第58話 角をもって生まれた少女

-ステラ視点-


 私は今、ライさんにお姫様抱っこされて、リングベルの町の外に連れ出された。


 彼はどこに向かっていて、私をどこに連れて行ってくれるんだろう?


 騎士団長になってから、誰にも負けないと思っていた私を彼は打ち負かした。


 戦いでも、気持ちの面でも、完膚なきまでに倒されてしまったのだ。今となっては、彼に反抗する気は全く起きなかった。


 彼の顔を下から覗き込みながら、私は昔のことを思い出していた。



 私はリングベルで生まれ育った。ファビノ食堂の1人娘として育った私には1人の父がいた。母は記憶にない。物心ついたころにはいなかった。


 母親がいないと家庭の味を知らない子供が育つ。

 なんて言われるが、私の場合は全然違った。


 お父さんの料理はいつだって美味しくて、自慢の料理だった。


 私には小さいころから角が生えていた。父も、そして顔も知らない母も人間だというのにだ。


 父には、「この角は氷龍様の贈り物だから大事にするんだよ」と言って育てられた。


 父は、角があるからといって、娘の私を町の人たちから遠ざけようとせず、

「オレの娘は氷龍様の眷属かもな!」と笑って皆に紹介した。


 だから、リングベルでは私は有名だったし、氷龍の伝説が言い伝えられてたこともあり、住民たちには受け入れられていた。

 特に、お父さんを師匠と慕う料理人の人たちからは可愛がってもらえた。


 だから、小さい私は、自分が人と違うなんて意識したことはなかった。


 でも、身体が大きくなるにつれて、私には人とは大きく異なる力があることに気付いた。


 ある日、父のお店でガラの悪い人達が暴れたのだ。私は自分よりも大きく、武器を持った相手をなぜか全く怖いとは思わなかった。

 暴れまわっていた男たちは、すぐに地面に平伏すことになる。私がやったのだ。


 それから、私は本格的に〈氷龍様の眷属〉、〈氷の勇者様〉、なんて呼ばれるようになり、住民以外にも知られるようになってしまった。


 そのせいで、騎士団長が父の店に現れた。


 当時、騎士団を増強したいと考えていた団長は熱心にお店に通い、なんどもなんども私を騎士団に勧誘した。


「私は食堂の娘です、父の跡を継ぎます」

 そう、なんども断った。


 10回以上断っただろうか、ある日、団長の目が変わった。


 それからは毎日、騎士団員が大勢店に押しかけるようになり、一般の人は怖くて近づけなくなった。

 何日かして、代金も払ってくれなくなった。


 店を潰すと脅され、私は騎士団に入ることを決めた。


 私の騎士団入りに、お父さんはすごく反対したが、「私が店を守る」と言うと、泣いて送り出してくれた。


「イヤになったらいつでも戻ってこい。店なんて捨てて一緒に逃げよう。俺は店よりもおまえの方が大切だ」

 そう、言ってくれた。


 でも、私は父の料理が大好きで、その料理を食べた人たちが笑顔になる光景が大好きだった。


 だから、私が守ると決めた。


 騎士団に入った私は、リングベルでなく王都に派遣された。そこでは、習ったこともない剣術を叩きこまれ、でも、必死に食らいつき、功績を上げることを意識した。

 私が偉くなれば、店に手を出すやつはいなくなると思ったからだ。


 私は角の力もあり、あっという間に実力では上位に躍り出た。しかし、功績を上げる機会なんて滅多になく、騎士団長になるのに4年もかかった。

 最年少の騎士団長だとはやしたてられたが、そんなことはどうでも良かった。


 団長に任命されたとき、王様から、

「ファビノという平民の名は団長に相応しくない」

 といわれ、苗字を取り上げられた。


 私は〈ステラ・ファビノ〉から〈ステラ・ファビアーノ・エルネスタ〉になった。


 王様も、エルネスタ王国も、大嫌いになった。


 私からファビノ食堂を取り上げないで!

