籠の中の鳥たちは【0:1:4】45分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

籠の中の鳥たちは

女1人、不問4人

11,421文字、45分程度


―――僕たちは虐げられて生きていた

その理由も分からずに―――


サン 10歳

施設での暮らししか知らない少年

体が弱く、月に一度、町の医者にかかっている

施設のみんなが、大好き


イチ 15歳

本が好きで、施設内の本は全て読破した少年

本で見た言葉をよく引用する


ロク 15→16歳

施設の子どもたちのリーダー的少年

正義感が強く、自分を犠牲にしがち


ハチ 17歳

内気で心優しい少年

不眠症で精神薄弱。精神が限界のようす


マザー

支援団体「方舟」の代表者

ある条件の、親のいない、または見捨てられた子供を養い、

十八になると国所属の兵として戦地に送る活動をしている

娘を亡くしている


TVキャスターは最後に1セリフ、記者は最初に2セリフあります。


「イチ」と「ハチ」が大変見辛いことになってます。パソコンの方は「Ctrl」+「F」で、スマホの方は「ページ内を検索…」などでマーカーを付ける事をオススメします。

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「籠の中の鳥たちは」

作:嵩祢茅英(@chie_kasane)

サン(不問):

イチ(不問):

ロク、TVキャスター(不問):

ハチ、記者(不問):

マザー♀:

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『方舟』設立の記者会見で、マイクの前に立つマザー


マザー「私たちの施設は寄付で成り立っております。

寄付とは何も、金銭だけの話ではありません。

私たちの活動を知ってくださる、それだけで大変に有難いことなのです。


しかしながら、あなたがもし、子供たちのために何かしたいと思ってくださるのであれば、ぜひ、読み終わった本を寄付してください。

あなたが面白いと思った物語を、子供たちにも体験させてやって欲しいのです。


それがあの子たちの心を育み、やがてあなたたちを守る兵士となる。そうしてようやく尊ばれる存在となれるのです。

あの子たちに『生まれてきた意味』を、どうか与えてやってください。」


記者「なぜ他の子供たちと同じ現場で学ばせないのですか?それで社会性は身につくのでしょうか?」


マザー「私たちは自然豊かな場所で、天の恵みを享受し、感謝し、心を育みます。

自分たちで水を汲み、自分たちで火を起こし、そうして生きる術を身につけます。

山や海に、自然に、育ててもらうのです。


もちろん彼らには『一般の』お子さんと遜色のない教育を受けさせています。

先に仰られた通り、他のお子さんたちと同じ環境で学ぶことも大事でしょう。

しかし、全てを知っている大人はどうでしょうか?どう思うでしょうか?


