移動する。

 扉の前でお別れした。


 申し訳なさそうに扉を閉めるリリィを見ていた。ゆっくりと扉は閉められ、オレはそのまま扉の前で立ち尽くす。


「ライさん、朝ご飯途中ですよ、一緒に食べましょ?」


 ステラがさっきまでいた部屋から顔を出して声をかけてくれる。


「あとで絶対食べる。ステラの料理だから、絶対食べる」


「……わかりました」


 リリィがいなくなるかも、そう思い、部屋の前で中の様子を伺う。


 窓からこっそり抜け出すとか、無いとは言い切れない。

 人の気配が無くなったらすぐに中に入るつもりだった。

 ここは2階だけど窓から出れないこともない。


 だから、ジッと、部屋の中の気配に集中して、リリィが出てきてくれるのを待ち続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る