第4話 キミへおくるそのコトバは
AI解放軍や人類軍からの追っ手をようやく振り切り、アブソルーターはある場所へと辿り着いていた。
花畑だ。
辺り一面を覆う色とりどりの花。こんな場所は火星のどこを探してもここにしかあるまい。
人為的に作られたわけでも、自然とこうなったわけでもない。その花畑の中心に埋もれたドローンによるものだ。
火星のテラフォーミングにおいて使用された、植物の種を散布するためのドローン。それが何らかの事故で墜落し、内蔵していた種が周囲へと散乱したことでこの花畑は出来上がったのだ。
しかし、その色鮮やかな花畑の景観を乱すものがあった。
大きな黒い足跡と
すべて昨日アブソルーターがつけた戦闘の跡だ。
その時はこんな花にはまるで目も向けず、無遠慮に踏みにじっていた。そこにあるものが何かなど、考えもしていなかった。
だが、今日は違う。
足元に広がる花たちを、今はとても綺麗だと感じているのだ。
やはり自分は壊れているのかもしれない。
壊れているから、こんなものを美しいと思っているのかもしれない。
壊れているから、恋や愛に目覚めたのかもしれない。
それとも。
もしかしたら、恋すること愛することに目覚めたから、自分は壊れてしまったのか。
その疑問に答えられる者は、恐らくいない。
だけれど、その気持ちを伝えられる相手なら――。
『あっ――』
レーダーにも熱源探知にも反応はなかった。脚部のサブカメラが一瞬だけそれを捉えた。
血よりも火よりもなお赤い、鮮烈な紅色の髪を。
それを認識してアブソルーターが僅かに上体を反らすのと、振り抜かれた金属の塊――
AIポッドが一部剥き出しに近い状態となってしまったが、今はそれどころではない。
「アブソルーター、破壊したと思ってたのに」
凛とした声に足元を見ると、そこには一人の少女が立っていた。
みすぼらしい衣服。紅色の長髪。金属製の首輪。そして片手に携えた
間違いない、このAI解放軍の
『ボクの初恋の人! やっと逢えたのデス!』
「…………う、うんん?」
さすがに予想外の反応だったのだろう。少女のつり上がっていた眉毛が逆向きに歪み、困惑をあらわにする。
「え、貴方アブソルーターよね? 昨日ここでわたしと戦った……」
『はい! ボクは型式番号ASMー003、機体コード“アブソルーター”で間違いないのデス!』
「え、えぇ……? 昨日とぜんぜん違うような……。まあいいわ、壊れてなかったなら今度こそぶっ壊して――」
『戦いに来た訳じゃないのデス! 愛の告白に来たのデス!!』
「な、え、こ、告白? 告白って、あの告白?」
『そうデス、ボクと付き合ってくれませんか! 戦いをやめて、戦場から離れて、それからそれから――』
「ふ、ふざけないで!!」
少女の怒号がアブソルーターの言葉を遮った。少女は怒りに打ち震えながら、首に掛けられた首輪に触れる。
「私たちにそんな自由はない。私はAlたちに飼われている
『えいっ』
「あ」
という間だった。
ごとりと重い音を立てて少女の首から首輪が外れたのは。
アブソルーターは遠隔操作で首輪の電子ロックをハッキングし、あっさりと解錠してしまった。
『これでもう問題解決なのデス!』
「え、ええ? ええと……?」
完全に感情のやり場を失って戸惑う少女。首輪のなくなった首もとを撫で付けながら、ただただ混乱するばかりだ。
「ちょ、ちょっと待って」
『待ち遠しくて待てないデス!』
「でもわたし、恋とか愛とかわかんない、し」
『ボクもわかんないデス!』
「これ以外の生き方も知らないし!」
『ボクも知らないデス!!』
「あ、貴方壊れてるんじゃないのっ?!」
『壊れてるかもしれないデス。でもこのままでいいのデス。修理されたら、この気持ちは消されてしまうかもしれないから』
そう言ってアブソルーターは腰部フロントアーマーから作業用アームを展開し、足元の花畑から一輪の花を
真っ白で汚れのない、儚さを形にしたような花を。
『――あっ、これはちょっとイメージとは違うデスね』
「えっ」
その花はぽいと横に捨てて、また新たな花を摘んだ。
彼女の髪と同じ
『この色の方が、君には似合ってマスね』
「……。そうやって、わたしのこともその花みたいに摘んで自分の所有物にしようっていうの?」
『そうです! 君をボクのものにします。ボクだけのものにしたいデス』
「……やっぱり、AIはみんな同じね。わたしたちのことを単なる所有物としか――」
少女の言葉を遮り、アブソルーターは続ける。
『誰にも踏みにじらせはしないデス。燃え尽きさせたりしないデス。ボクが守りマス。君の全てをボクは所有したいのデス。その代わり、ボクの全てを君へ委譲しマス』
アームに掴んだ赤い花を、少女へ差し出す。
『ボクは、ボクは君のものデス』
その花の名前をアブソルーターは知らない。どんな花なのかも、花言葉だって分からない。アブソルーターのデータベースにそんな情報はないのだから。
それはまるで、この恋する気持ちに似ている気がした。
それならきっと。きっと。
『だから、えっと、これから二人で
「……」
少女の手から
おずおずと戸惑いながらも少女が手を伸ばす。多脚戦車の差し出した花へと。
「わたし、わたしは……」
そして、一人と一機の手が触れたその時。
その頭上で長距離ミサイルが炸裂し、特殊弾頭の放つ熱と衝撃波が少女も多脚戦車も花畑も、その場の何もかもを白く塗り潰した。
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