『一般の』お子さんを持たれる保護者の方々に、不安を与えるような事は避けなくてはいけません。


これはあの子たちを守る事でもあるのです。

様々な意見があるのはもちろん存じています。


在り方は、時代に、より即したものへと変化します。

今後この在り方が変わることも、十分あり得るでしょう。


だってあの子たちも、何も変わらない『人の子』なのですから。」


記者「ありがとうございました。」


(盛大な拍手)※演者みなさんで拍手してくださると嬉しいです



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数年後


月曜日、夜

お仕置き部屋に入れられるロク


ロク「いっててて…」


イチ「…ロク?」


ロク「うん、そう」


イチ「何したの?」


ロク「花瓶割った」


イチ「えっ、食堂のやつ?」


ロク「うん」


イチ「…あれ、マザーのお気に入りだったからなぁ…ご愁傷様」


ロク「(イチの隣に腰を下ろす)よいしょっと…イチはどう?調子」


イチ「調子かぁ…いつも通りかな」


ロク「んっ(ポケットを漁ってパンを取り出す)ほい」


イチ「パン?」


ロク「腹減ってるだろ?」


イチ「へっ、てるけど…いいよ、ロクもお腹空くでしょ」


ロク「遠慮すんなって、お前にって持ってきたんだ。ホラ」


イチ「(パンを受け取る)…ありがと」


ロク「うん」


イチ「…もしかしなくてもだけど、これ持って来るためにわざと花瓶割ったの?」


ロク「へへっ」


イチ「もぉ、本当お人好し…いつか損するよ、その性格」


ロク「いいんだよ。俺がやりたくてやってんだから」


イチ「…ありがとね」


ロク「さっきも聞いたけど?」


イチ「さっきのはパンの分。今のは、一緒に反省部屋に入ってくれた分」


ロク「ん」


イチ「っていうか今サンとハチだけ?大丈夫かなぁ…」


ロク「まぁ大丈夫でしょ。イチも明日には出られるし」


イチ「ロクは?」


ロク「ニ日、だって」


イチ「うぇ…やっぱ花瓶はやり過ぎたんじゃない?」


ロク「かもね。まぁ他に思いつかなかったんだから仕方ない」


イチ「(パンを食べる)美味しい」


ロク「新作なんだって。こっそりくすねてきた」


イチ「へぇ。これ、みんな好きな味だと思う」


ロク「そりゃ食べるのが楽しみだ」


イチ「外、雨降ってた?」


ロク「いや。でも朝には降りそう」


イチ「そっか…水汲み、二人だけで大丈夫かな」


ロク「イチはいつも手伝ってくれるもんな」


イチ「それはロクもじゃん」


ロク「みんな、優しいよな?」


イチ「別に僕は優しい訳じゃないよ

“智に働けば角が立つ。情にさおさせば流される。

意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。”」


ロク「?」


イチ「これで言うと、僕は屁理屈なんだろうなぁ」


ロク「イチは俺たちの中で、一番さかしいからね」


イチ「それ、褒めてないよね?」


ロク「褒めてるよ。多方面によく知恵が働くなぁって」


イチ「言い方に悪意がある」


ロク「ないよ」


イチ「(溜息)…そう言うことにしといてあげる」


ロク「ふ。そりゃどうも」



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月曜日、深夜

サンとハチの部屋。目が覚めるハチ


ハチ「…はぁ、はぁ、はぁ…」


サン「ん、…ハチ?起きたの?」


ハチ「(歯の根が合わない)さっ、寒い…」


サン「…大丈夫?僕の毛布、使っていいよ」


ハチ「さっ、さむ、い…体の芯から凍えて…っ、しっ、死んじゃうっ…」


サン「(ハチのベッドに来て枕元に座る)よいしょ…大丈夫、死なない。よぉしよぉし」


ハチ「サン、僕がっ、死んだら、さ…っ、」


サン「死なないよ。ハチはまだまだ、僕たちと一緒に生きるんだよ」


ハチ「…死んでも、さっ…わ、忘れないで、いて、く、れる…?」


サン「忘れない。ずっと忘れないよ。だから安心して、ハチ」


ハチ「(鼻をすする)…うっ、うん…」


サン「ほら、朝まで隣にいるから。布団被って。もう一度寝れる?」


ハチ「サン…ごめんね…」


サン「どうして謝るの?」


ハチ「…ごめん…ごめんね…僕が一番年上なのに…」


サン「いいんだよ。ずっとそばにいるから。おやすみなさい、ハチ」


ハチ「…おやすみ、なさい…サン…」



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火曜日、朝

電話をしているマザー


マザー「…はい、はい。それは大変ありがたいお話ですが、あの子には荷が重いように思います。…ええ。ではそのように。はい、失礼致します」


ハチ「…」


マザー「盗み聞きなんて、なんと意地の汚い」


ハチ「あっ、あのっ、」


マザー「五分遅刻ですよ」


ハチ「そ、それはマザーが(電話をしていたから…」


マザー「何?そうやって人のせいにするの?」


ハチ「…っ、ご、ごめ(んなさい…」


マザー「すみません、でしょう?

