第181話 悪い子だって愛してる

「少しスッキリしたわね!」


 走りながら、ソフィアが話しかけてくる。


「そうだけど!ミリアが見つからないとなんも意味ないよ!」


「そうね!急いで探しましょう!」


 みんなに意識共有で状況を確認する。


「みんな!見つけたか!?村長の家にはいなかった!」


「村の出入り口にはいません!村の方にも聞きましたが、今日、村の外に出た人は見てないそうです!」


「ライ!墓地で問題発生!モンスターが大量に湧いてる!墓地に近づけない!」


「わかった!すぐ行く!畑のあたりまで撤退してくれ!」


「わかった!」


「みんな!畑で合流しよう!」


 コハルからの連絡で異常があることを認識し、すぐに畑の方に向かう。


 タイミング的に、一連の騒動が無関係とは考えずらい。ミリアに繋がる何かがあるのではないかと思い、現場に急いだ。



 畑に到着すると、リリィとステラはすでについていて、墓地の方からコハルとティナが走ってくるところだった。


「墓地のモンスターはどうなってる!?」


「ゆっくりだけど村に向かってるみたいだった!」


「スケルトンじゃ!」


「スケルトンといえば骨のモンスターか…墓地から来る、ってことは…」


「もう、来たようです…」


 リリィが神妙な顔で墓地の方を見る。


 かなりの数のスケルトンが村に向かって歩いて来ていた。


 畑仕事をしていた村人はすぐにそれに気づき逃げ始めている。


「あれって…人骨だよね…」


「そうですね…」


「つまり…悪い人じゃない人も…」


「ライ、今は考えるな」

 ティナがオレの手を握ってくれた。


「う、うん…ありがとう…」


 ついさっき、人間の腕をぶった斬っておいて、なにを躊躇してるんだと思われるかもしれない。


 でも、違うのだ。


 オレの中で、一応ルールは存在するのだ。


 明確な悪は殺しても、どうなってもいいと思ってるけど、

 そうじゃない人、特にいい人には報われてほしいと思ってる。


 だから…死んだ人といえど、あれと戦うのは抵抗があった。


 しばらく、スケルトンの軍団を眺めていると、その全貌が見えてきた。


 50体ほどだろうか、小高い丘の上から村に向かっておりてくるため、だいたいの数が見て取れる。

 そして、スケルトンの最後尾に、見慣れた少女の姿を見つけてしまった。


「ミリア!!」


 みんなもその姿を見ている。


 虚な表情でフラフラとスケルトンの最後尾をミリアが歩いていた。


 右手にはぽかへいを抱えている。


「あれは!操られてるのか!?」


 ティナとソフィアを見る。


「わからないわ…」


「わしもじゃ…」


「そ、そうか…」


「でも……たぶん…違うわ…」


「……そっか…」


 つまり、ミリアの意志で村を…


「…オレが1人で止める」


「なっ!?ライ様!だめです!」


 リリィが真っ先に反対した。


「スケルトンの討伐ランク、わかる人いるかな?」


「たぶん、中級Cくらいよ、一体ならね」


「見たところ、あいつらは武器を持ってない、危険度は低いはずだ。なるべく戦闘はさけて、ミリアのところまで行って、説得する。

 もし、オレが危険になったら、すぐに援護してくれ。それならいいだろ?」


「それは…しかし…」


「任せてほしいんだ、リリィ。

 なるべく穏便に終わらせたい。ミリアに村を襲わせたくないんだ」


「…わかりました。しかし、わたしが危険だと判断したら、ライ様の指示を待たずに援護します」

 リリィに強い目を向けられる。


「わかった、それでいい」


 スケルトンは、まだ畑の中腹だ。村までは距離がある。


「じゃあ、行ってくる」


 オレはみんなに目配せしてから、走り出した。


 墓地への畦道を走り、低く構えて、畑の中に入る。


 稲の中に身を隠しながら走っていくが、何体かのスケルトンに見つかった。つかまれそうになる。その腕を弾いて、足を切って動きをとめる


 それを何度か繰り返し、さらに大回りして最後尾を目指して駆けていく。


 前方から3体のスケルトンが襲いかかってきたので、大きくジャンプして回避。


 すると、50mほど先にミリアの姿をとらえることができた。


「ミリア!!」


 大きく声をかける。


 すると、虚な目をしたミリアがオレの方を見た。


「すぐ行くから!!」


 その声に反応するように、多くのスケルトンがオレに突進してきた。申し訳ないと気持ちを込めつつ、ライトニングで吹き飛ばす。


 そして、ミリアの目の前までたどり着いた。


 オレたちの周りをスケルトンたちが囲んでいる。


「ミリア!!もう大丈夫だ!!一緒に帰ろう!!」


「………なにが……だいじょうぶ…なの?」


 口を開いたミリアは、オレの方を向いているのに、オレとは目を合わさない。

 虚ろな目で虚空を眺めている。


「ミリアにはオレがついてるから!!」


「……でも…おとうさんが…おかあさんが……ゆるせない…」


「ミリアが復讐したいなら手伝ってやる!でも!村の人たちの!死者のこんな姿を利用するのは違う!」


「……でも!ミィには!これしか出来ないから!たたかえないから!」


