第60話 竜のおねぇちゃん

-翌日-


 オレたちはシエロス山脈を登り、山頂付近で一泊した。そして、例の縦穴へ向かう。


「ソフィア、みんなを重力魔法で浮かせて、下まで降りれるか?」


「えぇ、できるわ。でも、ホントにここに雷龍がいるの?」


「うん、声かけてみようか」


 大声をあげようと両手を口の前に出して息を吸い込んだところで、


『なんだ、我が眷属、ライよ、また来たのか』

 雷龍様から声をかけられる。頭の中に響く声だ。


 そして、間抜けなポーズで固まったオレは実にカッコ悪かった。


 ソフィアとリリィは少し怖そうに、ステラは不思議そうにキョロキョロしている。


 ふぅ、オレの間抜け面は見ていないようだ、よかった。


『んん……雷龍様、先日は無礼な態度をとった私めに力を貸していただき、ありがとうございました。つきましては、直接お礼を言いたいのですが、そちらに伺ってもよいでしょうか?』


『うむ、許可しよう』


『ありがとうございます』

「それじゃ、ソフィア」


「う、うん、いくわよ」


 ソフィアが杖を構えると、オレたちの身体が浮き、縦穴の暗闇へと飲み込まれていった。

 しばらくすると、雷龍キルクギオスが鎮座する縦穴の底へと到着した。


「こ、これが雷龍…様」


 ステラが息をのんでいる。それはそうだろう、オレも初めて見たときはビビったものだ。


「ライよ、無事お主の女は助け出せたか?」


「はい、こちらに、ステラ」


「は、はい!雷龍様のおかげでライさんに助けていただきました。ステラ・ファビノです!」


 ステラは、王様につけられた〈ファビアーノ〉という名前、そして騎士団の副団長以上が拝命する〈エルネスタ〉の名前を捨てることにした。


 これからはまたリングベルのファビノ食堂で育った〈ステラ・ファビノ〉だ。


「ファビノ?貴様、ファビノの娘か?」


「え?は、はい」


「そうか、ひさしぶりだのう。ファビノは健在であるか?」


「あ、あの、父は昨年他界しまして……父をご存知なのですか?」


「おまえ、何を言っておる?あぁ、この姿ではわからぬか」


 雷龍様の身体が光るとスーと小さくなり、そこに幼女が現れた。


 銀色の髪に2本の角を付けていて、鋭い銀色の目をした幼女であった。


 肌は褐色、服は最低限の鱗で作ったビキニのようなものをつけていて、上からボロいフード付きのマントを羽織っている。


 雷龍様は、あぐらを組んで片ひざをあげ、そこに腕を乗せつつ、フードを被った。


「ほれ、これでわかるであろう?」


「竜の、おねぇちゃん?」


「そうだ!やっと思い出したか!ステラ!」


「え!?竜のおねぇちゃんが雷龍様だったの!?」


「ふむ?言っておらなんだか?」


「そんなの聞いてないよ!うちでご飯食い逃げした罰に私と遊んでいた人が雷龍様だなんて…」


「な、なにその話…」


 突然、ステラが雷龍様と親しげに話し出すもんだからヒヤヒヤしていたが、2人はなんと知り合いだったようだ。


 ステラが小さかったころ、この幼女(雷龍様)がファビノ食堂に来ていたことを語ってくれた。


 この幼女は店に誰も来ていない早朝に現れては朝食を要求し、「美味かった!しかし金はない!」と逃げようとして、お父さんに確保され、罰としてステラと遊んでくれていた、とのことだ。

 こんな事件が何度も繰り返されていたそうだ。


 そしてそのとき、ステラにだけ角と尻尾を見せてくれたのだという。

 だから、〈竜のおねぇちゃん〉だ。


 「父は、〈なんか事情があってメシがくえねぇんだろう。べつに警備隊には引き渡したりしねぇよ〉と話していました」


 昔話の後、改めて父親の訃報を雷龍様に伝えるステラ。


「そうか、ファビノは逝ったか……やつのメシは美味かった……残念だ…」


「はい……とても残念です…」


「ステラよ!貴様!ファビノの娘であるならメシは作れるな!」


「は、はい!」


「では、我に食事を献上することを許そう!食材は用意してやる!」


 雷龍様がそういうと、バカでかいアイテムボックスが出現し、そこから、10人以上が座れる使うようなデカい机と椅子たちが吐き出された。


 さらには、その机の上に、ドサドサドサっと肉や魚、野菜などが大量に追加される。


「ほれ!はよう作らぬか!」

 雷龍様はガハハ!と笑っている。


「わかりました!!」


 ステラが準備をはじめたので、オレもアイテムボックスから道具を取り出し、手伝いに走る。



「やはりファビノのメシは美味いのう!!」


 雷龍様がガツガツを料理を平らげている。もう10人前は食べただろうか。作っては食べられ、作っては食べられ、を繰り返している。


「ほれ!もっと持ってこい!」


「おねぇちゃん、前はこんなに食べなかったのに!」

 ステラが悲鳴をあげている。


「以前は手加減してやっておったのだ!店が潰れては敵わぬからな!」


「もー!食い逃げ犯のくせにー!」


「我は逃げておらんから、食い逃げ犯ではない!ガハハ!」


 結局、雷龍様は50人前くらいを食べ終えると、


「ふぅ、数年ぶりのファビノのメシは美味かったのぅ」

 と満足した。


「はぁ、疲れた…」

 ステラはため息をついている。


「ステラ!よくやった!褒めてやろう!」


「なんか……別に嬉しくない……」


「相変わらず素直じゃないのう!」


「いやいや、コレはホントに」


 ステラは雷龍様にかなり気軽に話しかけている。オレの方がハラハラだ。


「それにしてものう。あんなに小さかったステラが…

 こんな、すけべぇに育つとは、我は悲しいぞ」


「は?どういう意味よ、おねぇちゃん」


「おまえ、ライに尻を叩かれて喜んでおっただろう?人間は倒錯した趣向をもっておる。意味が分からぬのだ」


「な!?見てたの!?」


「我の根城で盛るのが悪いのだ」


「サイテー!!もう!おねぇちゃんにはご飯作ってあげない!」


「……なっ!?なんでそんなひどいこと言うのだ!!」


 雷龍様が口をあんぐり開けて目を見開きながら驚いている。


「デリカシーがないからよ!」


「デリカシーってなんだ!デザートか!?」


「バカ!」


「この雷龍を!バカだと!小娘の分際で!」


「ご飯作ってあげないわよ!」


「いやだ!」


 2人はギャーギャーと言い合っている。本当の姉妹みたいだった。


 オレはニコニコすればいいのだろうか、ヒヤヒヤすればいいのだろうか。今のところ、オレの感情は後者に傾いていた。

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