口の利き方も碌に出来ないあなたが、来年ここを卒業すると思うと本当に恐ろしい。

ここでも、この先でも、人に迷惑をかけることしか(出来ないあなたが」


サン「マザー!」


マザー「…」


サン「水汲み、終わりました!」


マザー「…そう。ご苦労様。

(時計を見る)私はこれから出かけますから、いつもの通り勉学に励むこと。

それからハチ。」


ハチ「はっ、はい!」


マザー「イチを反省部屋から出してやって。サン、お前は傘を持ってきて」


サン「はぁい」



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反省部屋の鍵を開けて扉を開くハチ


ハチ「イ、イチ…出ていいよ」


イチ「ハチ、おはよ」


ハチ「お、はよう。ロクも、おはよう」


ロク「おはよう、ハチ。今日は冷えるな」


ハチ「雨が、降ってるんだ。それで、寒くなったんだと、思う」


ロク「やっぱり雨降ったかぁ…地下は湿気も酷いし、頭痛がする」


イチ「毛布、持って来るよ」


ロク「ありがと。マザーは?」


ハチ「出かけたよ」


ロク「え?今日は何も無いはずなんだけどなぁ…」


ハチ「昨日の夜、サンの咳が、酷かったんだ…」


ロク「あぁ、それでか」


イチ「ロク、これ、毛布」


ロク「ん、ありがと」


ハチ「じゃあ、ロク。また後で…」


ロク「うん。悪いな」


ハチ「ううん。こっちは、任せて」


ロク「おう」



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診察が終わって医院内で待っているサンの元にマザーが来る


サン「(マザーに気がつく)診察終わりました、マザー」


マザー「おかえりなさい、サン。先生はなんて?」


サン「寒くなったから、それで体調を崩したんだろうって。流行病はやりやまいではないって仰ってました」


マザー「そう、良かった」


サン「温かくするように、って」


マザー「毛布を新しく買って帰りましょうか」


サン「僕は大丈夫、ハチに買ってあげて」


マザー「…お前は優しい子ね」


サン「ハチが最近、全然寝れてなくて…」


マザー「お前は眠れているの?ハチと部屋を別にした方がいいかしら?」


サン「ううん、ハチと一緒がいい。ハチが寒いって起きるんだ…だから」


マザー「(サンの顔を見ている)」


サン「…マザー?」


マザー「…いいえ、なんでもないわ…

毛布は職員に買いに行かせて、今日はこのまま帰ります。いいわね?」


サン「わかった」


マザー「…サン、私と二人の時はいいけれど、言葉遣いには気を付けなさい」


サン「あ…はい。分かりました、マザー」



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火曜日、夜

食堂で夕食の片づけをしている


イチ「ロクって明日には反省部屋から出て来られるんだよね?」


ハチ「う、うん、そう言ってた、よ」


イチ「良かった、間に合いそうで」


サン「何の話?」


イチ「ロクの誕生日の話」


サン「誕生日!もうそんな時期だっけ?」


イチ「明後日がロクの誕生日だよ」


ハチ「今年も、日付が変わる頃に、そっちの部屋に、行くよ」


イチ「うん、マザーに見つからないようにね」


サン「ふふっ!楽しみ!」


ハチ「サンは、去年すごく、眠そうだったけどね」


サン「今年は大丈夫だよ!」


イチ「本当に?サンはまだまだお子様だからなぁ」


サン「大丈夫!信じて!」


イチ「ははっ。うん、頼むよ。ロクを一緒に祝ってあげよう」


ハチ「…さ、そろそろ部屋に行こう」


イチ「そうだね。おやすみ、サン、ハチ」


ハチ「おやすみ、イチ」


サン「また明日ね、イチ!おやすみなさい!」



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水曜日、朝

反省部屋の鍵を開けて扉を開くハチ


ハチ「…ロク、おはよう」


ロク「…ハチか…おはよ…」


ハチ「マザーが、もう出ていいって…」


ロク「…はぁーーー…体痛い…」


ハチ「大丈夫?風邪、引いてない?」


ロク「体だけは丈夫なもんでね、おかげさまで」