「だから!オレがミリアの力になるから!オレがミリアのために戦うから!!」


「おにいちゃんを悪者になんてさせれない!ミィにはできないよ!!」


 このとき、やっとミリアがオレの目を見てくれた。


「悪者になってもいい!ミリアのためなら!」


「なら!ミィが人を殺せって言ったら殺してくれるの!?」


「そいつが悪人なら殺してやる!」


「そんなのダメだよ!」


 ミリアは頭を振って怒鳴る。


「もういいんだ!ミリアがやりたいようにやればいい!でも!やり方を間違えるな!」


「……もう…やめれないよ…ミィは…おとうさんと…おかあさんの…仇をとるの…

 じゃま…しないで…」


 また生気のない表情になっていくミリア。


「オレがミリアの代わりにやるから」


「わかんない……いい人なら…殺すなって…復讐なんて…やめろって言うはず…でしょ……

 だから…ライさんは…いい人じゃない…おにいちゃんじゃ…ない…」


「ミリアはそうやって沢山悩んで、何度も我慢しようとして、オレたちにも相談しようとして、でも、復讐なんてひどいこと、相談したら止められる、そう思ったんだろ?」


「そう…だよ…」


「止めないよ、ミリアがたくさん考えたことなら、それが正しいことなら」


「なに…それ…」


 だんだん、ミリアの目の焦点がオレに合ってきた。


「今回のことは、ミリアは何も悪くない、悪いのは全部あいつだ。

 ミリアが殺したいならオレが殺す。

 でも、なにも悪くない人をミリアが殺したいって言ったら、そのときは止めるよ。それだけのことだよ」


「………でも……殺したい……なんて…言ったら……ミィのこと…嫌いになる…でしょ?」


 ミリアの目には涙が溜まりはじめていた。


「ならないよ」


「ころしたいって……思う…ミィは…悪い子…だよ?」


「少しくらい悪い子でもいいよ、ミリアはいい子すぎたんだ。理不尽なことがあったら怒ってもいいんだ。それにオレだって、あいつのこと、殺したいしな」


 ニヒヒ、と笑顔を見せる。

 物騒なセリフとは裏腹な笑顔だ。


 この場に似つかわしくない。

 でも、オレにはこれが正しいことだと思えた。


「……おにいちゃんは……ミィのこと…すき?」


「大好きだよ」


「ミィ…ひとりぼっちだから…かぞくがほしい…」


「なら、今日からオレがミリアの家族だ。兄貴になるよ」


「おにいちゃんに……なってくれるの?……悪い子なんだよ?ミィは…」


「うん、喜んでなるよ。

 大好きだ。愛してる。ミリア。おいで?」


 剣を鞘にしまい、両手を広げる。


 ミリアが一歩踏み出そうとして躊躇する。


 その両肩を後ろのスケルトンが、トンッと押した。


「え?……」


 そのまま、とてとてと歩いてきて、オレの胸の中に抱きしめられる。


「おかえり、ミリア。

 ……おとうさんと、おかあさんも、ミリアにこんなことして欲しくないって……言ってる…ね?」


 オレの方が先に気づいてしまい、泣きそうになる。


「…え?」


 ミリアが振り返る。


 振り返った先には、優しい表情をした女性と男性が光に包まれて、たたずんでいた。


「おとうさん?おかあさん?

 ……おとうさん!おかあさん!」


 気づいたら、すぐにそこに駆け出した。


 その光はミリアのことを抱きしめる。


「おとうさん!おかあさん!!なんで!いなくなっちゃったの!ミィ!寂しかった!

 おとうさん!痛かったよね!

 おかあさん!苦しかったよね!

 ミィが!ミィのせいで!だから!!うぁぁぁ!!あぁぁぁぁぁ!!」


 2人はミリアの頭を撫でる。

 〈ミリアのせいじゃないよ〉そう言ってるように感じた。



「ぐすっ……ぐずっ……」


「ミリア」


 泣きじゃくっていたミリアをずっと抱きしめてくれていた2人の光が弱くなってきたのに気づいて、ミリアの肩を触る。


「おとうさん…おかあさん…もう、いっちゃうの?」


 2人は笑顔のままだ。


「……わかった…ミィ…がんばって…生きてく…おとうさんと…おかあさんの分も…」


「ミリアは…偉いな…すごく…偉い子だ…」


 オレは泣きながら頭を撫でた。


 その様子を見てなのか、両親と目があった。


 『ミリアを頼む』

 そう言われてるように、感じた。

 だから――


「ミリアのことはオレが一生守ります。だから、お嬢さんをオレにください」


 涙を拭いて、真剣にご両親に宣言した。


 光の中の2人はおかしそうに笑った。

 こんなときに、そんなことを言うなんて、おかしなやつだ。

 そう思われたのかもしれない。


 でも、


『娘を任せた』

『よろしくお願いします』


 2人から、そう言われた、たしかに、そう言われた。


「おとうさん…おかあさん…バイバイ……ミィは…おにいちゃんと、一緒に、行くね…」


 その言葉を最後に2人の光は消えていった。


 そして、周りのスケルトンたちも光に包まれ、光の粒となり、空にのぼっていった。


 不謹慎かもしれない。


 でも、この人たちが育ててきた畑の中で、光になって天国に向かっていく姿は、とても、美しい光景だと、感じた。

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