第166話 ひとりぼっちの夜

「あの……今日は…ライさんも…一緒に、寝てほしいな…」


「……」


 みんなで夕食を食べていたら、突然ミリアがそんなことを言い出した。


 頭がフリーズする。

 え?一緒に寝てほしい?どういうこと?

 え?い、いいい、いいんですか?


「んぐ……ごくり…それはどういう??」


 オレは口からこぼれ落ちそうになったシチューを飲み込んで、間抜けに返答する。


「ライさんと…一緒に寝たい…だめ?」


 ミリアが不安そうな顔でオレのことを見てくる。


 もちろんOKだ!と答えたい。

 しかし、妻たちの視線が痛かった。


 は?もうそういう展開なんですか?ちょっと早いんじゃないですか?

 と言われているかのような視線だった。


 いや、オレもさすがに早いと思う、思うよ?

 でもさ、本人が一緒に寝たいって言ってるわけですし……ねぇ?


「あ~……ミリア、私とだけじゃ寂しかったですか?」


 なにも言わないオレへの助け舟なのか、ステラがミリアに質問する。


「ううん、ステラちゃんと寝ると…安心できるの…

 でもね…ライさんといると…すごく安心するから…近くにいてほしくて…

 あ…3人で、寝たいです…」


 ほ、3人でね、川の字で寝たいってことね。なら安心だ。


 …まぁ、別にいつでもウェルカムだけどね!

 でもやっぱ、こういうのは徐々にね!

 徐々に関係を進めていかないとね!

 ダメだよね!うんうん!


「もちろ!」


「ミリア、ライはスケベじゃから気をつけるのじゃぞ」


 オレが答える前に、ティナが割り込んでくる。

 こいつはまた余計なことを……お仕置きしますよ?


「そ…そうなの…?」


 ミリアが両手を胸に当てて不安そうにする。

 おっきなお胸がむにゅんと……ちがうちがう!


「大丈夫、なんにもしないよ。一緒に寝るだけ」


 オレは紳士だ。紳士スマイルをお見舞いしておくことにした。


「うん……よろしく…ね?」


 なんだか、むしろ警戒されてしまったような気がするのは気のせい…だろう?



 そのあと、食事を終えて食器を片づけ、シャワーを順番に浴びてから寝室に向かう。

 ミリアの要望に応えて、オレはミリアの部屋にステラと一緒に入る。


布団を3セット川の字に並べてしいて、3人ともそれぞれ布団に入った。ミリアを真ん中に、左側にオレ、右側にステラが寝転がっている。


 ミリアは、寝る準備ができると、枕元に置いてあったぬいぐるみを持って、自分の布団の中に入れた。ぬいぐるみと一緒に寝るようだ、かわよ。


「その子は?」


 ぬいぐるみを指して、寝転びながら話しかける。


「この子は…ぽかへい…だよ…」


「ぽかへい…」

 独特なネーミングセンスだ。


「うん…抱っこしてるとね……こころが、ぽかぽかするの…だから、ぽかへい…」


 は?かわいいかよ。


 かわいすぎて、若干キュートアグレッションをおこしそうになる。

 もちろんそんなことしないけど。


「そっか、かわいいね」

 ニッコリ。


 ぬいぐるみのことを見る。

 その子は、白いウサギのぬいぐるみで、白のカボチャパンツを履いていて胸には黒い蝶ネクタイをしていた。

 ミリアが両手で抱きしめるのにちょうどいいくらいのサイズ感だ。


「お父さんがね……くれたの…戦争にいく前に…」


 戦争、という言葉に少し身構える。


「そっか、それじゃ、宝物だ」


「うん…ミィはね…お父さんがね…大好きだったの…

 でも……うちの村で…1人だけ…戦争にいかないとダメで…それでね…

 うぅ……」


 ミリアが涙を流す。


 父親の話をはじめたらこうなる。

 わかっていたから、オレは少し前からミリアの方を向いて近づいていた。


「悲しかったよね…」


 寝転がったまま、ミリアの頭を撫でる。


「ぐすっ……うん…でもね……

 ぽかへいがいるとね…お父さんを…思い出せるんだ…」


「そっか」


「でもね……お母さんとの…思い出はなくて…寂しいの…」


 辛い、ミリアが苦しんでいるのを見るのが辛かった。

 なんでこんないい子の両親が2人ともいないんだ…


「お母さんは……その……病気、だったんだよね…」


「うん…お父さんの…ことを聞いて…

 すぐ身体を壊しちゃって…それで…すぐ……に…う、うぅ…」


 ぽろぽろと泣いてしまうミリア。

 きっと、今までもたくさん泣いてきたんだろう。

 涙が枯れるくらいに。


 でも、オレたちに必死に伝えようとして、それでまた涙を流してしまう。


「うん、うん、つらかったよね」


 さらに近づいて、ミリアの布団の中に入り、控えめに抱きしめる。

 頭はずっと撫でていた。


「ぐすっ……ぐすっ……

 だ、だから…ずっと…つらくて…楽しくなくって……

 お母さんはね…みんないい人だから…会う人には…親切にしなさいって…言ってて……

 だから…がんばって…そうしてて……でも…こんなトロい、わたしなんかじゃ…うまくいかなくて…」


 反対側にいるステラも泣きながらミリアの背中に手を当ててくれた。


「そんなことない。ミリアはトロくない。ちょっと緊張しちゃうだけだ。それは全然悪いことじゃなくて、ミリアがすごく真面目な子だからだよ。

 それに、ミリアは頑張り屋さんで、優しい子だ。お母さんのみんなに親切にって教えもすごくイイことだと思う。お母さんの言いつけを守ってるミリアは立派だ。偉い子だな」


「ほ、ほんとに?ミィはいい子?」


「ミリアはいい子だよ、よしよし」


「う、うん……ミィは…いい子……

 おとうさん…おかあさん………おにいちゃん…

 すぅー…すぅー…」


「……寝ちゃいましたね…ぐすっ…」

 ステラが涙を拭いて小声でつぶやく。


「うん、そうみたい…」


 ミリアの顔を確認し、涙を指で拭う。

 1人で頑張ってきたんだな、かわいそうに…


「ステラは今の話知ってたんだよね?」


「はい、聞いてました。ご両親がいなくなって、ミリアは一人ぼっちだって夜は私に泣きついてきてました。でも、ライさんがしてるように抱きしめてあげると、安心して眠るんです」


「そっか…今までは一人で寝て…一人で泣いてたのかな…」


「……そうかもしれません…でも、最近は笑顔も増えて、随分明るくなったと思います。夜泣くことも減ってきてたんです」


「そうなんだ。うん、だよね。笑顔が増えてきたとオレも思う。こんな辛い過去についても話してくれたんだし、仲良くもなれてきてるよね」


「そう思います。このまま楽しく過ごせるようにしてあげたいです。なんだか、ミリアって保護欲をそそるんですよね。妹みたいな感じです」


 ステラが優しくミリアの髪を撫でる。


「だよね、守ってあげたくなる」


「うふふ、私もライさんに守ってもらいた〜い」


「もちろん、ステラのことも守るよ。キスしていいかな?」


「はい♪」


 ステラとキスをして、ミリアを抱きしめたまま、眠ることにする。


 今日、ミリアの辛い過去を本人の口から詳しく聞いて、彼女のことを幸せにしたい

という気持ちが、もっと、もっともっと、強くなった。

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