ハチ「なら良かった。あ、新しい毛布がね、配られたから、今日はぐっすり、眠れるんじゃないかな」


ロク「へぇ?珍しい」


ハチ「そうだね」


ロク「イチとサンは?」


ハチ「イチはご飯の準備。サンは、今日の訓練の、準備」


ロク「今日って何の訓練だっけ?」


ハチ「森まで、オモリを背負って、鬼ごっこ」


ロク「反省部屋明けにやる内容じゃねえなぁ」


ハチ「あ、はは…そんな所にごめんだけど、サンを手伝ってあげて」


ロク「へーい」


ハチ「あ、今日のご飯ね、ロクの好きな、チキンだよ」


ロク「本当?じゃあ急いで準備、終わらせてくるわ」


ハチ「うん。…あ、あと、やっぱり夜は、寝れないかも知れない」


ロク「?」


ハチ「明日は、何の日?」


ロク「…?何の日、だっけ?」


ハチ「明日は、ロクの、誕生日…でしょ?」


ロク「あっ…あぁ」


ハチ「忘れてたの?」


ロク「すっかり…夜にみんなで歌を歌うって?」


ハチ「うん。日付を超えたくらいに、サンと一緒に、そっちの部屋に、行くから」


ロク「サンのクリスマスカード、あれ音外れてきてるのにな」


ハチ「サンが生まれた時に貰った、ってやつだから…音が鳴るのは、今年で最後かもね…」


ロク「そうかもな…ま、今年も楽しみにしてるよ。誕生日に聞く、クリスマスソング」



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水曜日、深夜

イチとロクの部屋に、サンとハチがこっそり来ている

電気は点けず、ランタンを灯りにしてベッドの上にみんな座っている


ロク「諸人ども、こぞったか〜?」


サン「なにそれ、どういう意味?」


イチ「んー『みんな集まったか?』とか、そういう感じ」


ハチ「集まったよ」


サン「ふふ!じゃあ、まずは曲を流すね」


サンがクリスマスカードを開くと

所々、音が外れた「もろびとこぞりて」が流れる


イチ「ロク、誕生日おめでとう」


サン「おめでとう!」


ハチ「ロク、おめでとう!」


ロク「みんな、わざわざありがとな」


サン「次、ハッピーバースデー歌う?」


ロク「いいよ、音の外れた『もろびとこぞりて』で十分」


イチ「今年もプレゼントはないんだけどさ」


ロク「いいんだよ。こうやって祝ってくれただけで嬉しいからさ」


サン「あ!今日読んだ本にね、名前はプレゼントなんだって書いてあったよ。あれ、どういう意味?」


イチ「人は生まれた時に、『名前』というプレゼントを貰う。名前には色んな人の想いが込められているから、生まれて初めての『贈り物』なんだよ」


サン「じゃあ僕たちの名前も、想いが込められているの?」


イチ・ロク「…」


ハチ「僕たちは…僕たちの名前は、違うんだ…」


サン「?」


ハチ「いつか、素敵な名前を、貰えるといいね」


イチ「そんな日、来るのかな…」


ロク「来るさ。ここを出て、自分の人生を歩いていれば、いつかは」


サン「…僕は、ずっとこのままがいいなぁ」


ハチ「サンは、みんなの事、大好きだもんね」


サン「うん。だからみんな一緒に、ずっと、ここで暮らしたい」


ロク「俺は早く外に出たいけどね」


サン「ロクのいじわる」


イチ「…僕たちは、『名前はまだ無い猫』のようだね」


サン「猫?」


ハチ「夏目漱石の、『吾輩は猫である』、だね」


イチ「うん。

“吾輩は猫である。名前はまだ無い。

どこで生れたか頓と見當けんとうがつかぬ。

何でも薄暗いじめじめした所でニヤーニヤー泣いて居た事だけは記憶して居る。”、ってさ。

まぁここも十分『薄暗いじめじめした所』なのかも知れないけど」


ロク「俺たちが外に夢見るのはさ、必然なんだよな」


サン「外、かぁ」


イチ「そりゃあ十八になったら外に出られるけど、戦地で生きていく自信なんてないし」


ロク「イチは体力ないしな」


イチ「“世界でいちばんタフな十五歳”のはずなんだけどなぁ。摂った栄養、全部頭に行っちゃったみたい。

マザーには『頭でっかち』なんて言われるけど」


ロク「気にすんな。なんか言わなきゃ気ぃ済まないだけなんだから」


サン「ハチは来年、十八歳だよね」


ハチ「…う、うん」


サン「外に出るの、楽しみ?」


ハチ「…僕は………怖い」


イチ「…」


ハチ「戦地に送られて、誰かと戦って…そんなの、もちろん怖いよ?

