第175話 こいつ…動くぞ!
「ぽかへいが動いてるぅ?あんた、ついに頭おかしくなったの?」
こ、このクソガキ、お仕置きしてやろうか?
いや、今はそれはいい、また今度にしよう。
オレはティナと一戦交えたあと、リビングに戻るなりみんなを集めてぽかへいのことを相談していた。逃げられないように、ぽかへいのことはオレが抱っこして捕まえている。
「ぽかへいは…お人形…だよ?」
ぽかへいと会話してる本人にまで疑いの目を向けられてしまった。
あ、やっぱりおままごとって自覚はあったんですね…
「いや!だって!昨日は気づいたら窓際にいたし、今日だってオレがシャワー浴びてるときに代えの服の上にいたんだよ?オレの代えの服、誰が用意したの?」
みんなを見ると、誰も手をあげない。
「ほ!ほら!それと、さっきティナと」
「んんっ!」
ティナに咳ばらいをされる。
「あっ……さっき、台所から戻ってくるとき、そこの入り口にいたんだよ?ミリアは寝てたよね?」
「ミィは…寝てたけど……だれか…ぽかへい、動かした?」
ミリアがキョロキョロするが、誰も手を上げない。
「ほらね!ぽかへい!おまえ動けるんだろー?うりうり」
抱っこしたまま、ぽかへいのほっぺをぐりぐりとつつく。
「ぽ、ぽかへいを…いじめないで…」
ミリアがそんなぽかへいを見てうるうるとする。
「ご!ごめん!そういうつもりじゃなかったんだ!オレもぽかへい大好きだよ!」
ミリアを泣かせてはまずい!
そう思って、すぐにぽかへいをミリアに返してあげて、ミリアに抱かれているぽかへいと握手してみせた。
「なかよしなかよし!」
「ホント?」
「うん!ホントだよ!ほーら!よちよち!」
全力でぽかへいが好きだとアピールするために、ぽかへいの頭をぐりぐりと撫でて見せた。
すると、
バシッ!
ぽかへいの右手が撫でているオレの手を弾いた。
〈さわんじゃねーよ〉、と言わんばかりに。
「……」
「ねぇ…今、動いた?」
「ぽかへい?…」
「やっぱり!やっぱり動いてるよ!ミリア!ちょっと机にぽかへい置いてみて!
「う…うん…」
そっと、机にぽかへいを座らせる。
「ぽかへい?…う、うごける…の?」
みんなで観察するが動かない。
「ピー?」
そこにピーちゃんがパタパタと飛んできた。
ちょこちょこと、ぽかへいの周りを歩き回る。なにかが気になるようだ。
「ピ〜?」
ピーちゃんが不思議そうに首をかしげたあと、ぽかへいをつんつんと突っつく。
すると、
ぽかへいが立ち上がり、
ピーちゃんのことを、
殴った。
「ピーー!?」
その衝撃で数歩のけぞるピーちゃん。
「ピーちゃん!大丈夫!?」
ぬいぐるみのパンチだ、そんな威力はないはずだ。
しかし見事な右ストレートだった。
「ピー!!」
ピーちゃんは怒りながら、ぽかへいに向かって走っていく。
〈なにすんじゃ!やり返したる!〉そんな意思が感じられる突撃だった。
しかし、それをコハルがキャッチした。
「ピーちゃん、よちよち、大丈夫だよ」
「ピー!!」
コハルに捕まったピーちゃんは、〈俺にも殴らせろ!〉そう言ってるようにしか見えなかった、完全にキレている。
ぽかへいを見ると、〈かかってこいよ〉と腕をクイクイしていた。
こいつ……
「わぁ……ぽかへいが…うごいてる…」
その惨状を見ていたのに、ミリアはいたく感動しているようだ。
いやいや、待って?そいつ悪い子だよ?
「ぽかへい……生きてる…の?」
ミリアが両手を差し出すと、そいつはてとてとと歩いてきて、ミリアの片方の手を両手で握ってすりすりと頭をこすりつける。
そのシーンだけを見れば、いたく可愛らしかった。
「わわわ……わぁ…ぽかへい…」
感動するミリア。
「ピー!!」
しかしピーちゃんの怒りは収まらない、ぶち切れである。
「あ……ピーちゃん…ごめん…ね?
ぽかへい…あやまって…」
やっと、先ほどまでの惨状に向き合う気になったようだ。
ミリアの呼びかけに、
「……」
ぽかへいは動かない。
「ぽかへいは…いい子だよ…ね?」
……ペコリ
一応、ピーちゃんに対して、ぽかへいは頭を下げた。
「ピーちゃん…ぽかへい、ごめんなさいって…許して…くれる?」
「ピ〜〜……」
なんだか納得いってなさそうなピーちゃんだったが、ひとまず暴れるのをやめた。コハルの頭の上にうつり、ぽかへいのことを警戒した様子で伺っている。
「ぽかへい…うごけたん…だね…」
「ふーむ?なぜ動けるようになったのかのう?」
ティナがぽかへいを観察する。
「む?ぽかへいの目は左右で色が違ったかの?」
「え?……ぽかへいの…お目めは黒…だよ?」
ぽかへいの目を見ると、今は右目が白で、左目は黒色だった。
「あれ?…ぽかへい?…」
ミリアも不思議そうにしている。
「ふむ?」
ティナが手のひらをかざすと、いつかのようにいろんな色の精霊がくるくるとその上を回り出す。
「む?光と闇の精霊がおらんのう。そうか、ぽかへいの中に入ったのじゃな」
「精霊がぽかへいに?」
「うむ、こやつらは、ミリアのことをいたく気に入っておった。ミリアと一緒に過ごすうちに、どうにかしてミリアの助けになりたくて、自由に動ける身体を求めた。その結果、ぽかへいの中に入った、ということじゃろう」
「へ~……しゅ、しゅごい…」
「そんなことがあるんだ?」
「聞いたことはあったが、実例は初めて見た、おもしろいのう」
ティナの説明を聞いてから、ぽかへいのことを改めて観察する。
するとそいつは、ティナとオレを順番に指差し、そのあと、台所を指差した。そして自分の身体を抱いてくねくねする。
「ぽかへい?……なに…してるの?…」
「……」
「……」
オレとティナは黙る。こいつ、やっぱりオレたちのこと見てたな…
「ぽかへい…おいで…」
ぽかへいはミリアに抱かれると大人しくなり、その大きな双丘に抱きついて頭をすりすりしている。
「わぁ…よしよし…」
「…ティナ、精霊って性別あるの?」
「ないと思うが…」
「ならいいけど…」
ぬいぐるみに嫉妬してもしょうがない。
オレはその光景を微笑ましいものだと思うよう、努力することにした。
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