第179話 知りたくなかった真実

 村長がやってくるのを待ち構えてから、さらに1、2時間経っただろうか。


 裏口がキィ、と音を立てて開く、ティナと目配せをする。


 ティナは手のひらをかざし、緑色の光、風の精霊を呼び出した。


「親父、今日の騒動うまくいかなかったな」


「そうじゃな、やつらがあそこまでやるとは思わなんだ」


 村長のジジイともう1人、親父と呼んでるので息子だろうか。2人の男が話しながら近づいてきた。


 カラカラと井戸から水を汲み、それを飲む音が聞こえてくる。


「しかしよぉ、あれじゃあ、ミリアのやつも危なかったし、村のやつらにも被害が出たかもしれねーぜ?」


「ほっほっ、たしかにそうだったのう、ミリアは逃げると思ったのだがのう。せっかくの若い身体が傷物にされるところだったわい。まぁ村人についてはどうでもいい。労働力は足りておる、2、3人いなくなっても問題はない」


「はは!ひでぇ村長だなぁ、これじゃいつ俺も切り捨てられるかわからねーぜ。今回の魔物を呼び寄せる魔道具を使うのも危なかったしよぉ」


「ほ?わしがおまえを?息子のことを大事にしてやってる良い父親に罰当たりなことを言うのう。魔道具もしっかり使い方を教えてやったろう」


「そうかもしれねぇけど、俺はもう危ないことはごめんだぜ」


「もう少し働いたらどうかのう、おまえが徴兵されたときも庇ってやったろう?その恩を返そうとは思わんのか?」


「あぁ?あーあれか、いや、あの徴兵令だって、別に無視できただろ?それをわざわざ、村長権限でミリアの父親に指名してよ。あのときから、ミリアを狙ってたんだろ?」


「ほっほっ、まぁそうだのう、若い娘を嫁にするには、孤児が1番いい。そのためには両親など必要ないからのう」


「はぁ〜こわいねぇ、こんな残酷なやつが村長とはねぇ」


「村人の前では良い村長を演じておる」


「そうかねぇ、ミリアの母親のときはやりすぎだったと思うぜ。わざと効果のない薬を渡すなんてよ。薬屋のババアが気付いて騒いでたじゃねーか」


「そのババアも、孫を徴兵すると脅したら黙ったろう?あやつももう先は短い、言いふらしたりはせぬさ」


「だといいけどよ。なぁ、ミリアを嫁にしたらたまには俺にも貸してくれよ。あいつの胸すげーからよ、ずっと気になってたんだ」


「ほっほっほっ、わしが存分に楽しんで飽きたらおこぼれをやってもよいぞ」


「うえぇ、そう言われると気持ちわりぃな…」


 声が遠ざかっていき、キィ、と扉が閉まる。


 オレは奥歯を噛み締めていた。


 ティナはオレの手を強く握りこんでいる。


「ティナ、録音できたか?」


「うむ……あやつら…」


 オレたちは今すぐにでもあいつらを八つ裂きにしたい、と思っていた。

 でも、今そんなことをしたらどちらが犯罪者なのかハッキリしないままになる。


 あいつらには、ちゃんと罪を償わせる、そう思ってここを離れることにした。


「わかってる、一旦帰ろう」


 ティナがコクリと頷くのを確認して、静かに帰路についた。


♢♦♢


〈ライとティナが村長たちの話を聞く数分前〉


-ミリア視点-


「おにいちゃん?……」


 布団から上半身を起こしてキョロキョロとするが、ライさんの姿を見つけることはできない。


 隣にはステラちゃんが眠っている。ライさんは、どこにいったんだろう?


 ちょんちょん


「ぽかへい?…」


 ぽかへいにつつかれたので、下を見ると、てとてとと扉の方に歩いていく。


「そっちにライさんがいるの?」


 コクコクと頷く、ぽかへい。


 だから、ミィはその後を追うことにした。


 すると、今度は玄関のほうに誘導される。ぽかへいに連れられるまま、外に出て歩いていく。


 なんで、ライさんはこんな時間に外にいるんだろう?

 すごく気になって、ぽかへいのあとを追いかける。


 しばらく歩くと、そこは村長の家の近くだった。


 あの人は嫌いだ…帰りたい…


 でも、ぽかへいは止まってくれない。


「ぽ、ぽかへい…まって…」


 仕方なく、その後ろ姿を追った。

 少ししたらピタリとぽかへいが止まる。誰かの話し声がした。



「――れか、いや、あの徴兵令だって、別に無視できただろ?それをわざわざ、村長権限で、ミリアの父親に指名し――」


 え?……なにを言ってるの?……


「――ぁそうだのう、若い娘を嫁にするには、孤児が1番いい。そのためには両親など必要ない――」


 え?え?


「――ねぇ、ミリアの母親のときはやりすぎだったと思うぜ、わざと効果のない薬を渡すなんて――」


 ………


「あいつの胸すげーからよ――」


「――っほっ、わしが存分に楽しんで飽きたら――」


 ………


「ぽかへい……かえろ……」


 ミィの……


 わたしの……


 心の中が、どろどろと黒いもので染まっていくのを

 痛感していた……


 わたしは、なにも考えられず、自宅までの道を歩く。


 風がふいているのに、なにも感じることができなかった。


 暗闇の中、音がない世界をふらふらと歩いていく。


 わたしは、いったい、どこに行けばいいんだろうか……

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