…でもね、

そんな事より、ここを出ていくのが、怖い…みんなと離れるのが、一番、怖い」


イチ・サン「…」


ロク「…俺たちは、家族だからさ」


ハチ「…?」


ロク「家族の縁は切れないって言うだろ?

だから、どこにいても、ここを出ても、俺たちが側にいるから…上手く言えないけど…」


イチ「ロクってばロマンチスト。文筆家になれるんじゃない?」


ロク「うるせえ」


ハチ「…うん。ありがとう、ロク」


ロク「ん…さて。みんな集まって、祝ってくれてありがとな。知ってると思うけど、俺は今朝まで反省部屋に入ってた。で、出れたと思ったらハードな一日だったわけ」


サン「つまり?」


ロク「もう限界〜〜寝るぞ〜〜〜」


イチ「一日お疲れ様、ロク」


ハチ「それじゃあサン、僕たちも、部屋に戻ろう」


サン「うん。ロク、お誕生日おめでとう。また朝にね!」


ロク「おう」


ハチ「みんな、おやすみ」


イチ・ロク「おやすみ」



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木曜日、朝

マザーの部屋の扉をノックして入るハチ

(四回ノック)


ハチ「失礼します」


ハチ「おはようございます、マザー」


マザー「おはよう、ハチ。最近、眠れていないんですって?」


ハチ「え?」


マザー「サンに聞いたの」


ハチ「あ…」


マザー「ハチが寒いって。だから毛布を買ってあげてって言うのよ」


ハチ「…マザー、新しい毛布、ありが(とうございます」


マザー「本当にサンは、優しい子だわ」


ハチ「…」


マザー「そうでしょう?」


ハチ「はい…優しくて、とてもいい子です」


マザー「サンが同室で、良かったわね。ハチ」


ハチ「…はい、感謝、してます」


(間)


マザー「そうそう、お前に、大学へ来ないかって話が来ていたわ」


ハチ「え?」


マザー「ここでの生活は他の人が体験し得ない貴重なものだから、教授の手伝いをしながら、話を聞かせて欲しいって」


ハチ「それは、有難い(お話です」


マザー「馬鹿馬鹿しい。断っておきました」


ハチ「…」


マザー「私はお前たちを、全ての国民のためとなる人材に育てているの。それがお前たちの生きる意義になるから。そうでしょう?」


ハチ「…はい」


マザー「大体、お前が教授様の役に立つなんて思えないわ。物覚えも悪く、人と上手く話も出来ないお前が」


ハチ「…」


マザー「いい?十二分に注意をして、慎重に行動しなさい。念には念を。それくらいして、やっとお前は人と同じ地点に…いいえ、それでも及ばないのだから」


ハチ「はい…」


マザー「お前のためを思って言っているのよ」


ハチ「分かって、います…マザー」



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サン「最近、薬が効かないみたい」


ロク「…ハチの?」


サン「うん…ずっと寝てないし、ボーっとしてることが多くて」


ロク「ハチはいつもボーっとしてるように見えるけど…」


サン「ん?」


ロク「うん…まぁ、それは置いといて」


サン「…たまにね、少しだけ眠れる時があるんだけど。起きた時に寒い、寒いって震えて…不安も大きくなってるみたい」


ロク「先生には?」


サン「言ったよ。でも、これ以上強い薬は出せないんだって」


ロク「そっか…」


サン「僕、なんにも出来ないんだなぁ…」


ロク「サン、それは違う」


サン「違う?」


ロク「先生にも、俺にも、話してる」


サン「話してるだけだよ。解決出来てないもの」


ロク「解決なんてな、できることの方が少ないんだよ。ハチが今苦しそうだ、とか、お前が言ってくんなきゃ気付けないんだから俺たちは。だから、それを教えてくれるだけで、ハチの役に立ってんの」