 何度もそう思った。


 騎士団長になったことで、西方支部への派遣申請が正式に通り、5年ぶりにリングベルに戻ることができた。


 半年前から父の手紙がない。大丈夫だろうか。


 リングベルに帰ったとき、

 父は天国に行っていた。


 ふくろうのおじちゃんとおばちゃんから、父のお墓に連れていかれたときは、夢を見ているようで現実感がなかった。


 そのあと、ファビノ食堂に一緒にいき、お店が真っ暗なのを見て、これは現実なんだって気づきはじめた。


 おばちゃんに支えられて、厨房に行くと、いつもピカピカだった厨房にホコリが積もっていた。


 そこで、お父さんがもういないんだって、

 もう、お父さんのご飯が食べれないんだって、

 実感した。


 だって、お父さんが、厨房をこんなにするなんて、かんがえられない。


 いつもピカピカだったキッチンだ。


 お父さんがこんなのみたら、絶対に怒る。


 涙が、止まらなかった。



 私は、おばちゃんとおじちゃんに抱かれながら、日が暮れるまで泣きつづけた。


 なんで、騎士団長になったのか、私は分からなくなった。


 それから半年、町を守るのが使命だと自分に言い聞かせて、だましだまし騎士団長を続けてきた。


 でも、騎士団では私のことを平民だとか、角ありの化け物だとか言う人もいて、上手くまとめることができなかった。

 そんなこともあり、騎士団にやりがいを見出せなくて、早朝だけファビノ食堂を復活させたことがあった。


 町の人はすごく喜んでくれて、

「またファビノ食堂のご飯が食べれる」って

「嬢ちゃんありがとう」って

 言ってくれた。


 1ヶ月くらいして、町の人じゃない人が

「角がある悪魔みたいなねぇちゃんが作ってるから悪魔みたいに上手いのかねー!」

 なんて言う声が聞こえてきた。


 食堂の中で角のことをバカにされたのがはじめてで、怖くなった。


 それから、悪魔食堂とかドラゴン食堂なんて呼ばれていることを知り、私は店を閉じた。


 たった2ヶ月のことだった。


 お父さんの店は、〈ファビノ食堂〉だ。悪魔食堂なんかじゃない。


 私は厨房で泣いた。


 でも、料理はやめなかった。


 お父さんがいつも言っていたからだ。


「ステラの旦那になるやつは、オレの娘の料理が1番美味しいって言うやつしか認めねぇ」


 口癖のように町の人に話す父が、恥ずかしかった。


 でも、だから、お父さんの料理を私も作れるようになれないと、私はお嫁さんになれない、と思った。


 だって、お父さんの料理が一番美味しいから。


 それもあって料理をすることが習慣になったし、最初はあせってはじめた料理も父と厨房に立つと楽しかった。


 私は料理も大好きになった。


 でも、騎士団長で角なんか生えてる私のこと、お嫁さんにしてくれる人なんているのかな、お父さん。

 と思っていると、閉店している店内に彼が現れた。


 ライさんだ。


 彼はファビノ食堂でご飯が食べたいと言ってくれたが、最初、私は作る気がなかった。


 でも、うちのご飯を食べないと一生後悔する、と言われて、父の最期に会えなかったことを思い出した。


 なんだか勢いで彼に練習中の料理を出したら、それはもうすごいリアクションで喜んでくれた。

 お父さん、こんな人なら結婚相手として許してくれたのかな、なんて思った。


 それから毎日、彼はご飯を食べに来てくれて、毎日美味しい美味しい、と言ってくれた。


 騎士団とは違う穏やかな時間だった。


 彼は私のことを団長だなんて知らない。これが普通の恋愛に発展するのかしら、なんて妄想していた。


 でも、ある日、行商隊がグリフォンに襲われて、それを助けるために剣を振るったら、ライさんがそこにいた。


 変装してたつもりなのに、彼は私にすぐ気づき、しまった、と思った。


 角を見られた。


 もう彼はファビノ食堂に来ないだろうな、と思った。角がある女が作った料理なんて気味が悪いもんね、と自嘲した。


 でも、彼は翌日も来てくれた。


 だけど、なんだか怖くなって、私が思っていることを素直に話した。


「私の角、怖いでしょ、気持ち悪いでしょ」って。


 でも、彼はすごく不思議そうに

「なにが?」と答えてくれた。


それどころか

「ステラさんの角は髪の色と合っててアクセサリーみたいで綺麗だ」なんて言い出した。


 そんなこと言われたの初めてだ。


 嬉しかった。


 彼のことが好きになった。



 それから、騎士団からギルドに依頼を出して、ライさんたち冒険者パーティと仕事ができるように仕向けた。

 リリィもソフィアも私の角のことをいっさい気にしてなくて、私のことを悪く言う人たちに本気で怒っていることがわかった。嬉しかった。


 でも、副団長が遠征から帰ってきたら、トラブルが起きた。


 ライさんが副団長を糾弾したのだ。私を毒殺する計画がある、と教えてくれた。彼らなら計画しかねないとすぐわかった。

 でも、貴族を糾弾した彼は理不尽な罰を受けようとしていた。


 ファビノ食堂を王国に奪われた私は、ライさんやリリィ、ソフィアに、彼らの家族に、同じことが起きることを想像して、彼らを遠ざけた。


 私の初恋は終わった。

 と思った。


 それから1週間くらいして、彼はまた私の前に現れた。


 久しぶりに再開した彼は、騎士たちを何人も打ち倒していた。


 数日前の彼とは思えない強さで騎士たちを圧倒していく、彼になにがあったのだろう。


 呆然と彼の戦いぶりを眺めていると、彼に雷が落ちた。


 心臓が止まるかと思った、ライさんになにかあったら耐えれない。


 でも、彼は生きていた。


 それどころか、光の角を生やして「キミとお揃いだ」なんてキザっぽいことを言う。


 この人、バカなんじゃないか、と思いながら、ちょっとキュンとした。


 何が起きたかはわからないが、私と同じように特別な力を得たのだ。


 私は彼に手も足も出なかった。


 いいからオレと来いという彼に、色々と言い訳をぶつけてみた。


 結局、言いたかったのは、「本当に私のことが好きなの?」それだけだった。


 彼は大声で私への愛を叫んでくれた。


 すごく恥ずかしかった。


 でも、すごく嬉しかった。


 キスをされた。ドキドキした。


 キスは人前でするものじゃないです。と思った。


 でも、

「オレにメシを作ってくれ」とプロポーズされて、私は抵抗するのをやめた。




 西門を出てから、ずっと彼のことを見ている。


 とてもカッコよく見えた。私を救い出してくれた王子様だった。


 うっとり見ていると、また彼と目があった。歩きながらキスされる。

 私は受け入れる。


 もっとしてほしい。


 私は女の顔をしていたのかもしれない。


 彼の表情もだんだんと男らしくなってきた。


 なんだか、ちょっと前から硬いものが当たっている。


 私は平民だ。

 そういう知識もある。


 このあと、私はどうされてしまうのだろう…

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