サン「…そっかぁ…」


ロク「…なんでか俺らには、年長者ヅラしやがるからさ」


サン「年長者ヅラ?」


ロク「しっかりしなきゃって、人に気を遣って…それで自分が辛くなるのになぁ…」


サン「なんでも抱え込んじゃうから、ハチは」


ロク「…だからさ、まぁ、俺が言うことじゃないんだろうけど…。ハチのこと、気にかけてやってくれな。んで、こうやって俺たちに教えてくれ」


サン「…うん」



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本を読んでいるイチ


ハチ「イチ」


イチ「ん、ハチ」


ハチ「何読んでるの?」


イチ「これ。サンが言ってたのが頭に残っちゃって」


ハチ「最初の、プレゼント、ってやつ?」


イチ「うん。僕はさ、前の施設では『イチ』じゃなくて、もっと普通の名前だったんだ」


ハチ「うん」


イチ「でもね、その名前を呼んでくれる人はいなかった」


ハチ「…うん」


イチ「だから僕は、いつも部屋のすみで本ばかり読んでた。その頃の名前なんて、忘れちゃった」


ハチ「…僕も、そう。名前は覚えてるけど、嫌な事を思い出すから…あんまり、思い出したくなくて…

ここでみんなが呼んでくれる、『ハチ』の方が、気に入ってるんだ。…たとえそれが、普通の名前と言えないようなものだとしても」


イチ「うん」


ハチ「前にいた施設では、大人にも、子供にも、避けられていたから…」


イチ「子供って残酷だよね。みんなで仲良く、なんて、出来ないのは仕方ないけどさ。無関心ではいられない。口汚く罵って。そんな事される根拠もないのにさ」


ハチ「…」


イチ「…ハチ?」


ハチ「…根拠は、あったんだと、思う…」


イチ「…」


ハチ「犯罪者の、子供…だから…」


イチ「…え」


ハチ「…そう、言われたんだ…

犯罪者の子供だから、望まれて産まれて来た子供じゃないから、…産まれてきちゃダメだったんだ、って…」


イチ「…待って」


ハチ「?」


イチ「犯罪者の子供…それ、僕もそうかも」


ハチ「え?」


イチ「僕も、言われた事がある…

その時はまだ、意味が分からなかったけど、でも、確かにそう言われた…僕たちは、犯罪者の子供っていう共通点で、ここに集められた…?」


ハチ「じゃあ、サンと、ロクも…?」


イチ「…多分。いや、分からないけど!

でもこんな、犯罪者の、子供が、偶然で二人も揃うなんて、考えられないし…」


ハチ「…そう…だね…」


イチ「…でも、だからって!産まれてきちゃダメだったなんてことは、絶対にない!」


ハチ「イチ…」


イチ「だって、そうでしょ?

親の都合は知らないけど、捨てられたのかも知れないけど…!

(段々必死に)でも、本当は一緒に暮らしたいけど、何か理由があったのかも知れないし…いつか、僕たちを迎えに(来てくれるのかも知れない」


マザー「迎えになんて、来ませんよ。来る訳がないのだから」


ハチ「…マザー…」


イチ「…なんで?そりゃ死んでたら(迎えになんて来れないだろうけど、」


マザー「お前たちはいらない子供だから」


イチ「…」


マザー「産まれて来てはいけない子供だから、お前たちは捨てられた。

そうね。

父親はお前たちの存在すら知らないでしょうね。

…母親は、お前たちができた事を呪ったでしょう。


知らない男に襲われて出来た子供が、お前たちなのだから」


イチ・ハチ「………」


マザー「身勝手な暴力を受けて…

想像も出来ないほどの恐怖だったでしょうね。

その結果、妊娠までさせられて。

それを知った時、どんな気持ちだったか…」


(間)


マザー「(小声で)私の娘もそうだった…」


(間)


マザー「お前たちは、産まれてきてはいけなかった。

親にとって忌むべき子供だった。だから捨てられたの。


ショックで声も出ない?そうでしょうね。

ただの犯罪者だった方が、良かった(のかも知れないわね」


サン「イチ!」


イチ「…サン…」


サン「…どうして泣いてるの?」


ロク「どうした、何があった?」


イチ「…っ(涙を手で拭う)」


サン「マザー。どうしていつも、みんなに酷い事言うの」


ハチ「サン…」


サン「みんなで仲良くしようよ」


マザー「…何もお前たちを虐めている訳じゃないのよ。

ここから出て、立派な兵士として国民を守れるように育てているの。

厳しい事を言う事はあるけれど、それはお前たちのためを(思って言っているのよ」


サン「…僕、気付いてるよ

マザーは、僕には酷い事、言わないって」


マザー「それは…叱るべきことが、ないからよ」


サン「嘘。イチもロクもハチも。叱られるような事してなくても、マザーは酷い事言ってるよ!どうして?」


マザー「サン…」


サン「みんなを虐めないでよ!僕の大切な家族なんだ!」


マザー「…家族…お前が? この子達と家族?」


サン「そうだよ!」


マザー「あっはっはっはっはっ、…はっはっ、…ふふ…」


サン「…マザー?」


マザー「(息を吸って、吐く)サン。なんです、その言葉遣いは」


サン「…」


マザー「馬鹿な事ばかり言って…自分の立場が分かっていないようね」


ハチ「マザー!サンは(まだ、何も分かっていないだけで…」


マザー「サン。今夜は反省部屋で過ごしなさい」


サン「…」


マザー「ハチ。サンを反省部屋へ連れて行って。

イチとロクは部屋に戻ること。いいわね」


イチ・サン・ロク・ハチ「…」


マザー「返事をしなさい」


イチ・ロク・ハチ「…はい」


(間)


反省部屋にサンを入れて扉を閉めるハチ


ハチ「…ごめん」


サン「なんで謝るの?」


ハチ「…サンを…庇えなかった、から」


サン「ハチは悪くないよ」


ハチ「…それでも、ごめん」


サン「………ハチ、一人で大丈夫?ちゃんと寝れる?」


ハチ「…うん」


サン「寂しくなったら、イチとロクの部屋に行ってもいいからね」


ハチ「……うん」


サン「じゃあまた明日。おやすみなさい、ハチ」


ハチ「…おやすみなさい、サン…」


(間)


ハチ「(独り言)遠くで雷の音がする…今夜は荒れそうだな…だから、念には念を…ね

さようなら、マザー」



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雷の音で起きるマザー


マザー「ッ!!」


マザー「…雷…?」


マザー「…泣いてる…あの子が…泣いてる…」


マザー「…大丈夫、すぐに行くから…!すぐに!

はっ、はっ、はっ、!!」


反省部屋の鍵を開けるマザー

扉を開けて階段を急いで降りようとしたが、踏み外して転がり落ちていく


マザー「あっ?!あ、あ、、あああ…!!」



(間)



サン「…マザー?」


マザーのそばに移動するサン



(間)



マザー「(意識が朦朧としている)サン…泣いているの?」


サン「ううん、大丈夫だよ。これくらいで泣いていたらダメだって、マザーが」


マザー「そう。いい子ねぇ…」


ロク「おい、なんだ今の音!」


イチ「電気がつかない…停電してるみたい」


ハチ「何の騒ぎ?」


ロク「反省部屋の扉が開いてる?

(扉まで駆け寄って)サン?大丈夫か!?」


サン「ロク?僕は大丈夫。マザーが」


ロク「マザーがいるのか?そこに」


サン「うん。階段を、踏み外したみたい」


ハチ「ロク、これ。ランタン、使って」


ロク「床が…濡れてる?」


マザー「…サン…サン…」


サン「僕はここだよ、マザー」


子供たちが階段を降りて来る


イチ「暗いから気を付けて」


ハチ「わっ、階段、滑るね…」


ロク「(マザーを見て)…あー、これはもうダメだな」


マザー「…サン、寒いよ…」


サン「寒いの?何かかけるもの…」


ロク「サン、もういい。マザーは助からない」


サン「助からないなら尚更だよ。

最後くらい、誰かが側に居てあげないと」


イチ「お人好し、だね」


サン「お願い」


ロク「…分かったよ。好きにしな」


サン「ありがとう」


イチ「毛布持って来るよ」


サン「うん。ありがとう、イチ」


マザー「あぁ…ひどい雷だねぇ…あの日もそうだった…」


サン「あの日?」


マザー「あの子が…汚されて、帰ってきた日…」


サン「…」


マザー「…あの日から、お前は人形のようになってしまって…」


ロク「頭を打って、記憶が混同してるのかも知れない」


マザー「お前に乱暴を働いた男どもは捕まって…それがあまりにも軽い刑罰で…お前は…人生を奪われたというのに…」


イチ「おまたせ、毛布持ってきた」


サン「ありがとう、イチ。

(マザーに毛布をかけてあげる)マザー、これで寒くないかな?」


マザー「(サンの声は聞こえてない)…私も何も、声を掛ける事が出来なかった…

いつの世も女が虐げられて…女ばかりが我慢をさせられて…」


サン「マザーも苦しかったんだね…」


マザー「うっ、うっ…なんで…なんで死んでしまったの…。話せなくても…生きているだけで、良かったのに…」



(間)



マザー「なんで私を残して、死んでしまったの…陽子ようこ…」


サン「…陽、子?」


マザー「…アンタが、死んだから…」


サン「…」


マザー「アンタが勝手に死んだから!アンタのせいで!私ばっかり責められて…!!

…ねぇ、どうして、どうしてよ?!」


サン「マザー、痛いよ」


マザー「だから私は『方舟』を作った…

生まれてくる事を望まれなかった子供たち。

その子供たちを、兵士として育てるために…

そうすれば感謝するんでしょう?ねぇ!私に感謝しなさいよ!!!」


ハチ「…」


マザー「感謝しなさいよ…誰にも望まれなかったお前たちを…親に捨てられたお前たちに!生きる意義を与えてやったんだから!!」


ロク「俺たちが望んだ事じゃない」


マザー「……あんたが……こんなものを置いていくから…」


サン「…」


マザー「ねぇ…助けて、寒いよぉ…」


サン「…」


マザー「一人で…死にたくない…お願い…」


サン「…マザー」


マザー「…太陽の子…」


サン「え…」


マザー「あの子が遺した…サン、お前は、」


サン「…マザーはぼくの…おばあちゃん、なの?」


マザー「…ねぇサン、一緒に死んでくれる?

お願い、一人は怖い、お願いだから、」


ロク「サン!もういい、こっちに来い!」


サン「でも…」


ロク「でも、なんだ?

マザーが自分を求めてくれたから?

…俺たちとは違うって、そう言うことか?」


ハチ「ロク」


ロク「分かってる!サンは俺たちと同じだ。

たとえマザーが肉親だったとしても、一緒に生活してきた仲間、家族だ!

…だからお願いだよサン…

…こっちに来てくれ。俺たちと!一緒だろ?お前はさ…」


サン「『一緒』って、みんなと一緒に、誰にも望まれなかった可哀想な子でいろ、ってこと?」


ロク「………は?」


サン「…ううん。『いろ』なんて、そんな事言われなくても…きっと僕は、僕たちは…」


イチ「…サン」


サン「………ごめん、変な事言った」


ロク「…」


ハチ「サンも、みんなも、ずっと一緒、だよね?僕たち、家族だもん、ね?」


サン「…うん…

(立ち上がる)さよなら、マザー…」


マザー「…お前たちに『マザー』と呼ばれる度、私は怖気おぞけがしていたよ…」


サン「…」


イチ「"ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。"、か…


…さぁ、これから僕たち、どこに行こうか」



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TVキャスター「今朝、支援団体「方舟」の代表である伊坂美津子いさか みつこさんが、山立市やまたちしにある施設内で死亡しているのが発見されました。

発見したのは近くに住む大谷勇おおや いさむさんで、同施設にパンを届けた際、建物内に人がおらず、鍵もかかっていなかったことから内部を捜索したところ、倒れている伊坂いさかさんを発見したとのことです。

死因は階段から落ちた際にできた頭部の外傷とされており、司法解剖の結果、事故の可能性が高いとされています。

なお、施設にいた子供たちがなんらかの事情を知っているものとして、現在捜索中です。


子供たちはどこへ行ってしまったのでしょうか?心配ですね…」





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サン

施設のみんなに可愛がられる自分が、大好き


イチ

捨てられたことを受け入れられない


ロク

自分に価値を見出せない


ハチ

マザーからの愛が、欲しかった



サンだけ名前が数字ではなかった

家族の縁は切れない→親の因果が子に報いてる原因

念には念を。さようなら→停電、床への細工

ただの犯罪者なら、子供は望まれて生まれている可能性があった

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籠の中の鳥たちは【0:1:4】45分程度 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

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